「だんなぁ、ごはん〜」


ふざけんな。
思わず喉まで出かかった言葉を飲み込み、隣でだらしなく口元を緩める男を睨みつける。
半分夢の中にいる男は私の腰に腕を回し、にへへと笑いながら「だんなぁだんなぁ」と(気持ち悪いことこの上ないが)甘えたような声を出しながら擦り寄り、「ごはん〜」と舌っ足らずな口調で強請る。
昨晩好き勝手に色々とやらかしてくれた癖に何を言ってやがる、そう思いながら頬をつねってやると、もごもごと訳のわからない言葉を発して寝がえりを打つ。
極道なんて商売をしている癖に緩みきったその表情に、これ以上悪態を吐く気がなくなった。

だんなぁ、と呼ぶ声を無視し、痛む腰をさすりながらベッドから降りる。
ツキリと一瞬走る鋭い痛みに忌々しさを覚えながら、あまり使ったことのないキッチンへと向かう。


(俺も甘いな…)


嫌だ嫌だと思いながら、結局は彼が望む行動をとってしまう。
こういうときに絆されている自分を自覚して心底嫌になる。


(そういえば、冷蔵庫の中なんて水ぐらいしか入ってないんじゃないか)


普段自炊というものを滅多にしない自宅の冷蔵庫の中には、水と少量のサプリメントしか入っていないはずだ。何もなかった場合はさっさと彼を起こしてコンビニにでも行かせよう。
そう頭の中で結論付けて冷蔵庫を開けると、予想に反して中には卵や野菜など数種類の食品が入っていた。


「……」


いつ買ったのだろうか…

背後で間延びした声が聞こえる。
ああ確かちゃんと食事を取れだとか抜かして未だに背後で惰眠を貪っているクソ野郎…失礼、赤林さんが勝手に買ってきて勝手に人のウチの冷蔵庫に入れていったのだった。


「これでいいか…」


目玉焼きとサラダでも出しておけばいいだろうと、卵を手に取り器具を用意する。いつもは彼しか使わないフライパンに油を引き、少し温めた後に卵を落とす。白身が透明から白に変わる頃合いを見計らい水を入れて蓋をする。確か彼は半熟が好きだったなと思い、早めに火を消して目玉焼きを皿へと移す。サラダはレタスの千切りがいいと言っていたので、包丁とまな板を取り出す。
三分の一ほど切ったところで、ふと包丁を握る手が止まった。


(…何やってんだ)


無意識のうちに、彼の好みのものを作ろうとしていた。
というよりも、彼の好みなんて大昔に聞いた程度のものを未だに覚えていたのかと、そんなことが頭を過り、頬に熱が集まるのを感じる。
好きでもない人間の好みのものなんて、作る必要がないし、覚えている必要もない。
自分がそんな性格ではないことは自分が一番良く知っている。


(これじゃあまるで、私が彼のことを…)


「はぁ……あ?」


認めたくないことを自覚しかけ溜息を吐いたのとほぼ同時に、肩と腹の辺りに違和感を感じた。
見ると肩には赤林さんの頭が、腹には彼の両腕がしっかりと回っていた。どうやらいつの間にか起きていたようだ。


「はあ〜」


さっきの自分のものとは全く違う、幸せそうな溜息が聞こえる。
赤い髪が首筋に当たってくすぐったい。


「おいちゃんは幸せモンだなぁ」
「何がですか」
「だってぇ、起きたらだぁい好きな人が朝食作ってくれてるなんてさぁ」


幸せだよ〜、と言いながら腕の力を強め、力強く抱きしめてくる。
頬ずりしてくる頭の上に犬耳が見えるのは気のせいだろうか…


「四木さ〜ん、大好きだよぉ」


とりあえず本当に幸せそうに笑っているその顔に完全に毒気を抜かれ、ごちゃごちゃと考えていたことが、なんだかどうでもよくなってしまった。


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