玄関先からバタバタと聞こえてきた音に、リョウマは小さく溜め息を吐いた。
「りょーまっ!」
「…カエデ、もう少し静かに……」
「とりっくおあとりーと!」
そう言いながら近寄って来たカエデによって、リョウマの言葉は宙に舞う。
今日はハロウィンだ。日本ではそれほど浸透していないが、カエデは本場にも負けないような可愛らしい仮装をしている。
「それは魔女の格好かい?」
「そうだよ、アイルちゃんに選んでもらったの!……じゃなくて、お菓子頂戴っ!」
満面の笑みで菓子を強請(ねだ)るカエデを可愛らしいと思ったリョウマだったが、生憎彼女の欲しているモノは持ち合わせていない。
「すまないが何も用意していないんだ」
「……え、」
「まさか君が来るとは思っていなくてね」
それはカエデにとって計算外の言葉だった。リョウマの事だからきっとお菓子を用意している筈、彼女はそう踏んでここに来たのだ。
「…むぅ……リョウマが持ってないならレンの所に行ってくるっ!」
カエデは少し残念そうにしながらリョウマに背を向けると、手首を掴まれた。
「?」
「私はお菓子を渡せなかった、その場合悪戯するのが普通だろう?」
「…悪戯……、」
彼女にとって、ハロウィンとはお菓子を貰いに行く行事だと認識していた為、すぐには悪戯という悪戯が思い浮かばない。
「…じゃあ、目…瞑(つぶ)って?」
その言葉通り、リョウマは大人しく目蓋(まぶた)を下ろした。すると突如訪れた頬の柔らかい感触と聞こえてきたリップ音に、少し予想外だと言わんばかりの表情を浮かべながら目蓋を上げた。
「…これが、悪戯かい?」
「うん?…それじゃあ私はこれで……」
「全く…君は魔女と言うだけあって人の心を惑わすのが得意のようだね」
「へ?」
リョウマはカエデの腰に手を回して抱き寄せ、有無を言わさず唇を重ね合わせた。
カエデは抵抗しようとリョウマの胸板を押してみるが、びくともしない。逆にリョウマの加虐心を煽るだけで、より一層深い口付けへと変わっていく。
リョウマが唇を離す頃にはカエデの息は上がっており、その顔は真っ赤に染まっていた。
「なっ…何して……!?」
「私も男だ、その気にさせた君が悪い。少しは自覚したまえよ」
「…う…あっ、……アイルとレンに言い付けてやる……!」
そう言いながら慌ただしく部屋を飛び出して行ったカエデの姿に、リョウマは愉しげにクスリとほくそ笑んだ。
黒猫は微笑んだ
11/10/30:鵺
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