それから案の定、珀達は夕方・・といってももう夜になるであろう時刻に帰宅した。
若干疲れた様子の彼らにシスイは“今日は奏が夕飯作ってくれたから”と二人を即座にイスに座らせた。
「ありがとうございます、奏、シスイ様…」
「どういたしまして!今日は疲れたでしょ?俺特製ビーフシチューでも食べて温まってよ」
奏はビーフシチューを器に盛り、食卓に置いていく。
「お疲れ様、珀、海輝」
「ありがとうございます、シスイ」
ふわふわと美味しそうな香りを放つそれに雷のお腹がぐぅと鳴った。
奏の得意料理は煮込み料理。
中でもビーフシチューは絶品で、程よい肉の柔らかさが絶妙。
シスイはいただきますと言ってその温かいシチューをぱくりと一口食べた。
「おいしー・・!!」
自然と顔も綻ぶ。
そんなシスイの表情を見て、奏も“それはよかった”とニコリと笑った。
牛のような胃袋を持つ雷と獅闇もガツガツとシチューを食べていた。
夕飯も終わり、皆が思い思いの時間を過ごす時。
シスイは食器を洗っていた。
珀が私がやりますと言ったが、すぐに断り自分がやることにしたのだ。
疲れた人をこき使うほど鬼畜ではない。
そう言い、珀を強制的に座らせた。
すると隣にふっと人の気配がし、顔を上げてみると奏が、泡のついた皿を流していた。
「奏?」
「手伝うよ」
「ありがとう」
奏は昔からよく気がつく子だった。
人が困っていたりしたら、いち早く助けに行くのも奏だったし。
人の気持ちにすぐ気付くのも彼だった。
いつの日かダイゴが言っていた。
“奏はパーティー内で一番聡い子だね”
“まさに『一を以て万を知る』だ”と。
「疲れてる?」
奏の言葉で我に返る。
その言葉にふっと顔を上げると、泡のついた食器を流しながら心配そうにしている奏の顔が目に入った。
「・・え?」
「隈、できてる」
そう言い、奏はシスイの顔を覗き込んだ。
整った顔がシスイの目の前いっぱいに広がった。
「ち、ちょっと奏…」
「ちゃんと寝てる?」
シスイはたじろいだ。
しかし、お構いなしに奏はぐっと顔を近づける。
「う、うん、寝てる、よ?」
「・・・・」
それでも奏は顔を離そうとせず、すっと目を細めた。
奏の真剣な表情にシスイは戸惑うばかりだった。
「・・そっか!」
奏はそう言うと、すっと顔を離し食器洗いを再開した。
何だったのかとシスイは不思議に思いながらも一緒に作業する。
「そうだ、シスイ」
ふと奏はシスイを呼んだ。
シスイは顔を上げて、ん?と隣にいる奏に顔を向けたその時。
「!」
また目の前に広がる綺麗な顔。
そして額に残る温もり。
「次、徹夜したら珀の目盗んで口にしちゃうからね」
奏はにやりと笑って、キッチンを出て行った。
呆然とするシスイ。
どうして徹夜がバレたのかとかいつの間に食器洗ったのとかそんなのはもう頭からすっ飛んでいた。
はっと我に返ったシスイは自分の頬が熱くなっていることに気づいた。
そして自分の頬を両手で押さえ、「なんなの…」と呟く。
その呟きは誰にも聞かれることなく溶けていった。
その後、やっとの思いで残りの皿を洗ったシスイ。
徹夜はしないでおこう。
そう心に誓いながら。
そしてあれだけ猛威を振るっていた台風もいつの間にか過ぎ去って、
静かな夜を迎えていたのだった。
『俺も早く・・・』
「!!」
シスイの脳内に突然声が響いた―――
〜続く〜
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