学校帰りにツバキの元に行ったキリハだったが、どういう訳かすぐに帰るよう言われ、詳しい事は聞かずに自宅へと戻って来た。

玄関を開けてすぐ目に飛び込んで来たのは女物のサンダル。その瞬間驚きの余り心臓がどきりと高鳴った。



「……コユリ…?」



コユリだと言う確信は無かったが、この部屋を訪ねて来る人物は限られてくる。

リビングに入るとソファーの横にスーツケースが置かれていたが持ち主の姿は無い。ベランダでは籠に放置していた筈の洗濯物が揺れており、キッチンには夕食の支度まで整っていた。

ここまでしておいて隠れる訳が無い、思考を巡らせながら書斎の扉を開けたが誰もいない。

その隣の自室の扉を開けると、捜していた彼女がそこにいた。ベッドの上で丸くなって寝息を立てている。その姿を認識した途端、キリハの口許が綻(ほころ)んだ。

起こさないように静かに歩み寄り、ベッドの縁に腰を下ろす。少し躊躇(ためら)いながらも優しく頭を撫でると彼女は反応を示した。目蓋がゆっくりと開き、眠たそうな紅の瞳がキリハを捉える。



「……おかえり…キリハくん」

「ただいま、コユリ」



コユリが笑うとキリハも釣られて微笑む。彼女は目を擦りながらゆっくりと上半身を起こし、そのままキリハに寄り添った。



「……寂しかった、」

「俺もだ。…すまない、今まで帰れなくて」

「ううん、良いの。私がアメリカ(こっち)に来れば良いだけだから」

「でも仕事の方は大丈夫なのか?」

「うん、全部済ませて来たから……あっ!」

「どうした?」

「洗濯物取り込まないと!」



甘い幸せな時間もそこそこに、「取り込まなきゃ」とコユリは部屋を飛び出してしまった。肩透かしを食らったキリハは溜め息を吐きながら肩を落とす。

だがそんな所もまた可愛らしいと思いながらコユリの後に続くと、彼女は馴れた様子で家事をしていた。



「洗濯物畳んだらすぐに夕飯温め直すから、ちょっと待っててね」

「い、いや…それ位自分で出来る」

「そう?じゃあ夕飯温め直すねっ」



笑顔のままそう言いエプロンを着けて対面式のキッチンに立つコユリ。

――…まるで夫婦みたいだな……。いや、結婚を前提に付き合っているんだ、ゆくゆくは……って一体俺は何を考えているんだ……!

彼女の姿にキリハの頭の片隅でぼんやりと思い浮かんだが、すぐに頭を振って雑念を振り払った。



「キリハくん?どうかした?」

「いや…気にしないでくれ」

「うん?」



コユリが食卓に並べたのは和食。キリハが普段どんな食事を取っているか分からない為、悩んだ末に一番無難な和食を選んだ。

向かい合わせで席に着くが、コユリは心配そうな表情でキリハの様子を窺っている。



「――…どう、かな?」

「そんなに心配しなくても、どれも美味いぞ」

「よ、良かったぁっ」



キリハの言葉に安堵したコユリは笑顔を浮かべた。そんな彼女の反応にキリハも釣られて笑う。

それから二人はたわいもない話を交わしながら夕食を取った。メールや電話では時間が無くて話せなかった事や、DWにいた頃の思い出話等、話題は尽きない。

夕食を終えてコユリが洗い物をしていると、テーブルに置かれたキリハの携帯が鳴った。

コユリは気にせずに洗い物を続けており、そんな彼女を一瞥(いちべつ)してからキリハは携帯を取った。画面には「天野ネネ」の文字。無意識の内に眉間に皺が寄る。

一向に電話に出ようとしないキリハにコユリは声をかけた。



「キリハくん、私は気にしなくて良いから出たら?」

「あ、ああ…そうか……」



自分がいる事で出辛いと勘違いしているコユリにそう言われては出るしかない。恐る恐る通話ボタンを押した。



「…もしもし、」

『キリハ君?そこにコユリがいるわよね?自宅に連れ込んでどう言うつもり?』

「っ……!?」



久し振りだというのに挨拶など其方退(そっちの)けでキリハを言葉攻めにしていくのは香港にいるネネだ。



「…どうして君がそれを知っているんだ」

『コユリのお母様に聞いたのよ。私、ビアンカの専属モデルに決まったの。取締役であるお母様に挨拶に行くのは当然でしょ?そこでコユリの話になって……』

「俺の所にいる事を聞いた訳か」

『そう言う事。二人っきりだからって変な気起こしてコユリに手出したら只じゃおかないわよ』

「っそ、そんな事ある訳無いだろう!」

「?」



ネネの言葉に顔を赤らめて声を荒らげるキリハの姿に、コユリは食器を片付けながら首を傾げた。

更にネネが「窓の外を見てみなさい」と続けた為、キリハはカーテンの隙間から外の様子を窺う。すぐ下はこのマンションの駐車場だが、そこには黒塗りの車の傍で厳(いか)つい男が数人彷徨(うろつ)いている。



『コユリにもしもの事があったら外のボディーガードが出てくるから気を付ける事ね』

「なっ……!?」

『それじゃあキリハ君、お休みなさい』



その言葉を最後に一方的に切られてしまった電話。キリハの頬には冷や汗が一滴流れた。



「キリハくん、どうかしたの?」

「……いや、何でもないんだ」

「?」





仮想夫婦と電話





------(12/04/08)------
……うん、リア充(笑)←

ネネがビアンカのモデルになったのは、コユリと仕事を通じて絡ませる為です(´ω`)

この甘い話は次回も続きます(^p^)





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