曝した弱音が罪ですか


アイツは俺の友人だ。其れ以下でも、其れ以上でも無い。それは例外無く、アイツにも共通の概念で有る筈で。だから俺は、お前にそんな顔をされる覚えは無いんだ。そんな目で、俺を見るな。お願いだから、頼むから。罪悪感で満たされた心に光が射す事は、無い。ただ覚束無い感情が霧散して居るだけで、それ以上の変化は齎されない。正しい、形なんだ。これが俺の望んだ結果なんだ。だって俺は、こうして笑って居る。きっとこれで良い。無駄な期待をせずに済んだんだ。今の関係が崩れて二度と話せなくなるなんて事態になってしまうなら、俺は友人で居る方が余程良い。





「絶花せんせー?」

「…忙しい。其処ら辺に座って置け」


珍しく仕事、所謂デスクワークでもして居るのかと思いきや、鼓膜を震わせたのは間違い無く機械音。其れも軽快なBGMと共に飛び込んだのは男性の声だった。向けられた背中をそうっと覗き込むと、手元にはゲーム機が有った。明らかな職務怠慢。ちらりと視線が寄せられるも直ぐに画面へ、余程夢中なのか外せない場面なのか。格好良い銀髪のお兄さんが剣を振り回し銃を撃ち周囲の骸骨らしき敵を倒していく。時折叫ばれる声は、全て英語の様だった。ボタンを叩く音がひっきり無しに、二人きりの部屋に響く。弁当を掴むと隣に椅子引いて、座った。今日は藤や美作の居る保健室には向かわず、今は誰も寄り付かない一室での昼食。いつもよりずっと静かなこの空間が何処無く寂しい気もして、確かに俺は選んだのだと言う事実が酷く胸に刺さった。後戻りなど出来ない。出来る筈が無いし、きっとする必要も無い。これでもう、また同じ様に学校生活を送れるのだから何ら不安も、そう、無い筈だ。一口かじったおにぎりを咀嚼しながら、目の前で延々と手を休める様子の無い先生を眺めた。比較的大きな犬歯に美人黒子と吊り上がった目、硬そうな黒髪。イケメンの部類には入るのだろう彼が人をあまり寄せ付けない理由は、性格に有るのだろう。けれど何だかんだと優しい所も有って、子供に好かれると言う噂も強ち嘘とは思えなかった。ごくりと飲み込んで口内を空にすると、また少し覗き込んだ。画面にはClearの文字とリザルトが表示されていて、totalA、と見える。相当やり込んで居るらしい事は一目瞭然。其処で一区切り付いたのか電源ボタンを引いてぷつり、と眺めた其れは真っ黒に染まった。


「もう良いんすか」

「飯食うんだろ」

「え、何処か行くのかよ?」

「購買」


未だに先生に対してタメ口と言うのは慣れないし、慣れるべきでも無い。尋ねた声色は躊躇に塗れていて、先生――療治はくつりと喉を鳴らした。緩んだ口元へ薄ら垣間見た笑みに、言葉が詰まる。まるで"そう言う人間"に向ける様な柔らかくて優しい、其れ。大きく瞠った双眸に映り込んで、振り払うように強く瞑ったけれど確かに焼き付いたのを、感じた。ああ、だから嫌なのに。深く静かに吐いた息に困惑を乗せて、意識を彼に戻す。忘れようとした感情が湧き上がるようで、ちらついた影には見ない振りをして。くい、と振れた指先に促されるままに後を追う。廊下は先程よりも賑やかで、ちらほらと生徒の姿も見えた。購買部は一階、保健室の側に有る。だからどう、と言う訳でも無い。そう、俺には何ら関係無い。ただ療治と昼飯を買いに行くだけであって、他意は全く一切、ひとつも無いのだ。一々煩い心臓だな、なんて強く握った制服に皺が付いた。
 隣を歩くと言うより後ろに着いて行く様な形で購買部へ向かう。其処は予想以上に人混みが酷くて、近寄り難い事この上無かった。ただ直ぐ近くにある保健室を避けるような円になっているものだから少し笑える。療治はまるで構う様子も無く人混みを掻き分けておにぎりやらパンやらを引っ掴むと、お茶を二つ同じ袋に詰めて戻って来た。生徒は自然と先生を避ける為か、混んでいる割に行動は早いもので。しかしお茶を二つ買うなんて余程喉が渇いているんだろうか。確かにカウンセリングをするには喋る訳だから、それなりに渇くだろうけれど。怪訝に見上げれば、袋から取り出されたペットボトルが押し付けられる。ぐいぐいとしつこいので受け取ると漸く力が抜かれたのが分かった。え、俺の?


「お前のに決まってんだろ」

「決まってるんですか」

「ああ決まってる」

「お得意の諦めろ?」

「馬鹿にしてんのか」


元々吊り上った目で睨まれて、口を塞ぐ。冗談混じりに紡がれていると理解しつつも少しだけ焦って謝罪を次いだ。幾らそう言う関係だからと言って、悪ふざけが過ぎるのはアウトらしい。確かに少し調子に乗り過ぎたかな、とは思った。怒らせたい訳じゃあ無いのだから、素直で居る方が良い。しかし奢ってくれるとは思わなかった、以前にそう言う事をする人だとは思っても見なかった。どうやら先生は、療治は俺の思う以上に優しい人間らしい。母親こそ至上と唱えるくらいなのだから思い遣りはあるのだろうと思う。いつか生徒が死に掛けただとかそんな噂を聞いたけれど、療治は其れを酷く悔やんだらしい。何だ、少し誤解していたのかも知れない。外見だけで判断するのはいけないな、人間を。ハデス先生然り。受け取ったボトルを両手で包んで冷たい感覚に息を漏らしつつ、何気無く向けた視線の、先。無意識とは恐ろしいもので、巡らせた其処には保健室が有った。はっとして息を飲んだ束の間、顔を覗かせた金髪と目線が交わったのはきっとアイツも分かった筈だ。別に疚しい事なんて無い。逸らす必要も無い視線を俺は、つい、と療治へ移した。反射的な行為だった。意図した訳でも無くてただ、逸らさなければ、と思ったのだ。オイ、とか何とか呼ぶ声が聞こえたけれど、腕を強く引かれ振り向く暇など有る筈も無く。階段を駆け上がり(療治は普通に上がっていたけど、)気付けばカウンセリング室の前に俺は立っていた。夏だとしても半端じゃ無い程の汗で手は湿っていて、渦巻く思考に視界を閉じた。
見たくなかった。会いたくなかった。
友達で居る為に選んだ筈なのに、友達で居る事すら辛くて堪らなくて。
望んだ様に上手くは行かないのは分かって居たけれど、ひとつも理解っては居なかったんだ。療治がどうして俺に選ばせたのか。どうして遠ざける様に此処まで引いて来たのか。直ぐに理解出来る程俺は大人でも無くて、かと言ってその優しさと過ちが分からない程子供でもなくて。気付いた時には取り戻せないのか、ほんの少し滲んだ視界に自嘲した。恋心なんて、潰れてしまえ。どうして、どうして俺は。





曝した弱音が罪ですか

(お前なんて好きになったんだろう)











いつまでシリアスなんだろうか。
安田が空気で済みません。




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