神様の失敗作




「今日は疲れたでしょう。寮に戻ったらゆっくり休んでください」

「あ…そうか、寮か…」

「ええ。少々心細い事も有るかと思いますが、要は慣れですから」

「…ん。メフィー、」

「なんですか?」

「電話、していい?メールとか。暇な時に…訊きたい事が有ってもするけど」

「…構いませんよ、御好きにどうぞ」

「ありがとう。…じゃあ、私…頑張りますから」


小さく頷いて、今朝渡したばかりの携帯を握るなまえ。
一番長く傍に居る所為か、どうも気に入られているらしい。
こうも早くに心を開かれてしまっては、やや味気無くも有る。
今後の事を考えるならば、大変結構な事だ。
然して利用する事に重点を置いている訳で無いにしろ、敬遠されるよりは余程良い。
なまえは何時の間にやら背を向けて寮へ歩き出していた。
するり、と。背後に気配を感じて、メフィストは笑みを深めた。


「兄上…随分と懐かれている様ですね」

「アマイモンか…気になったか?」

「ハイ。…兄上があそこまで懐かれるのも、珍しいです」

「お前には言われたくないな」

「……あの女、は…」

「どうした」

「――いえ、何でも」


黒い風が吹き抜けて、暮れた日に男の姿は跡形も無く掻き消えた。
ずん、と大地を揺るがす震動だけを残して。


「…面倒を起こさなければ良いが」


懸念を帯びた言葉とは裏腹に、メフィストの口元は歪んだ弧を描いていた。










「夏休みまでそろそろ一ヶ月半切りましたが、夏休み前には今年度の候補生認定試験があります。候補生に上がるとより専門的な実践訓練が待っている為、試験はそう容易くはありません」


相変わらず数の少ない生徒を前に、奥村雪男―同級生でありながら立場上としては教師で有る―は今後の予定について説明をしていた。
前の座席の方から、「エスクワイヤ?」「エクスワイア、だよ」「エスクワイア?!」と何とも間の抜けた会話が聞こえる。
雪男は既に常となった光景に注意をするでも無く、用紙を手に続けた。


「……そこで、来週から一週間試験のための強化合宿を行います」


温和な笑みに似合わず放たれた言葉に、なまえは瞬きを繰り返す。
合宿、とは如何なものか。
先ず最初の疑問は、それだった。
知り得る言語の中から引き出そうとするも、耳慣れない単語に疑問符を浮かべるばかりである。
しかし此処で挙手をして質問をしようものなら、不審な目を向けられる事は間違い無いだろう。
この教室の中に、そんな非常識な者はなまえを除けば一人として存在しない。
雪男は向って左側の少女へプリントを手渡し、それから最前列に着席する二人の男女へ、教室を回って各々に配っていく。


「合宿参加するかしないかと…取得希望"称号"をこの用紙に記入して、月曜までに提出してください…」

「……ま、いすたー」


ぽつりと口にした言葉はあまりに拙いものだった。
言った本人のなまえですら、その不自然さに瞬きを繰り返す程だ。
"称号"など、今まで生活をして来た中で一度も耳にした事が無い。
幾度か首を傾げて、配布された用紙を注意深く読んだ。のが、間違いだった。
そこには"騎士"やら"竜騎士"やら、語尾に"騎士"と付いた単語が幾つも並んでいた。
なまえは益々頭を混乱させる。竜に乗って戦うのか、とか勝手な想像を繰り広げるが、全て的外れであることは明らかだ。
仕方無い、とこっそり携帯を取り出して不慣れな手付きで其れを開ける。
そしてメール画面を開こうとした矢先に、受信している事を示す画面が現れた。
誰からだろう、と思うが今アドレスを知っているのはメフィスト、その人しか居ない。
怪訝に思いつつもメールを見ると、其処には以上な絵文字とでデコレーションされた文面が並んでいた。目がチカチカする。
『頼るべきは友人ですよ☆何でも私に訊いていたら貴女の為になりませんからね!』…と。
何とか文字だけを拾って読んでみると、どうやらそう言う事らしい。いじめだ。
出来ればあまり話さずに居ようと思っていたのに、いきなり突き放された。
メフィーめ、と恨み事を吐くが当然本人には届かない。その上、恐らくそんな状況に立たされているなまえを笑っている事だろう。
諦めて前に座る志摩に声を掛けようと、静かに深呼吸をした。


「"称号"って何だ?教えてくれ…オネガイシマス」

「はあ゙!?」


びくりと大きく肩が震えた。
今からしようとしていた質問を、名前も知らない少年が用紙を掲げて問っていたのだ。驚いたけれど、自分が聞かずに済んだのは助かった。
これで話を聞いていれば、大丈夫―――そう安堵の息を漏らした時だった。
突然目の前の志摩が満面の笑みを浮かべてなまえを振り返った。
またもや肩をびくつかせるなまえ。
志摩は其れに疑問をぶつける事も無く、既になまえ側の机に置かれていた携帯をズボンのポケットへ仕舞い込んで空いた空間に肘を乗せた。


「なまえちゃんは何か分らん事無い?」

「え、あ、…ぜんぶ…」

「お、まっ…お前らそんなんも知らんで祓魔師なるいうてんのか!大概しいや!」

「ははは、奥村くんてほんに何も知らんよなあ」

「な…何だよクソ…世の中にはそんな人もいるんだよ…。お前も分かんねえんだろ?」


三人の視線を受けて、"奥村くん"はたじろぐ(初めて知った、名前だ)。
それから先程のなまえの呟きを拾っていたのか、バツが悪そうに問い掛けた。
なまえは突然話しかけられた事に上手く反応出来ずに、意味を成さない音を零す。
ああ、もう!いい加減慣れても良いんじゃ無いかと苛立ちにも似た感情を抱いて、溜め息を吐く。其れを目撃した"奥村くん"が済まなそうな表情を浮かべたのを見逃さず、なまえは咄嗟に笑みを繕い首を振って見せた。安堵が浮かんだのを、確認する。


「う、ん……あの、"合宿"って…なに?」

「えっ」

「………お前、本気で言うてんか?」

「う、うん…ごめんなさい…」

「いやいや、謝らんでも!あーけど…口で説明するんも中々アレやね」

「…合宿言うんは…練習とか、一つの目的で多人数が同じ場所で寝泊まりすることをいうんですよ」

「同じ、場所で…一つの目的……」

「分かってくれたやろか」

「うん!…その、ありがとう」


そう丁寧に教えてくれたのは、子猫丸だ。
確かに説明し辛いものだったな、となまえは済まなく思った。志摩が断念したのも頷ける。
矢張り信じ難いと言う反応をされたので、今後こう言った事は携帯に内蔵された(のを先日、使い方を覚えようといじっていた際に発見した)辞書を使おうと思考を巡らせる。我ながら恥ずかしい。
其れにこれから一般的な用語の質問を続けていれば、育った環境について訊かれてしまう可能性も否めない。それだけは、なまえにとって避けたい事だった。
一息吐いた子猫丸が"奥村くん"に向き直る。


「"称号"いうのは…」

「子猫丸!!教えんでええし!」

「こねこまる!?」


子猫丸は勝呂の制止を聞かず、少しだけ間を置いて再度説明を次いだ。
意外と肝が据わっているらしい。慣れも、そこには有るだろうけれど。
説明を求めた"奥村くん"は、名前の意外性に目を見張っている。
あだ名かと思われる其の名前は、本名だ。


「祓魔師に必要な技術の資格のことで…騎士・竜騎士・手騎士・詠唱騎士・医工騎士の五種類あるんです。どれか一つでも"称号"を取得すれば祓魔師になれるんですよ」


勝呂は相変わらず苛立ちを隠せぬ様子でペンを握っている。
一体何が気に入らないのか、その様子を観察していてもなまえには全く理解が及ばない。
かと言って問い掛けるのも、なかなか勇気の要る行為だろう。
何せ怒鳴りつけられる可能性も有る。
取り敢えず今は黙って説明を受けることにして、なまえは開きかかった唇を結んだ。
時折向けられる志摩の視線には、疑問を覚えつつも触れない事に徹底した。
視線を遣るとへらりとゆるく微笑まれる。…一体何だというのだ。


「"称号"によって戦い方全然ちごぉてくるんですよ」

「なんとなく解った!ありがとな、こねこまる。…お前は何取るの?」

「何シレッと馴染んどるんやオイ!」


隣に並ぶ二人は既に仲良さげに笑い合っている。
"奥村くん"は人と打ち解けるのがうまいなあ、と一人感心して見るが何と無く空しい。
またまた何か気に食わない事が合ったらしい勝呂は額に血管を浮き上がらせ怒りを露にしている。
沸点が短いのか偶々怒りのツボがピンポイントで突かれているだけなのか。矢張りなまえの理解の範疇には無い。
やさしいぜ、と嬉しそうに笑う"奥村くん"の表情はそれを気にした様子も無く、柔らかいままだった。


「僕と志摩さんは"詠唱騎士"目指すんやよ。"詠唱騎士"いうのは聖書や経典やらを唱えて戦う称号」

「坊は詠唱騎士と竜騎士二つも取るて、また気張ってはるけどなー」

「へー、流石坊!」

「勝呂や!なん気易く坊いうてん、許さへんぞ!!」

「(駄目なのか…)」

「そーいや…奥村先生も医工騎士と竜騎士二つ取ってはるよ?」

「ふーん。…あいつスゲーな」


驕る様子も無く"奥村くん"は褒めたが、勝呂にはそれよりも呼び名が気に掛った様だった。例も何もかもをすっ飛ばして、怒鳴る。
と言ってもその怒声にそこまでの怒気は感じられず、なまえはまた首を傾げる。何処ぞのCMの様にこの地球には、だかこの地球では、だかそんな事を口走りたくなる。
こんなに人との差があったままではこの先苦労するのは目に見えているが、正直なところ、頼るような人間はあの胡散臭いメフィスト・フェレス卿だけである。
信用に足る人間かは分からないが、今のところは(何だかんだ言って気を許してしまっている感は否めない)。
ぼんやりと皆の遣り取りを見ていると、"奥村くん"は次の問いを投げ掛けた。


「俺は何にしよーかな…ドラグーンてなんだ?」

「あ゙ーもう!難儀な奴やなぁ!!みょうじも分らんなら聞いとけよ!…竜騎士は銃火器で戦う称号!騎士は刀剣で戦う称号…」

「!剣!?…じゃあ俺は騎士だな!」

「なんやかんや面倒見ええんやから坊はー」

「やかましい!!」

「そーいやいっつも剣提げてはるね」

「うん」


勝呂が一番やかましい、と思ったのは秘密だ(まあ恐らく余計な事を言うな、と言う意味合いだろう)。剣、とそう言われて見れば"奥村くん"の傍らには布に包まれた其れが置かれていた。
成程、となまえはひっそり嘆息する。それからもう一度用紙へ目を移した所で、志摩がなあなあ、と体を寄せて来たことに気付き顔を上げた。


「なまえちゃんは何にしはるん?」

「私は……竜騎士と医工騎士にしようかな…と思うけど」

「それやったら奥村せんせーと一緒やね」

「う、ん…けど私に出来るかな…」

「はっはあ、あかんなぁなまえちゃん。人生何事もチャレンジ精神が大事なんやで?やりたい思たらやって見な。やらな出来るモンも出来ませんわ」

「なに偉そうに言うてんねや…お前のソレは人に言えた事とちごぉてるやろ」

「…坊、俺今めっちゃええ事言うた思うんですけどぉ…」

「自分がしてから言えやそう言う事は」

「ほぉい…でもほんま、俺ええと思うよ?分らん事あったら奥村先生に訊けばええんやし」

「そういうんは俺頼れ言わんのやな…」

「何でさっきから坊は俺の胸にチクチク棘刺してきはるんですか?泣きますよ?」

「みょうじの前でか?情けないわ」

「………俺を頼ってくれはってもええよ、なまえちゃん。あんま助言出来ひんけど」

「あ、ありがとう…」


…取り敢えず先にメフィーを頼ろう。
もし何か不都合が有っては困る。
あとついでに人との接し方についても訊いておこう。
ぎこちない笑みを浮かべながら、志摩の好意を受け取った。


「……(奥村…奥村、何て言うんだろう…今度訊かないと…)」










神様の失敗作
(一人では何も出来ない)













主人公の称号を色々考えて見たけれど雪男と被ってしまった…。
まあそれでも良いと思うのですが…ゆ、雪男との接点だと思えば!←
…打ちながら話を考えるので行き当たりばったりなんですよね。
無計画で済みません。
2011.01.06



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