「朝飯には間に合わなかったな。牙、疲れてないか?」
『問題ない。トクサネまでの用事なはずが結構な時間だったな』
群青の大きな体躯が空を滑空する。
背には少しボサついた、だが綺麗な黒髪を持つ青年、グラエナの獅闇が乗っていた。
彼等はトクサネに、ある用事を済ませに朝早くから出かけていたのだ。
距離は然程離れていないはずなのに、思いの外用事が片付かず、
かなりの時間が掛かってしまった。
そのため、牙は猛スピードで家路についていた。
だが次の瞬間。
『!獅闇!掴まれ!!』
「っ?!のわっ!!」
急停止する牙。
獅闇は振り落とされないように、必死で掴まった。
「どうした、牙」
牙は返事の代わりに顎で前方を示す。
そこには縄張りに入られ、怒ったキャモメの群れが彼らを鋭い目で睨みつけていた。
「マジかよ…」
獅闇はそう呟き、群れを見据えた。
すっかり囲まれてしまった彼等。
「仕方ない・・獅闇、しっかり掴まって……」
牙がそう言うやいなや、『背に乗って悪いな』と原型に戻った獅闇が牙に向けて言った。
その姿に牙は目を見開く。
『危険すぎるぞ、獅闇!』
『なんてことはねーよ。ちょっと足場が悪いと思えば大丈夫だろ』
そうは言っても。
牙はそんな獅闇の姿に心配せざるを得なかった。
そんな牙を知ってか知らずか、
獅闇は深く息を吸うと、大きな咆哮を上げる。
“ほえる”だ。
キャモメ達は一瞬怯んだが、群れの所為なのか逃げる気配がない。
そしてエアスラッシュが飛んでくる。
『ちっ』
『めんどくせーな・・』
二人して舌打ちすると、牙は背に原型の獅闇を乗せたまま、掻い潜る様に猛スピードで逃げる。
獅闇の卓越したバランス感覚もさる事ながら、牙の器用な飛び方に長年の経験が見て取れた。
しかしいくら交わしても群れは群れ。
一度縄張りに入られると、どうしても追い返さなきゃ気が済まないらしい。
獅闇がふと後ろを振り返ると、やはりキャモメの大群が追ってきているのが見えた。
『牙』
『ああ、追いつかれるのも時間の問題だ。向こうに着くにはあと20分は掛かる』
獅闇は牙の言葉を聞き、少し考えるように黙り込んだ。
そして顔を少し、下に向け牙に言った。
『わかった。俺が攻撃するから、牙はひたすらかわせ』
『だが、そんな事をしたらお前、落ちるぞ』
『大丈夫だ。気にせずかわせ、いいな』
『・・了解した』
牙は立ち止まり、くるりと体の向きを変える。
向こうからは大変お怒りの様子のキャモメ達がやってくるのが見える。
獅闇は距離を見極めて、シャドーボールを放つ。
そしてまた向こうからエアスラッシュが沢山飛んでくる。
避ける牙と獅闇に少し掠った。
『多勢に無勢か……牙、大丈夫か』
『ああ……ッ!!獅闇!!!』
牙がそう叫んだとき。
あろうことか二羽のキャモメが獅闇に向かって突進してきた。
鈍い音がして、ふらっと獅闇が倒れる。
ここは空中。
下は海。
ちくしょー…油断し、た…悪い…牙…
そんな呟きがやけに大きく牙の耳朶に響いた。
倒れていく姿がまるでスローモーションのように牙の目に入ってくる。
『獅闇―――!!』
牙は獅闇の名を叫んだ。
しかし、それに反応することなく、獅闇は重力に従い、真っ逆様に落ちていった。
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