変な緊張感の中ソファーに凭(もた)れるように座ったキリハ。そんな彼の横に静かに腰掛けたコユリは、ゆっくりと彼の肩に寄り掛かった。



「っ…コユリ?」

「少しだけ、こうしてても良い…かな…?」

「あ…ああ、構わない」



甘えてきた彼女に内心戸惑い困惑するキリハだが、それを顔に出す事は無い。しかし二人の顔が近い事に気が付いた彼の頬には熱が集まる。



「…コユリ、」

「うん?」



キリハの脳裏にはネネの言葉が過るが「キス位なら…」と思い、恐る恐るコユリの頬に手を添える。彼女も何と無くそれを感じ取り、目蓋を閉じた。

唇が触れようかと言うその瞬間、空気を読まずに軽快なリズムで電子音が鳴った。コユリは思い出したようにそちらを振り向く。



「あっ、お風呂沸いたみたい」



キリハはまたしても肩透かしを食らい、肩を落として落胆の色を隠せない。

彼女はパタパタとスリッパを鳴らしながら風呂場へと姿を消し、またすぐにリビングに顔を出した。



「キリハくん、もうお風呂入れるよ」

「先に入ったら良いんじゃないか?」

「私は次で良いよ、キリハくん何だか疲れてるみたいだし。……それとも、一緒に入る?」

「なっ?!」

「ふふっ、冗談だよ」



クスクスと笑うコユリ。彼女が珍しく言った冗談は全く冗談に聞こえず、キリハの頬は赤い。

それを気付かれたくないキリハは逃げるように風呂場へと駆け込んだ。扉を閉めた途端に力が抜け、扉に寄り掛かりながら座り込む。

――…っ…何故あれだけの事で動揺しているんだ、俺は……!

キリハが一人頭を抱えて葛藤している事をコユリは知る由も無い。

そんな事がありながらも入浴を済ませた二人にはとある問題が突き付けられた。



「――…私がソファーで寝るから」

「いや、俺がソファーで寝る」

「キリハくんは明日も早いんだからベッドでしっかり休んで!」

「コユリも長旅で疲れているだろう、俺の事は気にせずにベッドを使ってくれ!」



とある問題。それは、どちらがベッドで寝るかだ。この家にはキリハの自室にあるシングルベッドしかなく、来客用の布団などある訳が無い。

二人は相手を想って譲り合っているのだが、時間は刻々と過ぎていく。

そして先に折れたのはコユリ、



「……じゃあ、二人でベッドに寝よう!」

「っ……?!」

「それなら問題無いでしょ?」

「……っ…分かった、」



ではなくキリハだ。躊躇(ためら)いながらもコユリが先に寝ている布団に潜り込む。



「おやすみ、キリハくん」

「あ、ああ……」



こんな事が前にもあったと考えるキリハだが、コユリと同じベッドで寝ていると言う事が頭の大部分を占めている所為でそんな考えは頭の隅に追いやられる。

手を伸ばせば触れるどころか抱き締める事も容易いこの距離にキリハの心臓は高鳴るばかり。

そんな彼の気持ちなど露知らず、警戒心零のコユリは鼻まですっぽり布団を被って早々と眠りに就いた。

一方のキリハは殆ど眠れぬまま朝を迎えた。とは言うものの、一睡も出来なかったと言う訳では無い。気が付いた時にはカーテンの隙間から陽の光が差し込んでいた。

ぼんやりとした頭で天井を見詰め、コユリが来ていた事を思い出して飛び起きる。隣にコユリの姿は無く、もう帰ってしまったのではないか、そんな考えがキリハの頭を過り、慌ててリビングの扉を開けた。



「あっ、おはようキリハくん」

「…お…おはよう、」

「もうすぐ朝御飯出来るからね」



キッチンからエプロン姿のコユリが顔を出してにこやかに言った。彼女はキリハより早く起きて朝食の支度をしていただけだ。

キリハは胸を撫で下ろし、心配事が無くなった所で支度を始める。いつも通りの支度をしてリビングに戻ると、出来上がったばかりの朝食がテーブルに並んでいた。まるで絵に描いたような朝食に思わず息を呑む。

アメリカに来てからは朝食を取る事が少なくなっていたキリハにとっては新鮮な光景で、そんな事をぼんやりと考えながら席に着く。

コユリもキリハの向かいの席に腰掛け、和やかな雰囲気のまま朝食を取る。



「――…そう言えば、いつまでアメリカ(こっち)に居られるんだ?」

「明日の夜まで。本当はもう少し居たいんだけど…学校もあるから」

「いや、気にしないでくれ。出来る限り休みを取って俺が会いに行く」

「…うんっ、待ってるね」



次の約束をし、二人は微笑みあう。

それから話は進み、キリハの学校が終わる頃にコユリが迎えに行く事になった。その後は二人でショッピングの予定だ。



「――…気を付けてね?」

「大丈夫だからそんなに心配するな」

「だって……、」



キリハを玄関先まで見送るコユリ。そんな彼女の姿に昨夜と同じ様に「夫婦みたいだな」と考えてしまい、一人気恥ずかしくなったキリハはそそくさと家を出ようとした。そんな彼をコユリが呼び止める。



「あっ、キリハくん」

「どうかしたのか?」



彼女が笑顔でキリハの前に差し出したのは、その手に納まる程の包み。



「はいっ、お弁当!」

「っ?!」

「……迷惑、だったかな?」



驚いて言葉の出ないキリハに、コユリは心配そうにそう言った。彼は直ぐ様首を横に振って否定する。



「そんな事ある訳ないだろう!…ありがとう、コユリ」



その言葉にコユリの顔に笑顔が戻る。

彼女から弁当を受け取ったキリハはそれを慎重に鞄にしまい、改めて扉に手を掛けた。



「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいっ!」





それはまるで、





------(12/04/15)------
書いた本人が言うのもなんですが、キリハにとっては生き地獄ですよね(笑)

話が全く進まないので、少し飛んで次回はタイキ達と絡みます。ユウがダメモンと再会する前位です(´ω`)





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