「ちょ、ちょっと牙!家に鍵かけてない!」
気にするのはそこなのかと思わずツッコミそうになったが、気にせず俺は歩く。
しかし、運が悪いことにそこで帰ってきた珀と奏にばったりと鉢合わせてしまった。
彼女に気付かれないように、チッと一つ舌打ちをするとここは絶対に譲らまいと彼女を背に隠した。
「…牙」
「おかえり、珀、奏」
一段と低くなった珀の声を気にすることなくおかえりと言う俺に、眉根を寄せるシスイのパートナー。
横で奏も不思議そうに俺を見ていた。
「え、牙どうしたの?どっか行くの?」
奏の気の抜けた声を聞きながら、俺は一つ頷いて、未だ俺を睨みつけている珀を見据えた。
険悪な雰囲気に背中のシスイも少しだけ不安そうだ。
大丈夫、そんな顔をしなくてもいい。
というように俺はシスイの頭を撫でた。
「シスイ様をどちらに連れて行くつもりですか」
「それは言わなくてはいけないことか」
「勿論です。いくら牙といえど、シスイ様を無断で連れ出すことには反対です」
「お前だけのシスイじゃないだろう」
珍しく負けじと言い返している俺は相当彼女に溺れているんだろうと考えながら、一瞬で原型に戻る。
同時くらいだろうか、珀もアブソルの姿へと変わっていた。
両者睨み合い、動こうとはしない。
そんな様子にシスイも奏も心配そうに見つめていた。
「ちょ、ちょっと珀、牙、やめときなって。ここ家の前だよ」
「そ、そうよ…牙、家に帰りましょう?」
ここは譲れないんだ、シスイ。
俺は尾でシスイを包み込むと、ポンと自分の背中に乗せた。
こういう時長い尾は便利だ。
「きゃっ…!」
『しっかり掴まっておけよ』
珀のかまいたちが放たれる前に俺は急上昇する。
シスイの気配があるから、彼女はきっとちゃんと掴まっているだろう。
悔しそうに歯を噛み締める珀の姿が目に入ったが、気にせず俺はそのまま上昇を続けた。
シスイ、すまない。
今日だけ、お前の時間を俺にくれないか。
「き、牙!どこに行くの?それにどうしたの?様子が変よ」
『俺はどこも変わりない。…お前を独り占めしたくなっただけだ』
「独り占めって…!」
そう。
お前はそうやって恥ずかしそうに頬を染めて俺を見ていればいい。
あの綺麗な歌声で俺を満たしてくれればいい。
『お前も喜ぶところだから、安心しろ』
「う、うん…」
緩む頬を抑えきれずに、俺は満ち足りた表情で目的地へと向かうのだった。
* * *
「は、珀…」
『なんです、奏』
鬼のような形相に思わず後ずさりする奏。
珀は人の姿に戻ると、落ちてしまっていた荷物を持ちイライラを隠しきれない様子で家へと入っていった。
「ほんと、シスイが絡むと人が変わったようになるんだから…」
きっと、牙達が帰ってきたらひと悶着あるんだろうなあと奏はしみじみ思った。
「それは困るよ珀ー…」
奏はどう彼等を止めようかとそればかり考えながら、珀の後を追うように家に入っていく。
一陣の風が家の前を吹いていった。
(終)
珍しく感情的な牙でした。
普段家族は仲良しですよ、ご安心ください。笑
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