真っ暗な部屋の中にぽつりと浮かび上がる光。
ちらちらと瞬いては辺りをぼんやり照らすテレビ画面を、特に何も思うことなく眺めていた。
隣で食い入るように画面を見る文次郎を視界に入れると、その可愛らしさに意図せず頬が緩む。
安物のソファーに行儀よく腰掛けて画面の中を動き回るもの達をじっと見つめているが、形の良い三角の耳と長く艶やかな毛並みの尻尾が彼の心情を表すように忙しなく動いていた。
どうやら余程この映像が気に入ったらしい。
 食後の団らんにとテレビを着けたら偶然放送していたこの映画は、少し前に話題になった海を題材としたドキュメンタリー風の作品だ。
クジラが海から飛び出す瞬間や色鮮やかな魚の大群が優雅に水中を泳ぎ回る様子など、なかなかに貴重な映像を集めた話題作としてニュースで紹介されていたような気がする。
明確なストーリーがあるわけではないのでさして俺の興味を引くような映画ではなかったが、文次郎にとっては違うらしい。
先ほどから画面に釘付けになったまま、ソファーから落ちるのではないかという程身を乗り出して瞳を輝かせている。
やはり、猫というのは魚が好きなのだろうか。
終いには慣性に任せてソファーからずり落ちながら無機質なテレビ画面へと必死に手を伸ばす始末だ。
 俺はそんな文次郎を再びソファーへと引き上げてやりながら、穏やかな苦笑を浮かべて口を開く。

 「どうした、文次郎。これは本物じゃないぞ」

「あぁ、そうか…」

 俺の言葉で我に返ったらしい文次郎は照れたような仕草で大人しくソファーに戻ったものの、視線は画面に向けたまますぐにでも触れたくて仕方ないといった様子でうずうずと耳や尻尾を動かしている。
これではまたテレビ画面に飛び付かないとも限らないので引き上げる為に胴に回していた腕に力を込めて身体ごと文次郎を引寄せると、そのまま後ろから抱き込むような形で腕の中に収める。
今は人型をとっているのであまり抱き心地が良いとは言えないが、背中越しに伝わる体温は温かく聴こえる心音はとても心地良い。
文次郎も嫌ではないのか特に抵抗はしなかった。

 「ちょっと落ち着け」

「あぁ、すまん」

「いや…いいけど、やっぱ好きなのか魚」

「おう。本物じゃないってわかってても動いているのを見るとつい、な」

 後ろから抱き締めながらあやすような仕草で頭を撫でてやると、文次郎は漸く落ち着いたのか心地良さげに目を細めて此方を見る。
ふとテレビ画面に視線をやれば映画はいつの間にか終っていて、英字で綴られた長いエンドロールが流れていた。
リモコンの電源ボタンを押してテレビを消すと、俺は後ろから抱えた文次郎の向きを変えて正面から抱き締め直す。
肩口に顔を埋める形になった文次郎は苦しげに呻いてどうにか顔を上げると、俺の肩に顎を乗せて息を吐いた。

 「っ…、いきなり何すんだ」

「はは、悪い。」


 彼の不機嫌を表すように少し膨らんだ尻尾を宥めるように撫でてやると、少しは機嫌が直ったのか尻尾を俺の腕に絡めてくる。
滑らかな肌触りが少しくすぐったくも心地良い。
そのまま撫で続ければ、頭の三角耳が眠たげな様子で緩やかに揺れる。
時間としては月が昇ってからまだそれほど経っておらず目覚めてから数時間ほどしか経過していないのだが、普段から眠りの浅い文次郎には少しばかり睡眠が足りなかったようだ。
少しずつ落ちてゆく目蓋を必死に持ち上げようとしているが、その大きな瞳が完全に閉ざされるまでそう時間は掛からないだろう。


 「なぁ、文次郎」

「ん…」

「魚、見せてやろうか」

「にゃ……?」

「流石に触るのは無理だけど、あの映画みたいに本物の魚がいっぱい泳いでるとこ連れてってやるよ」


 尻尾が絡んでいない方の手で頭を抱き込むようにして耳を撫でながらふと思い付いたことを口にすると文次郎は眠たげな瞳を瞬かせて俺を見つめ、暫くして言葉の意味に気づいたのかとても嬉しそうな表情でこくりと一つ頷いた。
目蓋はすぐに閉ざされてしまったが、柔らかな毛並みの耳はひょこひょこと嬉しげに動いている。
尻尾は相変わらず俺の腕に巻ついたまま先端の方だけが期待と喜びを表すようにゆらゆらと小さく揺れていた。


 「文次郎、眠いのか?」

「………」

「おやすみ」

「……にゃー」


 とうとう気力の限界を迎えたらしく小さな鳴き声を残してそのまま眠ってしまった文次郎の頭を膝に乗せて、顔を覗き込む。
その無垢な寝顔に思わず頬が緩むのを感じながら穏やかな仕草で頭を撫でてやると、良い夢でも見ているのか文次郎の口元が僅かに緩んだ。
もしかしたら先ほどの映画のような海の中の世界で魚を追いかける夢でも見ているのかもしれない。


 「確か、隣街に水族館あったよな」


 俺は眠っている文次郎を起こさないよう抑えた声でぽつりと呟くと、脳内の引き出しから近くにある水族館の情報を引っ張り出す。
このマンションから一番近い位置にあるその水族館は規模こそ大きくないものの飼育されている魚や生き物の種類が充実しており、文次郎が惹かれている色鮮やかな海の魚なども様々な種類を見ることができる。
その上、この施設は水族館の部分だけなら深夜遅くまで営業しているので昼間は外に出ることの出来ない俺でも文次郎を連れて行くことが可能だ。
館内は暗いし夜中ならあまり人間も多くないので、服などで上手く隠せば人型の文次郎でもバレることはないだろう。
 一応念の為にフード付きで尻尾を隠せる長さの上着でも用意しておこうかと考えながら携帯電話を操作して水族館の開館日を調べると、残念ながら明日は定休日だった。
それならば明日の内に準備を済ませて明後日には出掛けられるようにしようと決めて、一つ欠伸を零す。
どうやら俺にも睡眠が足りていないらしい。
 本来なら今から今日中に溜まった仕事を片付けて明日は文次郎(猫の姿)を連れて水族館デートに必要なものを揃えに出掛けるつもりだったのだが、仕方がない。
この状態では仕事が捗らないことは明確である。
とりあえず一眠りしてから仕事を片付けることにして、俺は文次郎を抱えたまま目を閉じる。
抱き締めた身体から伝わってくる少し高めの体温に心地良さを感じつつ、意識を手離した。




end.



―――――――

“意識”のイコさんへ相互御礼に捧げます。

イコさん、大っ変お待たせしてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m
連載の吸血鬼×化け猫パロの続編か番外編とのことだったので、続編への伏線のような形で番外編を書かせて頂きました。
これを受けて第5話は水族館デートの話になる予定です。

こんなもので宜しければ受け取ってやって下さいませ!
「ちょ、お前っ…話が違ェっ!!」という苦情や書き直しも承りますので、何かあったら気軽に仰って下さい^^

イコさん、本当に相互ありがとうございました。
これからも雪壬と愚者の功名を宜しくお願いします!

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