世界は息をするのをやめた



ふう、と珍しく辛気臭い溜め息が零れた。
セイレーンの少女…魔神の落胤よりは幾分所か赤子の手を捻るより簡単ものだ(まあ、其れは幾らか大袈裟だが)。
しかし、彼女の両親を探って見るとセイレーンの血を受け継いでいる様子は全く無かった。はて、一体どうした事だろうか。
ぐるりと悪戯に椅子を回して、大きな窓を見上げる。
セイレーンは、人間よりも遙かに多く、空気に振動を与える事が出来る。
普通に喋る分には、何ら影響を及ぼす事は無い。
ただ其れが大声を出すとか歌を歌うだとか、そう言う行為を行う事によって影響を及ぼす様になるのだ。
それらの行為はセイレーンの能力でも有る、多く振動を与える効果が有る。
彼女の場合、純血で無い為あの程度の被害で済んだが、純血のセイレーンで有れば人体にすら被害が有っただろうと思う。
少なくとも、その相手が常人であれば、の話である。


「両親が居ては後見人にはなれない…さて、どうしましょうかねぇ」


ひとつは、両親に手放して貰う。
ひとつは、協力を仰いで支援をして貰う。
恐らくはどちらも実親では無いのだろう。
実親で有ればどちらかはセイレーンの筈。
出来れば前者が最も動き易く都合も良い。
取り敢えず本人の意思を尊重するのが得策だろう。
此方ですべて決定してしまうのはあまりに不自由だろうから。
セイレーンは今、数の少ない悪魔―――此方側に置いておけば、常人よりは役に立つ。
紅茶を一口啜った所で、扉が控えめに叩かれた。


「どうぞー☆」

「…着替えましたが。これは貴方の趣味ですか」

「いやあ、まだ制服を発注していないもので。…良くお似合いですよ」

「死にますか」

「おや、手厳しい。…まあまあ、其の格好も今日一日我慢して下されば明日には届きますから」

「……理事長の癖に制服の一着も無いんですか。…良いですけど」


盛大な溜め息を吐いた彼女は今、頭にはヘッドドレス(着けるか着けないかは自由でしたけどね☆)、首にはリボン下からはフリル満載の所謂ゴスロリと言うやつ。
スカートの裾を引っ張っては離し引っ張っては離し、気になるらしい様子を宥め。
実は制服くらい有ったりするが、まあ一日くらいは遊んでも良いだろう。
不満げな表情をして貰うくらいが、一番嬉しいものだ。
喜ぶと思って着させている訳では無い。
彼女を近くの椅子に座らせ、椅子をそちらに向けた。


「…さて、では真面目なお話に移りましょうか」

「あの」

「はい、何でしょう?」

「貴方の名前を知りたいのですが。…何と呼べば」

「おや。私とした事が名乗り忘れていましたか。…私はメフィスト・フェレス。呼び方は…そうですねぇ、御好きに呼んで下さって構いません☆」

「メフィスト・フェレス………子供に大人気の兎みたいな名前ですね」

「ミッ●ィーですか、光栄ですね其れは」

「じゃあ其れに便乗してメフィーと呼ばせて頂きます」

「思ったより自由ですね、貴女」

「御好きに呼んで良いとの事でしたからね」


至って真面目な表情で喋り続ける少女。
昨夜よりも小さな声は、能力を使ってしまう事を恐れているからだろう。
魔神の落胤よりも能力の扱いは楽な割に、本人の性格では幾分も面倒らしい。
この堅苦しい喋り方や性格もどうにかしなければ、上手く馴染めないだろうに。
其れも簡単な事で、自分の仕事だと取り敢えず片隅に置いておく事にする。


「クク、いやあ、元気になられた様で何より。…では、貴女の名前を聞かせて頂きましょうか」

「私は…みょうじなまえ。今は…橘だけど…、嫌いだから」

「では、みょうじさんとお呼びしましょう。…さて本題に参りますが…学園に通うにはお金が必要です。私が貴女の後見人になっても構わないのですが、その為には両親が…言い方は悪いですが、邪魔になります。もう一つの手段としては、貴女の両親に協力をして頂く事。…どう致します?」

「…私は……多分彼らにとって邪魔な存在でしょうから。あの人たちに私を手放すように言えば喜んで手放してくれますよ。…私もその方が、良い」

「そうですか。では、その様に」

「…あの、話はそれだけですか」

「いえ。貴女の力についてお話しましょう」


言葉を聞くなり、彼女の顔はやや肌色を失う。
不安定な力の覚醒は、その当人を苦しめることになる。
本来悪魔は虚無界に存在するべきもので有って、物質界に居るものは力を使えば少なからず被害を齎す。
悪魔堕ちと言うケースは有るものの、彼女の場合は悪魔で有りながら物質界に産み落とされた。勿論稀では、無い。
ただ両親に自分と同じ血を引いた者が居ない場合、その力の扱い方を知らないまま成長していく。
彼女は力の抑え方を知らぬまま、此処まで育ったのだろう。
大勢に厄介祓いをされながら。


「…勘違いをしているかも知れないので言っておきますが、セイレーンの力は破壊をするだけでは有りません。例えば傷を癒したりと有効に扱う事も可能です」

「え…」

「その様子ではご存じ無かった様ですな。ですから、その能力を制御出来る様になれば…貴女は人を救える様にすらなります」

「…本当、に?」


ゆら、と彼女の瞳が揺れる。
今のままでは、物質を破壊する事しか出来ない。
人を救う事は愚か、がむしゃらに手当たり次第に破壊行為を行うのみだ。
何が彼女を此処まで引き付けて居るのか――それは、一目瞭然だった。
傷付けることしか出来ないと思っていた力が人の為に使えるとなれば、誰でもこの様な反応を見せる事だろう。
純粋過ぎるのも考えものだ、と嘆息する。


「ええ。…まあ、その為には様々な事を学んで頂かなければなりませんから…学校には勿論、塾にも通って貰います」

「塾?…って、…祓魔塾?その…祓魔師になる為に通う、って言う」

「正解です☆…祓魔師になるもならないも貴女の自由です。ですが、其の力を正しく使いたいのならば…通う事をお勧めします」

「…か、」

「ん?」

「通わせて下さい。…もう、傷付けるばかりは嫌だから」


力強い目で、彼女は言った。
―――まあ、合格ですかね。
帽子を少しだけ、下に引く。影が落ちて、彼女の結ばれた手が見えた。


「宜しい。…ですが、少しだけ条件です」

「…なん、ですか?」

「敬語は止めて頂きたい。正直疲れるので☆」


彼女の目は忽ち光を失って、打って変って呆れと落胆が見て取れた。
そう、それで良い。
今は気楽にして居れば。
何れ、その笑顔は血で塗りつぶされるのだから。










世界は息をするのをやめた
(来るべき時まで、失う事が無い様に)













捏造が半端じゃ有りません。
そしてメフィスト卿しか出て来ない悲劇。
出しゃばり過ぎです。
そろそろみんな出て来ると思います。
2010.01.02


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