その後、チハヤ達は奏達と談笑しながら珀が用意してくれた紅茶を飲んだ。
その間も珀の纏うオーラは今にでも癸を殺さんばかりで雷がビクビクしていた。
それを宥めるように海輝が雷の手を始終握っていた。


「珀」
「・・はい・・何でしょうチハヤ様」
「お前はまだ癸を憎んでいるのかい?」



チハヤは唐突にそう彼に問いかけた。
珀の肩が一瞬ビクリと跳ねたのがわかった。


珀は俯き、口を閉ざす。
チハヤはふっと窓の外を見た。
当の癸は座りもせずチハヤの傍らに目を伏せ控えている。


ただならぬ雰囲気に雷がぎゅっと海輝にしがみついた。
雷はまだこういう雰囲気に慣れていない。
まして身内となればなおさらで。
海輝がポンポンと一定のリズムで雷の背中を優しく叩く。


奏も牙もソファに身を埋めたまま微動だにしない。
彼らはわかっていた。
これにはいくら自分達でも入り込んではいけないのだと。




「勿論です。私は一生この人に心開くことなどあり得ません」




数秒経ってから。
珀は今までにないくらいはっきりとした声でそう言った。




「・・・そうか・・・」




チハヤは一瞬だけ珀を見、そしてまた庭に視線を戻した。




「だから、お前はお子様だというんだ」



今まで黙っていた癸がおもむろに口を開いた。



次の瞬間。
珀がその場にあったペーパーナイフを癸目掛けて放った。



「珀!!!!」



シスイが叫ぶ。
その場にいた珀と癸以外の全員が息を呑む。

癸はすっと片手を上げるとそのナイフをいとも簡単に受け止める。
珀を見ると、かっと目を見開いて唇をかみ締めていた。
珍しく息荒く、肩が大きく上下する。



「ハク」
「・・・もう二度とここに来るな!!!!」



珀は大声でそう叫ぶと、リビングを出て行った。




「やれやれ・・・」



チハヤはそう呟き、立ち上がると癸にボールに戻るよう指示した。
癸は頷き、無言でボールに戻っていった。



「ごめんなさい、父さん」
「いいんだよ。珀の気持ちくらいわかっているさ。
珀に紅茶、おいしかったよと伝えておいておくれ」
「ええ・・・」




じゃあね。



チハヤはシスイを一撫ですると、家を出て行った。
シスイはチハヤを外まで見送ると、振り返って珀の部屋の窓を見つめた。




* * *





それからシスイは珀の部屋を訪ねた。
ノックをして珀と呼びかける。





「入るよ」




シスイが静かにドアを開けて、部屋に入る。
珀はベッドに腰掛け、辛そうな表情を見せていた。





「申し訳ございませんでした・・・シスイ様・・」
「・・いいの。大丈夫、皆わかってるから」





シスイはそっと彼の隣に腰を下ろした。
珀は俯いたまま、こちらを見ようともしない。
ただ膝の上で握られた拳がカタカタと震えていることしかわからなかった。




「珀」
「私はまた勝てませんでした。己の弱さに・・」
「・・うん」
「いつもいつも・・あの人に会うたびに・・・」




シスイは珀の頭に手を伸ばし、そのまま包み込むように抱き寄せた。
そしてゆっくりとその銀髪を撫でる。
震えている手には己の手を重ねて。



「よしよし・・よく頑張ったね珀」
「シスイ様・・・」
「私はこれくらいしかできない。本当の珀の気持ちを知っているのは・・・珀、貴方自身。
私には奥底まで知ることが出来ない。
だけどね・・私は貴方の主であり、パートナーだっていうことを忘れないで」



シスイはそう言って撫で続けた。
ふと、冷たい感触がして下を見やれば彼女の手に水滴が落ちている。
そして小さな嗚咽。




「っ・・・っ・・・ぅ・・・っ!」
「弱さを見せることは悪いことじゃないわ珀」




貴方は一人じゃないのだから・・・



それから珀は彼女に縋る様に泣き続けた。
外はもう夕方で、綺麗な赤い日差しが二人を赤く染めていた。






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