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「足立さん」

「急に改まってどうしたの」

「取り敢えず離して下さい」

「何で?」

「いやあの…痛いと言うか、恥ずかしいので」

「痛い関係無くない?」

「首傾げても駄目!離して下さい!」

「我が儘だなあ…はい、どうぞ」

「我が儘はどっちだ…!私、夕飯買って来るので」

「夕飯?」

「焼きそばです。お祭り行って来るんです」

「じゃ、僕も行こうかな」


さっき何故か告白されて(私も告白した事になるんだろうか)、今まで抱き締められていた。こんなの初めてでどう対応して良いのかも分からないからただ呆然としていただけだったけど、突然思い出してしまった。どうしてかと言えばまあ、お腹が減ったからだと思う。はっとして、それから交渉に至るまで数分。足立さんの腕の中と言うのは存外安心するもので、少し眠かったとか決してそんなんじゃない。あ、本当に違うからね!信じてよ!…とか、誰に言ってるのと突っ込まれる前に切り上げようか。ともかく私は祭りに行くぜ宣言をした訳だけど、足立さんがへらへらとした笑顔で同行を申し出た。大分面倒だけど奢って貰えるんじゃないだろうかと淡い期待を胸に同行を許可した。すると足立さんは有ろう事かさも当然のように私の手を握って歩き出したのだ。何するんですかと問い掛ければ恋人なんだし良いじゃないと返って来て、取り敢えず切り替え早い人だなと嘆息した。
ともあれ月森くそやろう(昇進したんだよ)に見付かるとまた厄介だけど、こっちはあいつの女癖の悪さを知っている。雪子たちも恐らくは餌食になっているだろうから、どうとでもなるし。仕方無く手は繋いだまま祭りの喧騒の中へと足を踏み入れた。


「いやー、田舎の祭りって言うのもなかなか凄いね。都会じゃ祭りって言うか…何か機械的だし…祭りだけは此処の方が好きかな」

「あー、そうですねえ。稲羽は空気も美味しいですし、祭りもそれらしくて良いですよね」


きょろきょろとせわしなく視線を巡らせる足立さんを見ながら言う。子供みたいな行動だけど彼は疲れたような顔で言うモンだから、同意する事しか出来なかった。もしかして、左遷の事を思い出してるんだろうか。それだったら私に言える事はまるで無いし(本人はショックだったんだろうなあ、)焼きそばの屋台を探す事に集中した。暫く歩いて神社に近付くと、漸く焼きそば屋を発見した。時間が経った所為か人はそこまで多くなくて、食べ物屋台の割りには並ばずとも購入出来そう。なので、一先ずぼんやり辺りを見回している足立さんを引っ張って屋台のおじさんに、どうやら奢ってくれる様子は無いので手早く焼きそばふたつ、と指でニを作ってそう注文した。はいよー、と元気な声が返って来てお金を出そうと財布に手を掛けると隣に立つ足立さんが不思議そうに首を傾げている。何か変なことを言ったんだろうか。不安に思って足立さんを見上げれば、ふたつ?と問い掛けが迎えた。ああ、そういう事か。足立さんは私の夕飯を買いに来たのに、何でふたつなのかと思ったらしい。


「あの、足立さんが良ければ…ご飯一緒に食べません?もう食べてきた、とかなら良いんですけど…明日のお昼にでも回しますし」

「え、いいの?…うーん、じゃあお言葉に甘えて。けど君、僕に奢るわけ?」

「え?あぁ…まあ、そのつもりでしたけど」

「普通に考えて彼女に奢らせる訳無いでしょ。ほら、財布は仕舞う」


財布に掛けた手を離され、財布はポケットに押し戻される。しかし足立さんの口から彼女なんて言葉が出てくるなんて凄く驚いた。とても驚いた。この人って一応人間らしい所有るんだなぁと感心。こんな事口が裂けようが言えないけど(言ったら流石に怒りそう)。と、言うか足立さんの事だから給料日近いからキツいとか今月はちょっと…とか渋ると思ったのに存外あっさりと言うか普通に出すんだなあ。流石、国家公務員(だよね)。でも田舎だからか何なのか、足立さんってそんなにお金持ってそうでは無いんだよね。もしかして私の勘違いなのかな…お金持ってたら一軒家に住んでそうだし。何で一軒家じゃないの知ってるかって、左遷されて突然此処に寄越されたらアパートに住む筈だってそんな安易な憶測。少しして渡されたビニール袋を足立さんは私が手を出す前に受け取って、前もって用意していた代金を払った。


「あとは欲しい物とか無い?」

「え、…はい大丈夫です。あの、」

「ん?」

「何処で食べましょう」

「…何処が良い?」

「足立さんの家とか?」

「えっ」

「え、」

「…危機感とかないの?」

「…えっ」

「…君さぁ…」

「はい」

「僕じゃ無かったら袋の鼠だよ?」

「はい…」

「…まあ僕はそんなことやらないし。おいで」


ふわりと笑って、足立さんは私の手を勝手に取った。うわ、ちょっと格好良くてムカつく。片手にはビニール袋を、片手は私の手を。尻ポケットには乱雑に詰め込まれた財布―――いくら入ってるのか気になるなんて事は、無い。断じて無い。全然ありません。(大事なことなのでry)。さわさわとビニールの擦れる音を聞きながら、祭りの喧騒から離れていく。徐々に暗く、静かになっていく道を、二人きりで歩いていく。何も喋らないけれど楽しそうな足立さんの横顔を盗み見て、一人で笑った。ああ、この人と恋人になっただなんて実感が無さ過ぎる。だって、絶対有り得ないと思っていたんだから。私を好きになるような人間が居るとは思い難かったし、と言うかそれ以前に足立さんは私を鬱陶しがっていると思っていたし。はあ、と零れた溜息にか足立さんが私を振り返った。


「あ、すみません」

「ん?…いや良いんだけどね、何かあった?」

「いえいえ!いや…あの」

「あ、話す?」

「あっはい。…いや、まだ実感湧かないなあって思って」

「僕と一緒に居るのが?」

「うん…」

「まだまだ時間が有るんだから、大丈夫だよ」

「…足立さん」

「なに?」

「…………キモイ」

「はあ?!ちょっと僕今凄い良いこと言ったでしょ!?」


いやだってなんかそのフォロー気持ち悪い。おかしい。誰?その優しさは足立さんじゃないと思う。いや偽物でしょ?だってそんなの…変だよ本当。マジで。何?何なの?ばかなのしぬnry。…まあ、取り敢えずこのまま怒り出されても困るからアレだ、フォローだ私。頭振り絞れ。いや絞る…?いいや、絞れ私。ううううん。うううううううううううん。あっ!


「ちょっと恥ずかしかったんです…嬉しいですよ」

「…そっか」

「はい」

「……きもちわる」

「ちょっとォオオオオ!」




なんだやっぱり変わらない
(ずっとこのままで居たいなあ、と思うんだ)







うわあ間空き過ぎですね。すみません。
多分あと二話くらいで完結しますよ!








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