一方リビングでは。




「雷。もう大丈夫ですから・・」




海輝が雷にそう何度も言い聞かせていた。
だが、一向に雷が彼から離れる様子がない。




「雷、貴方もう大人でしょう?」
「この前、海輝はまだ子供だって・・・言った・・・」




雷は海輝の肩に顔を埋めながらボソリと言った。
それに海輝は苦笑しながら、雷を見つめた。




「ほーんと。あんな怖い珀久々に見たなぁ・・」
「明日は嵐だな」
「・・・そうなのか?」



獅闇は首を傾げた。
それほどまでに珍しいことだったのだろうか。


後(のち)、獅闇は牙から“珀は滅多なことではあんなに怒らないから、それがあった次の日は嵐なんだ”と教えてもらっていた。
“まあ…気のせいかもしれないがな”というおまけつきで。



ふと、獅闇は周りを見渡した。



テーブルで黙々とシルバーアクセサリーを作る奏。
無言でいつものように読書に励む牙。
雷を宥める海輝。
海輝に抱きついて離れない雷。

だけれど、ひんやりとした空気は和らぐことはなく。
獅闇はふっと息を吐いて、立ち上がりキッチンに入った。



6人分のカップを出す。
エスプレッソコーヒーを淹れ、クリーム状に泡立てた牛乳を加える。
そして泡の表面に丁寧に絵を描いていく。


4つお盆に乗せ、辛気臭いオーラを出している彼らに配る。



「雷、見てみろ。お前の姿が描かれてるぞ」



雷と海輝の前にそのカップを置き、雷の頭をくしゃりと撫でる。
海輝を軽く目を見開いた。



カプチーノ。
エスプレッソにクリーム状に泡立てた牛乳を加えたものをいい、
イタリアで好まれている飲み方。
またバリスタと呼ばれる人たちがこのカプチーノの泡の表面に描く文様やイラストなどをラテアートと呼び、
泡が消えないうちに素早く描かなければならないので高度な技術を要するのだが。


目の前に置かれたカップの中にはそれぞれライチュウとミロカロスの姿が綺麗に描かれており、ふわふわと仄かに湯気も出ている。




「獅闇・・貴方・・」
「わ・・あ・!!」




さっきまで海輝にしがみついていた雷は一瞬で目を輝かせ、
カップの中身を食い入るように見つめた。



「お前用に特別にキャラメル・カプチーノ。
海輝のは普通のだからな。
こっちは奏の分。
綺麗に描けてるだろ?フライゴン」



奏の前にカップを置くと、彼も驚いた表情を見せ、
カップと獅闇を交互に見る。



「牙にはカプチーノ・スクーロ。
スクーロはイタリア語で“暗い”って意味でミルクの割合が少ないカプチーノのことを言うんだ。」



牙は本から視線を外しそのカップを凝視し、“ありがとう”と一言言うと静かにそれに口をつけた。



「美味い」
「わ。飲むのもったいないなぁって思ってたけど・・・でも・・おいしいよ獅闇!」
「し、獅闇!僕がいる!!僕がカップの中にいるよ!!」
「どこで覚えてきたんですか、貴方は・・」
「まぁ、企業秘密。喜んでくれて何より」



和らいだ空気に獅闇はふっと笑い、カップを二つ持って二階に上がった。






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