後一時間で生涯に一度きりだと願いたい式が始まる。到頭訪れたこの日に、アヤメは緊張気味に控え室で迎えが来るのを待っていた。すると静かに三回扉がノックされ、アヤメは自分を映す鏡からそちらへと視線を移した。 「どーぞー」 「…アヤメ先輩!」 「日向子!」 新婦の控え室を訪れたのは彼女の大切な後輩で友人である日向子だ。ライラック色のドレスがふわりと揺れる。 「うわぁっ、先輩凄く綺麗です!」 「ありがとう、日向子もドレス似合ってるよ」 アヤメは立ち上がり、日向子も彼女の元へと駆け寄る。が、慣れないヒールによろけてしまいアヤメが咄嗟に受け止めた。 「す、すみません…履き慣れない靴なのでどうもバランスが……」 「ふふっ、日向子らしい。でも気を付けないと駄目だよ?」 「は、はい…」 申し訳なさそうに眉尻を下げる日向子の様子にアヤメは微笑ましそうにしている。 「にしても、非の打ち所がないアヤメ先輩と結婚出来る四宮先輩は世界一の幸せ者ですね!」 「そう?でも、日向子が思っている程私は出来た人間じゃないよ」 「何を言ってるんですか!アヤメ先輩は私の憧れです!」 「ありがとう」 無邪気に笑い尊敬する先輩を祝福する日向子。そんな後輩に釣られて微笑むアヤメだったが何かを思い出したようで、その微笑みは静かに消え去った。 「……ごめんね、日向子」 「何がですか?」 「私知ってたんだ、昔から日向子が小次郎のこと好きなの」 「…!」 アヤメの思いがけない告白に日向子は見開いた。 確かに日向子は学生の頃から四宮に好意を抱いていた。だがその頃には既に四宮とアヤメは付き合っていて、彼女が割り込む隙は無かった。否、割り込もうとする気など起きなかったのだ。 「…確、かに…今でも四宮先輩が好きです、」 「……」 ぽつぽつと発せられる日向子の声は震えていた。 「でも、四宮先輩以上に…私は、私は…アヤメ先輩が好き、なんです」 「日向子…、」 涙を浮かべた黒の瞳は真っ直ぐにアヤメを見詰める。そして無理やり笑おうとする日向子の姿にアヤメは胸を痛めた。 「…幸せに、なって下さいね」 その言葉を伝えた所で日向子は敬愛する先輩に抱き着き、彼女も静かに愛しい後輩を抱き止めた。 「…本当に、ありがとう……。私も日向子が大好きだよ」 「そう言って貰えただけで、満足です」 日向子のアヤメに対する好意がどう言った意味なのかは彼女本人にしか分からない。それでも、今この時だけはこのままでと願っていた。 [13/08/05] 本編が四ヒナっぽかったので対抗して← 友情なのか百合なのか、それは読者さまにお任せします。 title:ポケットに拳銃 戻る |