玄関に入った時点で甘い香りが鼻腔を擽(くすぐ)り、ユウは首を傾げた。

物心つく頃から遊びに来ている幼馴染みで彼女の家に上がる事に抵抗は無く、平然とリビングに入る。

テーブルには個別にラッピングされたクッキーが幾つも置いてあり、香りの正体に一人納得した。だが、肝心の幼馴染みがいない。階段を上がり、彼女の部屋へと赴(おもむ)く。



「カエデ?入るよ」

「…あ、ユウ!」



姿見の前に立っていたカエデが振り向いた。



「っ!…何でそんな格好してる訳……?」



ユウはカエデを指差しながら言った。

彼女はフリルの沢山付いた黒のワンピースと黒のマントに身を包み、鍔(つば)の大きな黒の帽子を被っており、ユウが驚くのも無理は無い。



「可愛いでしょ?魔女のコスプレ」

「確かにかっ…可愛い、けどさ……いきなりコスプレなんて……」



ユウは若干顔を赤らめ、視線を逸(そ)らしながら言った。だがカエデはそれに気が付いていないらしく、姿見で最終チェックをしながら答える。



「今日はハロウィンでしょ?それで、地区の子供会でイベントがあるからその手伝いに行くの」

「…ああ、だからクッキーが置いてあったんだ」

「私が腕に縒(よ)りを掛けて作ったんだー……っと、そろそろ時間だから行くね」



カエデがユウの傍を通り過ぎようとした時、ユウに手首を掴まれた。



「ユウ?」

「……本当にその格好で行くつもり?」

「?…うん。あ、どこか可笑しな所でも……」



突然ユウに腕を引かれ、そのまま抱き締められた為、彼女の言葉は途中で途切れた。



「……自覚、してないでしょ」

「何が?…と言うかユウが離してくれないと遅れちゃうんだけど……」

「…ああ、もう!僕はこの姿のカエデを誰にも見せたくないんだ!」



必死で本音を言ったユウに、カエデはクスクスと笑いだした。



「それって嫉妬?」

「ッ!…し、嫉妬なんかじゃっ……!」

「私はいつも嫉妬してるけど?」

「……え?」



カエデの言葉にユウは目を丸くしている。彼女の言葉の意味が理解出来ていないようだ。



「ユウはいっつもファンの子達に優しくして……それを見る度に嫉妬してるの」



自分だけが一方的に想っている訳じゃない事を知り、ユウの顔には安堵の表情が浮かぶ。



「ねえ、ユウ。どうせなら二人で手伝いに行かない?」

「二人で?」

「うん、衣装も余ってる筈だし。それに、自慢の彼氏ですって紹介出来るからねっ」

「っ……!」



満面の笑みを浮かべるカエデに釣られ、ユウも少し恥ずかしそうにしながら笑顔を見せた。





魔女に心を奪われた王子様






11/10/23:鵺



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