そこに行くと、いかにも不良そうな男が、彼のポケモンであろうザングースと共に暴れまわっていた。
平和なミナモシティで何をやっているんだ。
珀と奏はため息をついて、ぐっと一歩前に出た。
「失礼、お嬢さん。少し下がっておいでなさい」
珀は怯える女の子の肩をそっと掴み、後ろに下がらせる。
奏はダルそうに不良とザングースを見た。
「面倒だなー・・あーゆーの苦手だよ俺」
「
ミナモはあの方の住まう街ですよ奏」
「知ってる。あの子に悲しい顔させたくないもんね」
と奏が彼等に近寄った。
それにザングースがいち早く気づき、威嚇を始める。
そんなザングースの様子で不良の男もこちらに顔を向け、彼らを睨みつけた。
「!何だてめぇ・・」
「んー?通りすがりの人」
「ああ?!馬鹿にしてんのか?!」
目の前の不良はぐわりと奏に殴りかかる。
奏はそれをひょいと避け、不良の腕を思い切り掴んだ。
「いって・・!!」
「キミさー、何しにこんなとこまで来たの?ここで暴れるのやめてくんないかなー?」
奏は腕を掴む力を強くする。
不良は顔を歪め奏の言葉を無視し、なんとザングースに指示を出したのだ。
「ザングース!!こいつにシザークロス!!」
「ええええっ!!?」
ザングースは鋭い爪を交差させ、奏に向かっていく。
奏は咄嗟に掴んでいた手を離し、後ろに避けた。
「ちょっとそこの不良!!人間に攻撃するってマナー違反なんじゃないの!!」
「うるせえ!!そんなん知るか!!」
「うわ、最低」
奏はふっと後ろに目線をやる。
そこにはいつの間にか原型に戻った珀がいた。
綺麗な白毛を棚引かせ、優雅な足取りで奏の前へ。
キッと目の前のザングースと不良を見据えた。
「あ、アブソル・・?!どこから・・」
『奏、指示は要りません』
「わかってるよ」
奏はクスリと笑うと、一歩後ろに下がってそれを見届けた。
シスイはこの温かい雰囲気が好きでこの街に引っ越してきた。
人々の温かさやポケモンを大事に思う人が多いこの街が大好きなんだと、嬉しそうに語る彼女の顔はそれはそれは美しかった。
そんな綺麗な顔を悲しみに染めないために。
彼等は密かに街の治安も守っていた。
そしてそれを住民は知っている。
「っ・・怯むなザングース!!きあいだま!!」
威力の高い技が珀に向かっていく。
だが、珀はそれに動じず、すっと体制を低くすると瞬時に駆け出す。
目にも留まらぬ速さに不良は目を見開く。
『失礼』
低く冷たい声が奏の耳朶に響いた。
ああ、なんて冷たいのだろう。
奏はゆっくりと瞳を閉じ、その冷えた空気を感じた。
心地よいとさえ思ってしまうこの空気を。
そしてそっと目を開ける時にはもうザングースは倒れ、何事もなかったかのようにこちらに向かってくる珀の姿が見える。
「見事な“おいうち”だったよ」
『造作もないです。奏、行きましょう。夕飯に間に合わなくなりますから』
「りょーかい」
珀は原型のままでエコバックを口に咥えると、歩き出した。
いくら擬人化が世間に知られているからとはいえ、絶対に人前では人型にならないこと。
それが我が家の掟。
奏は未だ腰を抜かしている不良を一瞥すると、珀の後を追った。
市場が綺麗な赤に染まりつつあった。
〜続く〜
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