「名前ちゃん、準備出来たかい?」

「はいはーい、今行くっー」


廊下からの声に名前は姿見で自分の格好を最終確認し、鞄を持って部屋を出た。


「…よし!今日はちゃんと服着てるね」

「それは僕が普段服を着ていないような言い方じゃないか」

「実際そうでしょ?…あ、ネクタイ曲がってる」


名前はそう言いながら一色のネクタイを直す。そんな世話を焼かれるのが嬉しくて、一色は思わず緩んでしまう口許に手を当てて隠した。


「どしたの?」

「いや…何でもないんだ」

「そう?…はい、出来たよ」

「ありがとう、名前ちゃん。さあ、行こうか」


寮内には寮母のふみ緒しか居ない為、二人はどちら共なく緩く指を数本引っ掛けるようにして手を繋いだ。玄関ホールで鉢合わせたふみ緒に「若いねぇ」等と冷やかされながら外に出る。


「歩いて行く?自転車なら私の使って良いけど」

「今日は自転車で行こうか」

「それじゃ慧が漕いでね」

「勿論良いとも」


邪魔にならないよう端に停めてある自転車のワイヤー錠を外す。一色が先に乗ってから、彼の身体に掴まって荷台に腰掛ける。


「私が重くて漕げないとか、事実だとしても言わないでよ」

「名前ちゃんは軽いから大丈夫だよ。僕としてはもう少しふくよかでも良いんだけど」

「もう、何言ってんの」


たわいない会話をしながらも自転車は始業式の会場へと走り出した。


***


編入当初はあれ程居た同級生達もここまで減ってしまったのかと、一年前と比べてがらんとした会場に名前は少しだけ寂しくなった。


「分かり切ってたことだけどさ、やっぱり少ない」

「そうだね、来年までに一体何人が残ることか」

「私も明日は我が身だと思ってないとすぐ退学になりそうだしなぁ……」

「ふふ、名前ちゃんなら大丈夫だと思うよ」


また始まる退学を恐れながらの学生生活を思い肩を落とす名前の頭を優しく撫でる一色。そんな二人の耳に近くで話していた同級生達の会話が飛び込んで来た。


「おい聞いたか?編入生の話」

「一年のだろ?所信表明でこの学園を踏み台としか思ってないって言い放ったとか…」

「そうそう。客の前に立ったことない連中に負けるつもりは無い…とか、頂点獲るとも言ったらしいぜ」

「なんつーか無謀だな」

「まあな。でもすぐにこの学園の恐ろしさが身に染みるだろうよ」


彼からの会話に名前の表情が凍った。だがすぐに憤りを感じ肩を震わせる。


「…あのっ、愚弟……!」

「まあまあ、名前ちゃん。僕はそれ位の意気込みがあった方が良いと思うよ」

「そうは言っても……!」


名前の掲げる目標とは正反対な、周囲を敵に回すような発言は聞き捨てならないのだ。そんな彼女を優しく宥める一色は、一年前の始業式を思い出していた。


『…えーっと、幸平名前って言います。んと、入ったからには取り合えず卒業したいんで、私の邪魔しないで下さい。まあ弊害となる人に負けるつもりはないですけど。それじゃ、三年間よろしくお願いしまーす』


彼女の弟の所信表明とまではいかずとも、かなり挑発的な発言を無自覚でする辺りはやはり姉弟なのだろうと思い、一色はクスリと笑みを溢した。


[13/09/05]






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