束の間の休息
ワカバタウンから帰宅した次の日。
シスイは久しぶりに部屋から出て、リビングで過ごすことにした。
珀が食事の準備をしているのを見るのも久しぶりだ。
相変わらず手際が良いなと呟き、出されたココアを啜った。
タマゴは今、ウツギ博士の元にある。
もっと詳しく調べるには、付け焼刃の知識より長年研究してきた彼に任せるのがいいというシスイの判断。
皆にその旨を話すと、異論はないと賛成してくれたので。
シスイはそのままタマゴをウツギ博士に預けることにしたのだ。
庭に視線を移す。
前みたいに海輝と雷が遊んでいる。
最近は雷が遊んでくれないと海輝が嘆いていたが、どうやら知らない間に元の仲のいい兄弟のような関係に戻っていたらしい。
何だか微笑ましくなってしまって、シスイはクスッと笑いを一つ漏らした。
「シスイ様?」
「うん?」
「どうなさいましたか?」
珀はシスイが急に笑い出したのを疑問に思ったようで、作業を中断して彼女を見た。
「うん・・何だか、久しぶりで嬉しくなったのよ」
「そうでしたか。シスイ様が嬉しいと私も嬉しいです」
そう言って珀は微笑んだ。
最近。
珀が随分こういうことを言うようになった気がする。
何というか。
歯の浮くような台詞というのが的確だろうか。
珀に何か心境の変化でもあったのか。
「そ、そう?」
「はい、貴女の気持ちは、私の気持ちです」
珀は悪びれもせず飄々と言ってのけた。
それも極上の笑顔付き。
シスイもそれに苦笑で返した。
「ねぇ珀?」
「はい?」
「最近、何かあったの?」
シスイは思い切って疑問を投げかけた。
当の本人は首を傾げて、彼女を見ている。
「と、申しますと?」
「う、ん・・なんというか・・」
「?はい」
「珀の・・私に対する言葉が“甘い”というか…」
「甘い・・ですか」
珀は包丁を置いて、真剣に考え出した。
その様子にシスイは慌てて止めに入る。
「あ、その!そんな真剣に考えなくてもいいから!ね、ちょっと思っただけだから」
「甘い・・言葉・・」
「い、いや、だから・・!」
これ以上考えさせていたら口からまたそんな言葉が出そうで、シスイはなお慌てた。
「それってさ、珀なりに拗ねてるんじゃないの?」
とふと聞こえた声にシスイは顔をそちらに向けた。
緑の髪と黒い髪。
奏と獅闇がいた。
「拗ね?」
「うん。最近シスイ、部屋に篭りっきりだったっしょ?
珀、ふとした時に凄い淋しそうな顔してたし」
奏はシスイの前に座って、珀を見やる。
珀は目を見開いていた。
次いで獅闇も奏の隣に座り、口を開いた。
「そういや、そうだな。シスイとあんま話しできなくって若干イライラしてただろ」
獅闇も珀を見て、意地悪そうに笑う。
珀は驚いたように二人を見つめた。
おかしい。
自分の感情を隠すのは大の得意だと自負していたのに。
「か、隠していたつもりなのですが」
「バレバレだっつーの」
「そーそ。あれだけわかりやすくしてる珀は珍しいなーと思いながら、俺も獅闇も何も言わなかったんだから感謝してよ?」
はははっと奏は笑って目の前に置いてあったミカンを剥き出した。
獅闇もだらーっと背もたれに寄りかかった。
「そ、そうなの?珀」
「・・お恥ずかしながら」
珀はぽっと頬を少し染め、照れ隠しのようにまた野菜を切り出した。
「・・珀、ごめんね」
「!し、シスイ様が謝るようなことでは御座いません!私の修行不足です」
「なぁにが、修行不足です、だよー!
こういうのって修行とかでどうにかできるようなもんでもないって」
奏はぱくりとミカンを一個食べ、頬杖をつきながらまた珀を見た。
「ほら、言ってみなよ!
“シスイ様・・私は淋しゅうございまし・・!いったあああ!!!」
「・・わり。手が滑った」
獅闇は持っていたクロスワードパズルの冊子を丸めると、容赦なく奏の頭をぶっ叩いた。
「いや、いやいや!嘘でしょ!!狙ってたよね今の!?」
奏はじんじんと痛む頭を押さえ、獅闇に抗議するが叩いた当の本人はしれっとして相手にもしていなかった。
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