現パロで芸能人×一般人
甘いけどちょっと暗め




 「なぁ、悪かったって。機嫌直せよ」

「………」

「なぁ、文次郎」


 巷でも有名な高級住宅街の一等地に聳え立つ、高層マンションの最上階。
フロアをまるごと使い切って造られただだっ広い部屋のだだっ広いリビングで、俺は留三郎に後ろから抱き締められていた。
明らかに値の張るものだとわかる手触りの黒いソファーに腰掛けた奴の膝に腰掛けた状態で後ろから腕を回されている。
俺の肩に顎を乗せるようにして耳許で囁かれる耳によく馴染んだ甘い声を、だけど今は聴きたくなくて顔を背けて目を伏せた。
それにより視界の端に映っていた奴の姿が消える。
代わりに気休め染みた心地の良い暗闇が瞼の裏に広がった。


 わかっているのだ、本当は。
留三郎は芸能人であり、俺のような何処にでもいる一般人とは住む世界が違う。
本来なら俺なんかとは関わることも無いような別世界の人間だ。
 だが、それでも俺達は出逢ってしまった。
出逢って、恋をして、一緒に笑って。
そうして奴は様々なリスクを覚悟で俺を選んでくれた。
だから奴の心変りを疑うつもりも無いし、今更奴の傍を離れるつもりも無い。
――だが、しかし。
だからと言って全く不安にならないわけではないのだ。

 やっと連休が取れたと酷く嬉しそうな笑顔で帰って来た留三郎を出迎えて、久々に二人で囲んだ食卓の最中。
何となく着けていたテレビから聞こえてきた聞き慣れた声に、画面へ目を向けた。
そこに写し出されていた、留三郎が出演した恋愛ドラマのワンシーン。
仲睦まじげに笑い合う留三郎と知らない女の姿に、血の気が引いた。
恋人が芸能人の癖にそういった業界に疎い俺は、その女優らしき女が誰なのか全くわからない。
きっと人気のある女優かアイドルなのだろうけれど、俺には知らない女も同然だった。
 奴は俺と居る時に良く見せるような柔らかな笑顔をその女に向けて、俺の大好きなあの甘い声で愛の言葉を囁いている。
その表情が、俺といる時の奴と全く同じものだったから。
俺は我慢出来ずにテレビを消して席を立ち、リビングへ逃げ込んだ。
そうして後を追い掛けてきた奴に捕まり、今に至るというわけである。


 あれはただの芝居で仕事だということは、ちゃんとわかっている。
留三郎が本当に俺のことを想ってくれているのも、こういった仕事をする度に俺に対して罪悪感を抱えていることも。
だから、本当は俺が笑って赦してやらなきゃいけないのに。
どうしても、それが出来なかった。
 不安になったのだ。
画面の中で笑い合う彼等は本当に幸せそうなお似合いの二人で。
本当は俺なんかと一緒に居るよりこの女優みたいに華やかで細やかな女と一緒に居る方が、留三郎にとっては幸せなんじゃないか。
そんな考えが思考を埋め尽くしてしまいそうになる。


 「馬鹿言うな」

「え…?」

「俺がお前以外の奴と一緒に居て、幸せになれるわけないだろ」


 先程までの甘やかな声とは違う、深く沈んだ重い声。
どろりと溶けだしそうなそれに驚いて目を開ければ、闇を煮詰めたような昏い瞳と目が合った。
腰に回っていた腕に、痛い程の力が込められる。
どうやら口に出してしまっていたらしい俺の言葉を聞いた途端明らかに変貌した留三郎の様子に、俺は戸惑った。
もしかすると俺は、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。


 「なぁ、文次郎」

「………」

「俺は許さないぞ。お前以外なんて要らない。お前はずっと俺のモンだ。」

 絶対離さねぇ、と呟いて骨が軋む程に俺を抱き締める。
その痛みは相当なものだったがそれよりも胸の奥から湧き上がる感情を抑えるのに手一杯だった俺は、そんなことは全く気にならなかった。


 留三郎が、俺を手離ないと言った。
俺以外は要らないと言ってくれた。
そのたった一言が、何よりも俺の安堵を掻き立てる。
しつこく胸に蔓延っていた不安が、昏い喜びに滲んで溶けていく。
留三郎から滲み出す行き過ぎた危うい独占欲が、何とも言えない心地良さで俺の心を満たしていった。


 「…留三郎」

「何だ…?」

「離したら、殺すぞ」


 ぽつりと呟やくように奴の名を呼べば、やはり昏い声で返事が返ってくる。
先程の奴の言葉が真実であることを確めるように執着心に塗れた言葉を吐き出すと、まるでチョコレートのようなどろりとした甘い声が出た。
本当に己の声かと疑いたくなるような甘さである。


 「離さねーよ。お前が何と言おうが、一生離してやらねぇ」

「…ならいい」


 俺の言葉に満足したのか、奴の声がもとの甘いものに戻る。
腰に回された腕の力が、少しだけ緩まった。
再び俺の肩に顎を乗せた留三郎が、耳許で甘ったるい声を出す。
今度は俺も顔を背けるようなことはせず、しっかりと奴の言葉を受け止めた。


 「文次郎、愛してる」

「………俺も」


 聞こえるか否かというくらいの酷く小さな声で返事をするが、奴にはしっかり聞こえたらしい。
何とも幸福そうな笑みと共に唇付けが降ってきた。
軽く触れるだけのそれが齎す熱の甘さに目眩がして、言い知れぬ幸福感に酔いしれる。
腰に回されていた腕を一度外してくるりと向きを変え座り直せば、またすぐに腕が戻ってきて抱き締められる。
抱き締め返すように己の腕を奴の背に回すと留三郎の温もりがじんわりと伝わってきて、俺は込み上がる安堵に身を任せて瞳を閉ざした。



end.



―――――――

芸能人な食満と一般人な潮江。
またの名を独占欲の塊な食満と執着心の強い潮江。

食満は潮江がネガティブで依存心が強いのを知ってるからあまり恋愛系の仕事は承けたくない。
自分としても嫌。
どうしようもない時は承けるけど、キスシーン等の過度なスキンシップは全力で拒否。
だからスタッフや共演者の間で溺愛している恋人が居ると噂になってる。
本人も否定はしない。
でも人当たりがいいからバラエティーやゴシップ誌で深く触れられることはない。
今回はゴールデン放送のドラマの為どうしても断れなかったそうです。
でもキスシーンはありません。


ネタとして書くつもりが長くなったのでこっちに。
普段はとち狂ったほのぼのばかり書いてますがどろっとしたのも好きです。
要するに甘けりゃ何でもいい。




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