現パロ




 何処までも突き抜けるように青い空と、そこに浮かぶ白い雲。
今こそ全てとばかりに響く蝉時雨の隙間から微かに聴こえる風鈴の音色だけが、僅かばかりの涼しさを俺達へと運んでいた。

 夏である。

 突き刺さるような灼熱の陽射しが屋根からつき出した縁側に容赦なく降注ぎ、そこへ並んで寝転ぶ俺達へと否応なしに熱を伝える。
縁側から伝わった熱と照り付ける日光から直接齎された熱に二重の暑さを感じながら、けれど俺達は決して家の中へ戻ろうとはしなかった。
 理由は一つ。
中の方が暑いからに他ならない。
典型的な平屋の古い日本家屋であるこの家は、立地上どうしようもなく風通しが悪くなっている。
例え直射日光を真正面から浴びることになろうとも、ほんの僅かにしろ風が吹き抜ける縁側の方が幾らかマシなのである。
 昨年までは彼方此方が錆び付いてがらくた寸前のような状態になった古びた扇風機が頑張ってくれていたのだが、流石に動かなくなったので今年からは御役御免となった。
新しい扇風機を買いに行かなくてはならないのだが、電気屋のセールは明日からなので今日一日は我慢しなくてはならない。
だというのにラジオから流れる天気予報によれば今日が今季一番の夏日だというのだから全くもって運が悪い。
あの不運な友人に不運のお裾分けでもされたのだろうか。

 「…暑い」

「あぁ…暑いな」

 根拠は無いものの何故か妙に信憑性の高い考えに半ば本気で友人を疑っていると、隣から絞り出したような弱々しい声が聞こえてそちらに目を遣る。
動かした視線の先には俺と同じような格好でぼんやりと空を眺める恋人の姿があった。
 因みにこれは余談だが、俺も恋人も性別は揃って男である。
そのことについて恥じるつもりも、弁解するつもりもない。
至って当然の事実だ。
 おっと、話が逸れた。
俺の隣に佇む件の恋人は返ってきた俺の言葉に反応するでもなく、ただ空を眺めながら『かき氷が食いたい』とぼんやり口にする。
独り言のようであってそうでないその言葉は、俺への遠回しな催促と考えて間違いないだろう。
その証拠に、奴へと向けた視線がちらちらと何度か小さく噛み合った。

 「…シロップは」

「霙か宇治金時」「わかった、じゃあ霙な」

「おう」

 強請るようなその視線に堪え兼ねて気怠い身体を起こした俺がゆっくりと立ち上がって問いを投げると、先程よりも幾分かはきはきとした声が返ってくる。
その現金な様子に苦笑しつつ、奴とお揃いで買った色違いの甚平の袖を翻して中へと向かう。
その際に少し生温くはあれど確かに空気が流れるのを感じて、やはり夏に着る物としては風通しの良い甚平が一番であると思った。

 開け放した障子の向こうにある畳敷きの今を通り抜けて板張りの台所へと向かうと、隠った熱が身体に纏わりついてきて少しばかり不快を感じさせる。
やはり此処よりは縁側の方がマシだという俺の考えは間違っていなかったと思いながら食器棚に手を掛けると、上から二番目の棚から涼しげな硝子の器を二つ取り出す。
其を一旦適当な場所に置いてからシンク下の棚から金属製の古ぼけたかき氷機(一昨年の夏に中古で安く手に入れたもの)ゆ引っ張り出すと、ずしりと重いそれを台の上に乗せて濡らした布巾で軽く汚れを拭う。
毎年きちんと掃除をしているからか、あまり汚れてはいない。
埃を粗方取ったところで、軽く水洗いした器を機械の下に置いた。 そして冷蔵庫の上の段(冷凍庫になっている部分)から製氷皿を取りだし、作っておいた氷を機械の上部分に入れる。
いっぱいまで押し込むと、蓋をしてハンドルを回した。
氷の硬さに比例して重くなっているハンドルを力任せに動かして氷を砕くと、粉雪のように柔らかできめの細かい氷が下の器に積っていく。
その涼しげな様子に少しばかり癒されながら二つの器にかき氷を分けて乗せると、冷凍庫の下の段からシロップの瓶を取り出して霙と書かれたラベルの貼られたそれを片方の氷に掛ける。
もう片方にはオーソドックスにイチゴと書かれた瓶のシロップを掛けてから二本の瓶を冷蔵庫へと戻し、出来上がったかき氷の器に銀色のスプーンを添えて盆に乗せた。
かき氷機は後で奴に片付けさせれば良いだろうとそのままにして、台所を後にする。


 「ほら、出来たぞ」

「あぁ、御苦労」


 俺がかき氷の乗った盆を携えて姿を現すと、既に上体を起こして傍にあった団扇で涼を取っていた奴が振り返って此方を見る。
その手にある団扇は其処らで貰えるような安っぽいものではなく竹の柄に薄闇の地に蛍の絵が描かれた布を貼った古い造りのもので、更に言うなら俺の手作りだ。
生まれつき手先の器用な俺は、こういったものを作るのが結構好きだったりする。
この団扇の他にも、この家には俺が趣味で作ったものが少なからず存在していた。


 「おい、溶ける前に早く寄越せ」

「…全く。ほらよ」

「うむ、すまんな」

「別にいいけど、片付けはお前がやれよ」

「あぁ、わかった」

 奴の声に反応して団扇に目を遣ったまま思考の海に沈んでいた意識を引き上げると、ふてぶてしい態度で催促する奴に溜息を吐きつつ霙の掛かったかき氷の器を手渡してやる。
それを満足げな様子で受け取った奴は片付けを任せるという俺の言葉にも素直に頷いて添えられたスプーンで細かな氷を一口分掬い、それを口許へ運ぶ。
 盆を脇に置いて再び隣に腰を降ろした俺も、奴に倣ってかき氷を口に入れた。
キン、とした冷たさと人工的な甘さが口の中で広がって、少しばかり体感温度が下がったような気がする。
奴へと視線を向ければ、特に何を見ているという風でもなくただ外の景色を眺めながらかき氷を咀嚼していた。
俺も外の方へと視線を動かせば遠くの山に入道雲が掛かっているのが見えて、夏を実感する。
 外から聴こえる蝉の声と風鈴の音、そして間近で響く氷の崩れる微かな音と食器がぶつかり合う澄んだ音以外には何も聴こえない静かな昼下りに、俺達はほんの一時だけ暑さを忘れた。



end.



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