独占





朝のキッチンに綺麗な歌声が響いていた。


* * *



俺が朝起きて、リビングに入ると珍しく誰もいなかった。
いつもの場所にあるエコバッグがないことから、珀は買い物に行ったようだった。
ついでに奏の気配もしないから、恐らく珀と一緒に行ったのだろう。


あの二人で行くと、買い物が安く済むから今日も大荷物になりそうだ、などと考えながら俺はソファに座った。



すると、キッチンの方から綺麗な歌声が聞こえてくる。
俺はふっと笑い、静かに立ち上がった。



キッチンに向かうと、案の定そこには愛しい我が主の姿。
珍しく鼻歌ではなく、ちゃんと言葉を紡ぎ出しながら歌う姿にしばし見惚れた。



「!き、牙…!」



夢中で気付かなかったのだろう。
俺の姿を捉えた瞬間、恥ずかしそうに俯いた。

その姿があまりにも可愛くて、小さく笑うと彼女に近寄った。



「おはよう、シスイ」
「お、おはよ、牙」



手を伸ばし彼女の頭を撫でて、手元を覗いた。
どうやらオレンジを切っていたらしい。
さっぱりとした香りがキッチンを包んでいた。



「いい香りだな」
「そ、そうだね」




まだ恥ずかしそうに目を泳がせながら言うシスイ。
その様子にクスクスと笑いながら、俺は彼女に頼んだ。



「もう一回歌ってくれないか」
「…え?」
「綺麗だった」



鈍感な彼女には遠回しな言い方はわかってもらえない。
なら、率直に言うべきだと長年の経験からわかっている。

なので、俺は素直に綺麗だから、もう一回歌ってほしいとお願いをする。
俺のお願いにしばし考え込んだ後、また恥ずかしそうに俺を見た。



「こ、これが出来上がるまでよ?」
「ああ、わかった。ありがとう」



俺はいつものようにコーヒーを淹れ、食卓のイスに座った。
そしてほっと一息つく。
今日もコーヒーがうまい。


そして徐々に聞こえてくる柔らかな旋律。
鈴を転がしたような綺麗な声。
俺の耳に心地よく入ってくる。


好きなコーヒーを啜りながら、好きな歌声を聞けるなんて贅沢な時間だと思いながら、キッチンにいるシスイをちらと見た。


ぱちりと合う視線。
てっきり恥ずかしがるかと思っていたのだが、彼女はにこりと笑った。
それからまた歌いだす。


柄にもなくどくんと跳ね上がる心臓に俺は戸惑った。
不意打ちだ。狡い。
ほんのりと熱を持ってきた顔を隠すように、俺は窓の外を見る。



スバメが通っていったのを何とはなしに見ながら、落ち着けと念じてまたキッチンに視線をやった。
丁度出来上がったようで、歌は終わっていた。
シスイはそれを冷蔵庫に入れて、俺の向かい側に腰を下ろした。



「恥ずかしかったか」
「え?ま、まぁ…少し、ね」



苦笑したシスイを見ながら、俺はまたコーヒーを一口飲んだ。
マグカップを置くと、俺は立ち上がってシスイの腕を掴んだ。



「え、え!?どうしたの、牙!」
「行くぞ」
「行くぞって…どこに…」



さっきの笑顔を思い出したら、無性に彼女を独り占めしたくなった。
珀達に見つからないように俺はシスイを引っ張り家を出ていく。









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