「…あれは」 「どうしたの?」
視線のさき、長谷がまっすぐに見据えたものは何所か見覚えのある人物だった。もちろん校内でも見掛けるのだから無いわけもないのだけれど。なんせその彼は、多すぎるくらいの白い髪留めで前髪から側面にかけてを押さえ(それはもう、女子かと思うほど)、更にはそれらを目立たせる赤みがかった髪色をしているのだ。ほんの少し、割合として黒色が勝っているとは言え。よくも生徒指導に引っかからないものだなあ、と呆れを通りこして感心してしまう。壁に遮られた誰かと話している様子で、暫くぼんやりと長谷に付き添い同様に眺めていると、不意にこちらに気づいた素振りを見せた。揺れた手のひらが送り出したのはどうやらいつもの三人組。無感情だが髪の隙間から垣間見ることの出来る横顔に、少しばかり動揺が走る。しかしそのしあわせな視界には、すぐにあの先輩が映り込んでしまった。良いところだったろうに、と内心嘆息した(本人は然して気にかけていない風だったが)。
「後輩ちゃん」 「…あなたは、平介さんの」 「おお良くぞ気付いたねー。おれは諏訪、確か…長谷さん?」 「私になにかご用でも」 「え、ないよ」
よくもまあ、べらべら喋ること。長谷は変わらず無表情のまま、ふつうならば会話も途切れるところを先輩は笑みを絶やすことすらせずに口を動かし続ける。何処にそんな話題があるのだろうか。元々お喋りな印象があったにしろ、予想以上に喧しいひとのようだ。否定をする気は毛頭ないのだけれど、とにかく何が面白いのか不可解だ。しかしこれは平介さんのことを知る良い機会なのかも知れない。本人からでは聞き得ない情報もあることだろうし、それを長谷が求めているかはべつとして好意を抱いている人間のことを知るというのはなかなかどうして嬉しいもので。何か足しになれば、とは思う。彼女はどうにも普段から感情が希薄な部分がある。それが長谷という人間であって、生まれついての性質なのだろうが、もう少し笑ったりだとかあっても良いのではないか、と一個人、または友人としては思うのである。当然表面に出ないだけで内心の浮き沈みがあることは見受けられる。そうでなければ他人に好意など抱く風には、とてもではないけれども、見えない。ただ、差支えがない程度には、表に出してほしいというのが本音だ。
「(一刀両断とはまさに)」 「強いていうならいっこ質問」 「なんでしょう」
「へいすけの何処がいいの?」
衝撃的。爆弾発言とはこういうことを言う。 人に好意を抱くというものは理屈よりももっと直情的なものではないのか。しかしまあ、何というべきか。こんな質問を極々最近、ほかのひとにもされていた気がする。そう、あれは確か、海藤くんだ。まるで違うタイプの人間に見えるのにこうもまるきり同じ質問をしてくるとは。ただ、何だろうか。ニュアンスに大分差があるように思える。憎しみだとか本当に心底疑問であるとかそういう風では、ない。何か縋るような、そんな。期待の籠った目が長谷を見つめる。一体どんな答えを期待しているのか、こちらは見当もつかない。このひと、は。変だ。それも、とても。意図の読めない接触から繋がり、この発言。長谷の答えはこのあいだと何ら変わりないだろうことは容易に想像出来る。ただ、その先は一切想像出来ないのだ。まさか海藤くんと同じ反応が返ってくるとは到底思い難い。かと言って納得はしそうにもない。彼と決定的に違うのは、先輩は平介さんを嫌ってはいないということ。ただし、それだけだ。
「…まずは、頭部から言って…」 「頭部!…や、長谷さん、そう言う事じゃないんだけどな…!」
ぽつりと唇から零された一言も聞き逃さず大きく、呼吸音が言葉を遮った。続くのは、予想どおりの笑い声。ならば何をすべきかと促す様な視線に、先輩はいくらか瞬きをしたあとに片目を瞑って見せた。一体何がしたいのか、皆目見当付かない。やはりこの人は、ずれている。ひとしきり笑って、それから、滲んだ涙を拭うこの人は何を思ってあんな質問ぶつけたのだろうか。長谷に至っては質問の意図など気に掛けていないようで、正直先が思いられると一抹の不安感に思わず溜め息がこぼれた。
「…まあ良いや!ごめんな、変な事言って。長谷さんかわいいから、平介には勿体無いだろうに」 「…いえ、」
お終まいとばかりに手のひらで乾いた音を響かせ、大袈裟な仕草で踵を返す。このひとの言葉はひとつひとつが冗談なのか本気なのか判断し辛くて、正直困る。当事者はわたしでは無いのだから関係こそ無いけれど、表面的に変化と乏しい長谷は、どんな反応をして良いのか少なからず困惑しているだろうに。別れを告げ遠くへと離れていく手のひらを見つめて、長谷の言葉を待った。
夕日に投げた戯言 (不思議な人ね、なんて 似たり寄ったりだと思う訳です)
長谷さんかわいいよね
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