TRPG | ナノ

PM4:00の煩雑な配慮



 N市支部にいけ、と上層部から言われたとき、それは体のいい厄介払いなのかもしれないと思った。支援しかできなくて、攻撃も出来ない。情報整理もそこまで出来ないし、いわゆる衝動に関連した新しいエフェクトなんてもんを取得している女。厄介払い、だろうと思った。どうやらN市支部の支部長はレネゲイドビーイングで、ちょっと抜けている人だというのを聞いた。あるチルドレンがその支部にいたのだが、それがどうやらFHの軍門に下ったらしい。それであたしに回ってきた、というわけだ。本部の仕事は好きなわけではなくて、別に、向いていないのではないだろうかと思っていたときだった。
 N市支部に向かいながらあたしはぼんやりと考える。こんな力がなかったら、あたしは親と上手く暮らせていたのだろうかとかそんなことばかりを考えるのは、本部でも厄介者として扱われていた可能性に気付いてしまったからなのかもしれない。親に何か言われても、あたしは別にどうでもいいんだけど、それよりもずっと厄介払いされた先の支部長が可哀想だなあと。前任のチルドレンは随分と優秀だったらしい。そんなのの後任があたしでいいのだろうか、なんて。あたしにそんなものが務まるとも思えなかったし、どうやら前の賢崎とかいうやつは攻撃を得意としていたらしい。
 手をぐ、っぱ、と開いては閉じを繰り返す。あたしの能力は、次の支部では有用なのだろうか。たらいまわしにされたら嫌だなあ、と。
 衝動に身を任せるのは少し怖い。それでも、あたしの力の大半はそれに依存している。現実を書き換えることにほど近い能力はしかし、それでも、誰かを幸せにする現実の改変は出来ないような気がした。そこまで大きな力を手に入れるためにはきっと、と、電車の窓を流れる景色を見ながらため息をつく。人を信じたいくせに疑ってしまうのは悪い癖なのだ、きっと。
 本部にいっている間は一人暮らしをしていて、久しぶりに実家に帰る。荷物は少なくて、小さなバッグに収まってしまう程度だった。
 それを持って駅に降り立って、そして小さくため息をもうひとつ、吐き出す。煙草が吸いたい、と思ったときに携帯電話が小さく震えた。見覚えのない電話番号は、きっと新しい支部の支部長のものなのだろう。
「はい、狐爪です」
『本部から応援に来られる方、であってますよね。N市支部長の四ツ谷です』
「はあ、ご丁寧にどうも」
『来てそうそうで悪いのですが、ジャームが出現していて少し困っているので…繁華街まで来ていただけますか?』
「了解しました、今向かいます」
 レネゲイドビーイングと聞いて、少しだけ警戒してはいたけれど、電話の無効から聞こえた声は落ち着いたトーンの、普通の男性の声だった。確か、首無しライダーだったような気がする。首無しとはいっても首はあるのだろう。声は、出ているのだから。あまりレネゲイドビーイングにはあったことがないけれど、それでも、あの落ち着いた柔らかい声からは変な人だということは感じられなかった。
 言われた通り、ワーディングの気配は繁華街の方から感じた。そこに走っていけば、ワーディングが展開されているところには一般人が転がってて、非戦闘員らしいUGNエージェントたちが避難誘導をしている。それを見ながらそっと息を整えて、近くにいるエージェントにかばんを投げつけた。
「四ツ谷支部長に言われてきたものだ。今日からN市所属になる。入らせてもらうよ」
 そのまま走っていって、そこで。
 そこであたしは、バイクに乗って疾走する、ひとりの男を見た。
 隆起した地面。衝撃波のように広がったその、地面の牙がジャームの体を貫く。苦しそうな声を上げて倒れるジャームの姿は、溶けるように空気の中に消えていった。その光景はあまりにも芸術的で、圧倒的な力があった。同じオルクスの能力者なのだろうか、なんてぼんやりと考えながらもあたしはそっと相手の挙動を観察する。ただのジャームなら、応援を呼ぶ必要もないだろう。
「支部長、右です!」
 その声に、バイクに乗った影が小さく頷いたような気がした。あたしの指揮にぴったりと彼はついてくる。時には彼が動きやすいように領域を調整し、あたしに来るはずだった力を分ける。何体ものジャームの軍勢は、すぐにその動きを止めた。
 バイクに乗った男が、バイクを止めてエンジンを切る。地面は酷い有様だけど、どうにかなるのだろう、きっと、と無責任なことを考えながら彼のもとに駆け寄る。彼は少しも疲れた様子を見せず、そっとあたしに笑いかけた。
「こんにちは、コヅメさん。話には聞いていますよ」
「えっと、……よろしく、お願いします?」
「ええ、よろしくお願いします。貴女のことを待ってました。助かりましたよ」
 助かった、という言葉に首をかしげる。彼が少し、おかしそうに笑った。
「的確な指示でしたよ」
「ん?ああ…お役に立てて何よりです」
 バイクから降りた男は笑っている。それは、レネゲイドビーイングとか、首無し騎士とかそんな大層なものではなくてただの温厚な男に見えた。しかし、先ほどの攻撃力やあたしの指示についてくるほどの判断能力。それは本当に、支部長の器にふさわしいものなのだろう。
 それと同時に、その笑顔の少しだけの寂しさが気になった。
「さて、これから一緒に頑張りましょうね、コヅメさん」
「はい、よろしくお願いします」
 ふにゃりと笑えば、支部長もへにゃりと笑いながら手を差し出してきた。その手はやはり普通の人間と同じようなしっとりとした柔らかさをしていて、なぜだか少しだけ、落ち着いた。きっとここでは厄介払いはされないだろう。きっと、もしかしたら、長居できるかもしれない。そんなことを、考えた。
 そんな人が、最初の印象とは違って、意外と抜けてて変な人で、人間とはずれてるけど妙な愛嬌があるやつだと気付くのは、また少しだけ、後の話だった。

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