彼は「風間蒼也」と名乗った。年齢は私と同じ21歳らしく、人(というか霊)を見掛けだけで判断してはいけないのだと痛感した。彼は何故自分が死んだのか記憶に無いらしい。だが彼に限ったことでは無い。私が逢った霊達も、絶命した前後の記憶が抜け落ちて気付いたらこの世を彷徨っていた、というのが殆んどだ。


『苗字、本当に俺は死んだのか?』

「…残念だけど、多分」

『……そうか』


彼は表情を変えなかったが、どこか哀しげな様子だ。気が付いたらこの近所に居て、吸い寄せられるようにこの部屋を訪れたらしい。理解し難い状況で、更に自身の死を告げられたら誰だってそうだろう。

彼は本当に変わった幽霊だ。自分から名乗ったり、人の名前を呼んでみたり。因みに私の名前は机の上に放置したままだったダイレクトメールの宛名を見たようだ。今なんて話しやすいようにテーブルを挟んで私の向かいに座っている。これまでに無いタイプの幽霊に、私は自分で思ってる以上に困惑している。悪霊ではなさそうだし、追い出すのも心苦しくなってきた。


「えっと…風間、くん?」

『なんだ』

「これからどうするつもり…?」

『…さあな』

「……そっか、そうだよね」


そして沈黙。なんだか幽霊と話している感じが全くしないのは何故だろう。姿が半透明で時々ぶれる以外は生きてる人間と何等変わり無い。…これまでの幽霊達が悪霊だっただけ?


「…と、取り合えずさ。こんな所に居てもしょうがないし、自分の家とか、思い入れのある場所に行ってみるのはどうかな…?」

『それもそうだな。……いや、』


一度は私の意見に賛同して立ち上がった彼だったが、ふと考え込んだ。


「どうかした?」

『…思い出せないんだ。自分の家も、思い入れのある場所も』

「……!」


やっぱり彼は他の霊とは少し変わっている。大体この世を彷徨っている霊は生前の強い想いによってこの世に縛られ成仏出来ずにいるから。だから絶命前後の記憶が無くとも生前の記憶は残っているものだが、彼の場合は曖昧で飛び飛びらしい。幽霊とは関わりたくないと思う半面、この短時間で驚くほど情が湧き、このまま見捨てられないと思う自分がいた。


『これから俺は、どうすればいいんだ……』

「…なら、私が一緒に風間くんの欠けた記憶を探してあげる。全部思い出せたら風間くんをこの世に縛る未練が分かると思うし。そしたらきっと、成仏出来ると思うよ……!」


ああ、言ってしまった。彼が格好良いからいい人を装っている訳では無い、と言い切りたい。なんというか、私も甘いな。


『いいのか?逢ったばかりの得体の知れない幽霊に手を貸しても』

「だって、見捨てるのが可哀想になったから」


見付けた捨て猫に情が湧いてついつい拾ってしまった、という状況によく似ている気がする。


『……すまないが、宜しく頼む』

「こちらこそ宜しくね、風間くん」


触れられないこと位分かってはいるけど、生身の人間と大して変わらないから思わず差し出した手。すると彼は私の手を握るように自分の手を重ねた。触れることは出来ないけれど、一瞬掌にひんやりとした空気が当たったのは感じ取れた。

さっきすれ違った女性の言葉じゃないけど、人生何が起きるか分からない。


[13/10/12]

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