油断大敵
あれから悪夢は見なくなった。
タマゴもいつもと変わらない様子で窓際にいる。
まだ産まれる気配はないけれど。
* * *
珀はいつものように庭で洗濯物を干していた。
家の中からピアノの音がする。
奏者は海輝。
奏でられている曲はよく知ったクラシックだった。
流れるような旋律。
柔らかな音色。
珀はそれを聞きながら、洗濯物を広げて、物干し竿に干していった。
天気は良好。快晴。
これなら昼前に乾きそうだ。
空になった洗濯カゴを抱え上げ、テラスからリビングに戻る。
ちょうど曲が終わり、海輝がふと顔を上げた。
「次は、リストのラ・カンパネラで」
珀は海輝にクスッと笑いかけた。
海輝はそんな珀からのリクエストに“わかりました”とにこやかに返事をし、鍵盤に指を置いた。
フランツ・リスト作曲、「ラ・カンパネラ」
この難易度の高い曲を難なく弾きこなす彼を横目に、珀はキッチンに入り、朝食の用意を始めた。
なんと心地良い音だろう。
珀は気分を良くしながら、黙々と準備を進めていったのだった。
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