ノックをしても反応がなかったので、雷は静かにドアを開けた。




「・・・獅闇、寝てる・・」




すやすやと眠る獅闇の傍らにお盆を置き、寝顔を見る。


静かな空間。


部屋には眩しい太陽の光が差し込んでいた。





ああ、泣きそうだ。
雷は自然と流れ落ちそうな涙をぎゅっと堪え、止める。




「なんつー顔してんだよ・・」



急に聞こえた少し掠れた声。
雷ははっと獅闇を見る。



「獅闇…起きたの・・?」
「おー・・ふわああ・・よく寝た。お、これ珀が作ったやつか?」



獅闇は伸びをして、ベッドサイドに置いてあったお盆を見る。
まだほわほわと湯気が立っていて、美味しそうだ。



「うまそー・・そいや、腹減ったなあ」
「…はい」
「サンキュー雷」



雷はお盆を持つと、獅闇に渡す。
獅闇はそれを受け取るとスプーンを持ち、ふーふーと冷ましてから口に運ぶ。



「ん。うまい」
「珀はいつも誰かが風邪を引くと、このミルク粥を作ってくれるんだ…」



美味しいよね、それ。

雷はボソッと言うと、また視線を下に向けてしまう。



「ああ、美味しい。・・・ったく、雷。辛気臭せーぞ」
「……」



それでも雷は視線を戻そうとしなかった。
見かねた獅闇はスプーンを小鍋に置き、ふっと息を吐いた。



「いいか、雷。風邪は誰でもひく。よって、お前の所為じゃない」
「・・・だって・・」
「だっても何もない。現に海輝はピンピンしてんだろ?
だったらいいじゃねーか。俺の方がちょっと運がなかっただけで」



昔っからついてねーんだよなぁ・・俺。

と獅闇は再度ミルク粥をパクリと口に含んだ。



「運がない・・」


そんな呟きに獅闇は懐かしむように記憶を辿った。
そうあれはまだ自分がなんの強さもなかったポチエナ時代だったろうか。
自分の弱さに辟易していたのだ。



「そうそう。俺な、昔、超グレててさ。イライラして目に入った木に頭突きしたんだ。
そしたら、そこスピアーの巣があった木でなあ」
「ポチエナだったし・・まだレベルもそんな高くなくて・・フルボッコ」



あんなに強い獅闇がフルボッコ。
雷はそれが可笑しくて、ぶはっと吹き出した。



「笑い事じゃないぞ?聞いてる通り、しつこいんだぜスピアーって奴等は」
「だって・・獅闇、強いのに・・」
「ポチエナん時だからな。強くなったのは前のトレーナーにゲットされてからだよ」



獅闇は思い出すように、話す。
あんなに強くなろうと約束したトレーナー。
優しかったトレーナー。
ずっと高みを目指せるのだろうと思っていたのに。




「ま、狂っちまったけどな・・そのトレーナー」
「・・・ごめ、ん・・」
「何で謝るんだよ。ウジウジしないがモットーなんだろ!だったら、シャキッとしろシャキッと!!」



獅闇はグシャグシャと雷の頭を撫で、ミルク粥を一気にかき込む。
そして一緒に置いてあった、薬も飲んだ。



「ふー・・ごっそーさん!
珀に美味かったって言っといてくれな」
「・・・うん」



雷は獅闇からお盆を受け取ると、立ち上がって部屋を出て行こうとしたが・・

雷、と獅闇に呼び止められる。

雷は振り返り、首をかしげ彼を見た。



「お前はいつものように元気なのが似合うよ」
「・・え?」



獅闇はふっと笑うと、雷に背を向け布団に潜り込んだ。
そんな彼の姿を見て、しばらく考え込んだ。


獅闇が怒っていなかった。
自分の所為だって言われなかった。


雷はそう思ったら何故だか心がふっと軽くなるような感じがした。




「おやすみ獅闇。・・ありがと」




そう言って、静かに部屋を出て行った。


そこには目を瞑り、にやりと笑う獅闇の姿があったことは、雷は知らない。






「・・・よくできました、雷」




陰から見ていた珀には、ドアの閉まる音が安堵の音に聞こえた。
そしてそんな珀の姿があったことも、雷は知らないのだった。













〜続く〜



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