コユリの父、ツバキは突然やって来たキリハを嫌な顔一つせずに笑顔で迎え入れた。

聞くところによるとコユリはアルボの散歩でいないらしい。どうりで静かな訳だとキリハは口に出さずに呟いた。

そのままリビングに通され、促(うなが)されるままソファーに腰掛ける。一方のツバキは楽しそうに二人分のお茶を用意し始めた。手慣れた手付きで紅茶を淹れ、冷蔵庫からケーキを取り出す。



「アールグレイで良かったかな?ダージリンやオレンジペコもあるが……」

「い、いえ、お構い無く……」



ツバキはテーブルに紅茶とケーキを置き、自身もソファーに腰を下ろした。このケーキはコユリの手作りらしいが、手作りには到底見えない程の完璧な仕上がりだ。



「……さて、君の事は娘が楽しそうに話していたよ。とても優しい人だとね。…あの娘はどこに嫁がせても大丈夫なように育て……」

「っ…?!な、何を言って……!」

「おや、ドラマでよくある「娘さんを僕に下さい」みたいな事を言いに来たんじゃ……?」

「ち、違いますっ!」



そんなズレた発言は流石親子と言った所か。ツバキはキリハがコユリを貰いに来たとばかり思っていた為、キリハは若干頬を赤らめながらそれを否定した。



「ふむ…少し残念だよ。君になら娘を、と思っていたからね。…大悟の息子である君になら」

「ッ……!」

「薄々勘付いていたから此処に来たんじゃないのかな?蒼沼キリハ君」



一点の曇りも無い黄色の瞳に見詰められ、蒼の瞳が驚きで微かに揺らいだ。珍しく喉が震え、必死でそれを押し殺して声を出す。



「…やっぱり、あの花は貴方が……」

「ああ、少しでも償いの気持ちが届けば…と思ってね」

「……どうして、裏切ったんですか」

「……」

「ツバキさん!」

「…私が何を話そうと見苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。だが、少しでも耳を傾けて欲しい」



ツバキは大きく息を吐き、遠い目をしながら淡々と当時の事を語り出した。

ツバキと大悟は大学時代からの親友であり、互いに高みを目指して競いあう好敵手でもあった。互いが結婚しても交友関係は続いていた。

だが、大悟はまるでマリアの後を追うかのように事故でこの世を去ってしまう。

その葬儀にツバキは参列しなかった。否、大悟が死んだと言う情報がツバキに届いていなかったのだ。



「……大悟の部下や親族達は、私や他の親しい友人達にこの事実を伝えようとはしなかった」

「ッ!」

「隠蔽…とまではいかないかもしれないけどね。蒼沼グループを円滑に乗っ取る為に私達には連絡一つ寄越さなかった」



当時の事を思い出すと今でも腹立たしいようで、ツバキは思い切り歯を食い縛っている。

彼や他の友人達にその情報が届いたのは葬儀から三日後の事だった。勿論抗議に行ったが簡単にあしらわれてしまうだけ。



「今でも悔しいよ。君を助けられなかった事、そして何より…何も出来なかった自分が……!」



ツバキは言い訳だと言ったが、キリハはそう思わなかった。ツバキが裏切った部下や親族、そして自分自身を憎んでいる事が分かったからだ。



「君を助けたくて養子縁組も考えた。だが……」

「親戚に…阻まれた、」

「そうだ、君を引き取った親族は絶対に君を手放そうとはしなかった。酷い言い方だが、君名義で下りる保険金が目当てでね」



それはキリハも気付いており、そんな親族の家が嫌で中学校入学と同時に一人暮らしを始めた。



「だから私は他の友人達と一緒に君を陰で支える事に決めたんだ。だが私達には金銭的な支援しか出来ない。毎月君の口座に怪しまれない程度に生活費や学費を振り込んでいた」



確かに、毎月同じ金額が自分の口座に振り込まれている事をキリハは知っていた。だがそれは親族からだと思い、然程気にせずに使っていたのだ。



「――……これが真相だ。信じろとは言わない。だが、全員が大悟とマリアを裏切り、君を見捨てた訳じゃないんだと言う事だけ覚えていて欲しい」

「……全て、信じます。…ありがとうございました」

「っ…礼を言われる筋合いなど私には無い」



頭を下げたキリハにツバキは慌てたように言い、温くなった紅茶を淹れ直す為に立ち上がった。



「…所でキリハ君」

「はい、」

「君は会社を取り戻す気はあるかな?」

「……必ず、取り返してみせます」



その返答に満足げに頷いたツバキは、テーブルに淹れ直した紅茶を置いて腰を下ろしてから口を開いた。



「なら、私と一緒にアメリカに来ないか?」

「!」

「大悟が伝え切れなかった事を私が変わりに教えていきたい。向こうの学校の方が日本より良いと思うし、何より良い刺激になると思うんだ。勿論衣食住等は全て私がバックアップする」



キリハにとっても悪い話ではない。寧(むし)ろチャンスだ。だが自分がアメリカに渡る事でコユリは一人になってしまう。彼女の事を考えると即答は出来ないでいた。



「…少し、時間を下さい」

「ああ、勿論だとも。これは君の人生に関わってくるからね」



ツバキは名刺を取り出し、その裏に携帯の番号を書いてキリハに渡した。



「裏に書いたのはプライベート用の番号だ。決まったらその番号に掛けてくれ」

「…分かりました」



この日はそこで終わった。

それからと言うもの、キリハは渡米するか本気で頭を悩ませた。気掛かりなのはコユリの事。だが会社を取り戻す事は悲願である。

キリハは丸一ヶ月間一人で考えに考え抜き、そして漸(ようや)く最善だと思う答えを出した。



『――…もしもし、キリハ君…かな?』

「…はい、お久し振りです、ツバキさん」

『一ヶ月振り…だね。それじゃあ、答えを聞こうか』

「……俺は、」





真実とこれから





------(12/03/09)------
蒼沼夫妻の事を全員が裏切った訳じゃないと思いたいのでこんな展開にしてみました(´ω`;)

ツバキと大悟には、ボカロの"アカツキアライヴァル"がぴったりだと思うんですよね……。ボカロばっかりですみませんorz

第二期も残り一話!





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