キリハがツバキに連絡をしてから更に二ヶ月が経ち、今日はクリスマスイブだ。 コユリとキリハも例外ではなく、世間のカップル達に混じってデートをしていた。幸せな時間程あっと言う間に過ぎて行くもので、辺りは既に暗くなっている。 二人は小高い丘の上にある公園まで脚を運んでいた。そこから見える夜景は綺麗だが人気は無く、余り知られていないのだろう。 「わあっ!綺麗だよ、キリハくん!」 「そんなに燥(はしゃ)いで落ちるなよ」 「大丈夫だって!」 コユリは白い息を吐きながら楽しそうに柵へと駆け寄り、煌めく夜景を瞳一杯に映す。キリハはそんな彼女の元に慌てる事なく歩み寄り、隣に立つ。 キリハには前々からコユリに告げようと思っていた事があった。彼女の門限まで残り僅(わず)か。 「……なあ、コユリ」 「うん?」 「…俺……、」 コユリの瞳は夜景からキリハへと移る。中々次の言葉が出ない彼に、コユリは不思議そうに首を傾げた。そしてキリハは覚悟を決めて言葉を紡(つむ)いだ。 「――…俺、アメリカに留学する事にしたんだ」 「……えっ……?」 「親父の会社を取り戻す為にも向こうで勉強して来る」 突然告げられた言葉に、コユリの思考は追い付いていない。だが、漸(ようや)くその意味を理解した時には紅の瞳からは大粒の雫が零れ落ちた。 「…会社を、取り戻す為なら……。でもっ…!折角一緒になれたのに…ネネちゃんだって香港に行っちゃったし……私、もう一人は嫌だよ……」 「ッ…コユリ、話を聞いてくれ」 「…何も聞きたくないっ……!」 昔の彼女であれば悲しみや寂しさを押し殺して無理に笑っていただろう。だがDWで少々ずつ変わっていった彼女は、喜怒哀楽の感情を素直に出すようになっていた。 そして今、本当に辛いのか耳を塞いでキリハを拒絶しようとする。キリハはコユリの両手首を掴み、彼女と無理に視線を合わせた。 「ッ……!」 「頼む、聞いてくれ」 蒼の瞳に射ぬかれ、コユリは頬を濡らしながら頷いた。それにキリハも彼女の手を離す。 「有耶無耶になったままだったから、もう一度言うぞ」 「……?」 「俺はコユリが好きだ。だから…結婚を前提に俺と付き合って欲しい」 大きな紅の瞳が更に大きく見開かれた。だが先程聞かされた留学の話よりもそれを早く理解し、涙は溢れ出す。コユリは涙を拭いながら頷いた。 「…はいっ……私を、キリハくんのお嫁さんにして下さいっ……!」 その返事に緊張の糸が緩み、腰が抜けたキリハは崩れ落ちるように傍のベンチに腰掛けた。今し方言った言葉が余程恥ずかしかったのか頬が赤みを帯びていく。 「…ほ、本当に俺で良いのか……?」 「先に言ったのはキリハくんだよ…?」 そう言いながら隣に座ったコユリの身体を少し震える手で抱き締めた。 「……絶対に、幸せにしてみせる」 「幸せにしてくれなきゃ、別の人の所に行っちゃうからね」 「なっ…?!それは駄目だ!」 まだ涙が止まっていないが、悪戯っ子のような笑みを浮かべているコユリにキリハも釣られて笑みが零れた。 彼はコユリの涙を拭った後、ポケットからネックレスを取り出した。ネックレスと言っても、銀のチェーンに指輪が一つ通してあるだけ。 「本当は指につけて欲しいが…学校でバレると不味いだろ?」 「う、うん……。でも前にキリハくんから貰ったのも着けてるけど……」 「なら同じチェーンに通せば問題無い筈だ」 キリハはコユリからルビーのペンダントを借り、それに指輪を通してから彼女の首に回した。 「――……こんなものか」 「ありがとう、キリハくん」 「…コユリ、俺はいつ帰って来れるか分からない。自分勝手かもしれないが、待っててほしい」 「……うん、でも、絶対に帰って来てね?」 「ああ…絶対だ」 彼女の差し出した細い小指にキリハも己の小指を絡めた。 紅と蒼の視線が宙でぶつかり、コユリは静かに目蓋を閉じる。キリハの鼓動は煩い程高鳴るが、どうにかそれを押し殺しながら唇を重ねた。 *** 年が明け、正月休みの旅行から帰って来た人で混雑する空港。アメリカ便の搭乗時間まで後少し。 「出来る限りメールする」 「…うん、」 「週に一回は必ず電話もする」 「……うん、」 「休みが取れたら直ぐに帰って来る」 「……」 寂しそうに肩を落とすコユリは遂に黙り混んでしまった。キリハもそれには焦っている。 コユリは涙目になりながらキリハの胸に顔を埋め、彼もそれに応えるように抱き締めた。 「…頑張ってね、キリハくん」 「ああ、コユリの為にも頑張るさ。だから…お前も頑張れ」 「…うんっ……」 伝えたい言葉は山程あるが、それが声にならない。コユリは震えた喉で声を発する。 「――…もう、時間だ」 「…無理だけはしないで……気を付けてね」 「ああ、分かった」 キリハは彼女の前髪を上げて額にキスを一つ落とした。するとコユリは背伸びをして彼の唇にキスをし、涙を浮かべながらも笑顔を作った。 「行ってらっしゃいっ!」 不意を突かれたキリハは顔を赤らめながらも口角を上げた。 「フッ…行ってきます」 キリハはそう言い、搭乗口へと向かって行く。振り向きはしない。コユリはいつまでも彼の後ろ姿を見詰め続けた。 そしてキリハが乗った飛行機が大空へと飛び立って行くのを見送った後、コユリは空港を出た。 両手を組んで背伸びをし、空を仰ぐ。紅の瞳に映るのは雲一つ無い、清々しい程美しい蒼穹。それに彼女の口許が綻(ほころ)んだ。 「私も頑張らなきゃ……!」 自分に言い聞かせるように呟いたコユリは、新たな一歩を踏み出した。 これから始まる ― 第二期完結 ― ------(12/03/10)------ 信じられるか?この二人まだ中学生なんだぜ?って事で←第二期完結致しました!これも偏にこんな連載を読んで下さる皆様のお陰です! 次回からはオリジナルで成り立つであろう第三期が始まります。もし宜しければ続けてお読み下さい(*´ω`*) |