Heartwarming Life



またここに訪れようとは、夢にも思わなかった。
自分の人生の中で、もう二度と行きたくない場所。



ホウエンリーグ本部。
サイユウシティの北部に位置し、以前シスイが働いていた場所である。


彼らは卑劣だ。
手段は選ばない。


だから、あのタマゴを無理矢理奪うことだって赤子の手を捻るようなものだ。
そして何の躊躇いもなくやってのけてしまうのだろう。


シスイは言いようのない怒りを抱きながら、珀を連れリーグ本部、最奥の扉をノックもなしに開け放った。




「失礼します」



怒りで声すら震える。
姿知らぬ影が動いた気配がした。



「…シスイ」
「率直にお聞きします」



爪が食い込むほどに拳を握り、理性を抑える。
シスイは一歩前に出て、口を開いた。



「あのタマゴは、無理矢理ゲットしてきたものなのですか」



静寂が彼女らを包み込む。
まだ数分と経っていないのに、随分時間が経つのが遅い気がした。


シスイは前を見据えたまま微動だにしない。
呼吸音すら聞こえそうな静かさに、珀も自然と体に力が入っていることに気づいた。



「……ああ」



一言。
厳かな声が響いた。


シスイは何かが頭の中で爆発するのを感じた。


こいつらは…!!




「あなた達のやっていることに怯えて、あの子はタマゴから出て来られなかった!!!
タマゴの中から見た世界は、あなた達が無理矢理あの子の親に攻撃している光景で…ッ!!!」
「あの子の親は…必死であの子を守ろうとしていた!!それなのに…ッ」



【俺、が…最後に見たのは…ハイドロカノンを食らって倒れていく…父さんと母さん…】
【俺、は…きっと世界に怯えていたんじゃなくて…「人間」に怯えていたのかも…しれない…】



青炎が話してくれた。
彼がタマゴの中で見ていた惨い光景。
その想像を絶する話に、皆顔を歪めていた。


この子は何ていうものを背負ってしまったのか。
そう、全ての元凶は彼と彼の大事なものを奪っていった彼ら。





ぐっと唇を噛み締めて、血が滲むのも気にしないでシスイは崩折れた。
珀は一目散に駆け寄った。
シスイの瞳からは大粒の涙が止めどなく溢れ出ている。


あまりの無力さに涙が止まらない。
悔しさにまた唇を噛み締めた。



痛くない。
こんなの、青炎の痛みに比べたら何ともない。


シスイはそう思いながら、涙を拭い前に向き直った。



『シスイ様…』



珀が心配そうに声を掛け、彼女の傍らにぴたりと寄り添った。



「あなたは最初に謝罪しましたよね…悪かったと。
それなのにまたしても私たちを傷つけにやってきた…どういうおつもりですか。何が狙いですか」



静寂が包んだ。
時間が流れていく。
やがて、厳かな声が響いた。



「あのタマゴは珍しい色をしていた━━━━…」



そして姿知らぬ影はゆっくりと話しだした。


* * *



ある日、珍しい色のアチャモのタマゴが生まれる場所があると聞いたらしい。
この姿知らぬ影とリーグの一部の人間達は秘密裏にポケモンバイヤーと手を組み、その珍しい色のタマゴを手に入れようと目論んでいた。



先日、シスイの家に来た男達はリーグ関係者ではなく、ポケモンバイヤー達だったという。


しかし、姿知らぬ影は思い止まった。
このまま、タマゴを売ってしまっていいのかと。

そこでバイヤー達には内緒で、タマゴを産ませるという任務と銘打って、シスイにタマゴを預けバイヤー達から守ったのだ。




「……」
「最初はこんな珍しい色のタマゴは手に入れるべきだと考えていた。しかし、私も昔は一介のポケモントレーナーだった。
ポケモンを売るなんて、そんなことをやっていいのかと考え直した…」



シスイは睨みつけるように前を見つめたままだった。
いくら改心したとはいえ、ポケモンを傷つけたことには変わりない。


到底許せるはずなどなかった。



「事情はわかりました…けれど、私達は貴方達を許せません。
過去に私達にしたこと、あの子とあの子の親にしたこと。
だから、もう二度と私達に関わらないでください」
「それと、一応報告します。タマゴは無事に孵りました。彼は、もう私達の家族です。誰がなんと言おうと、あの子は渡しません」




次があるようなら、全力で私達は貴方達を潰しに掛かります。





シスイは相手の返事を聞くことなく一礼し、その場を後にした。
牙の入ったボールがカタリと揺れた気がした。



シスイはそのボールをひと撫ですると、振り向きもせず歩き出した。
ドアの閉まる重々しい音だけが響き渡り、彼女達の足音は徐々に消えていったのだった。




prev*next
back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -