とある情事に際して。

 ルガーの細い銃身が喉奥を貫いて、深く潜り込み粘膜を裂く。躯は激しく揺すぶられ、どこもかしこも熱い。窒息。咽頭が引っ切りなしに痙攣し唾液が唇を伝う、今俺の身体の内で俺の意思によって制御されている部分など有りはしないだろう。出来の悪い脳味噌くらいだ。それも直(じき)。
 セックス中に偽りでない声を上げるのは久々だ。しかも色気もクソもない、ただの悲鳴なんてのは。そもそもこんな暴力的な、――暴力的なインアウト? キューブリックかよ、――に甘んじるのも金で買われてラブドールの代わりをしてた十代の頃以来である。なあお前誰に話をしてる?――自分じゃないか?――なら、いいや。
 かろうじて機能を保つ眼球に相手を追わせれば、光を弾く赤が射る。白銀の毛並みの、血と硝煙の匂い立つ男。鋭く整った顔立ちの裏に怯えが在る。頭を抱え、縮こまって震える誰かがいる。俺はそいつを愛してる。目の前の美人も好きだけどさ。彼の毛並みを見ていると必ず浮かぶ景色があって、でも俺はその場所を知らない、多分昔観た映画か、小説か、ともかくは架空の一場面だ。血塗れの兵士が、――思い出した。やっぱ小説だ、――雪原の中を滑り降りやがて見えなくなっていく。主人公は温めたミルクに一滴落ちた血液の様をこう喩える。真紅の粒がゆったりと、一面の白に飲み込まれる様を。
 さて。頭がトんじまわないように無駄話を続けてきた訳だが、そろそろ終いが近いらしい。目眩がしてきた。瞼が落ちそうだ。意識の膜の外側で遠く響く音(ね)を辿ってみれば、なるほど我ながら情けない声を上げている。女みたいだ。いやそうでもない、こんなような声戦場でも随分聞いたな、痛みには、なんなら女のほうが強いらしい――途中で気を失うと彼が悲しげな顔をするので出来れば正気でいたいんだが、せめてルガーを抜いてくれりゃあ少しは理性も保つんだけどもマトモにおしゃべりも出来ない今じゃ懇願のしようがない。第一、んなこと頼む気もない。君は俺に何シてもいいよ、ぜんぶ赦して愛して遣るよ、口にせずとも君は解ってる、だからこうして君は確かめる。いっそ撃ち殺してみればいいのに、どうせ弾入れてんだろう? トリガー引いて孔開けちまえよ随分涼しくなった頭でそれでも愛して遣るからさ。ずっと。次、眠り、目を開けた時、彼は俺の前に跪き赤色を不安に惑わせて俺を見上げていることだろう。そしたら俺は掌に、赦しを転がして晒してやって、彼の中で何かが膨らみはち切れそうになった瞬間に与えるんだ。躾ってそういうんモンだろ。ロシア語圏の彼の舌には馴染まぬ俺の名を呼んで、縋って、優しくキスをしてくれる可愛い獣。愛してるよ。だから早く此処まで来い、他に何にも無い、処まで。
 瞼を閉じる。さあサヨナラだ、しばらく俺は眠るけど、ちゃんと起こしてくれるよな? “ダーリン”。



2015/04/16
佐久間さん宅のイラリオンくんお借りしました。
雪景色の元ネタは村上龍です。キューブリックの方は観れば分かる。