なまえってさ、狼は好き?
突拍子もない質問だったが、今彼の問いの真意を見た。何と言うこともない、これだったのだ。そういえばあの時私は何て答えたっけ、確か、赤ずきんちゃんに悪いことばっかするから嫌い、なんて柄でもなく可愛いことを言ったかな。まだずいぶんと幼かったころの話だから許してよ。

さて、状況を説明しよう。場所は私の家、時間はちょうど夜が明けようとしているところ。ここにいるのは私と、親友のリーマスだけ。ちょっと前までは私の両親もいた。私は現在階段の踊り場で陰に身を潜めてリビングを見ている。こんな夜更けに布団を飛び出しているのは別にトイレだとか、眠れなかっただとかじゃなく、もっと物騒な理由だった。

ものの30分ほど前ガラスが割れる大きな音と獣が呻く声が聞こえて目を覚ました。それは私だけでなくお父さんとお母さんもらしく、2人は私の頭を撫でて「怖がらなくていい、ここで待っていなさい」と言うと杖をもって2階の寝室から出て行ったのだ。恐怖より好奇心が優った私はこっそり2人の後をつけて今この場に至る。そこから覚えているのは、小さな狼が、お母さんを、お父さんを、次々と噛みちぎり引き裂いていったこと。割れた窓ガラスから差し込む満月の光がこの惨たらしい光景を優しく照らしていてなんだか不釣合いに思えた。狼が未だすっかり動かなくなった両親をなぶるのを我を忘れて見入っているとぷつん、と光が途絶えた。窓の外には薄ぼんやりとした明るさを纏った空が見えた。夜が明けたのだ。視線を返して、息をのんだ。そこにいたのは血みどろのリーマスだった。あの狼はもうどこにもいなかった。



「リーマス?」
「なまえ!これはっ!僕っ!近寄らないでっ!ごめんなさい…っ!ごめんなさい!」

グシャグシャの父と母の間で目を白黒させるリーマスに近寄ると彼は一段と動揺したようだ。親が殺されるところを見た私は驚くほど冷静だっていうのに。

「僕、なんてことを!なまえ話を聞いて、話を…!」
「黙ってよ、そんな事はいいから。」

わあわあうるさい。何を言っても始終を見たわたしの情報量の足しにはならないだろう。言い放った私の制止はリーマスに侮蔑として受け取られたのだろうか、懇願するような瞳を私に向けて呼吸を荒げている。まったく、彼の無駄話を聞くより先にやらねばならない事があるだろう。

「そんな事はいいから、先にお父さんとお母さんを何とかしよう。もしも誰か来たらどうするの、リーマス疑われちゃうよ。話はあと。」





朝の湿った冷たい空気を感じ取れるうちに全てが片付いた。最後に血を拭き取った布を処分し終えてあのリビングに帰ると、先に戻っていたリーマスが深くソファに腰を下ろし目を瞑っていた。

「なまえ」

彼の隣に座り、部屋を見渡す。何の違和感もない。朝からよく働いた。心地良ささえ感じる疲れに微睡む。ことんとリーマスの肩に自分の頭を乗せると、ふわりと彼の柔らかな香りがした。もう血の匂いは混じっていなかったし、彼の肩も、身体も強張ってはいなかった。心は既に平生のように穏やかだった。

「なまえはさ、狼、嫌いだったよね」
「おぼえてたんだね」

リーマスはわたしの髪をすくってはハラハラと落とす。

「でも、わたしは赤ずきんちゃんじゃないんだから、悪いことされたって嫌いになんかならないよ」

顔を彼の肩に押しつける。再び薄く香った彼の匂いに幸福を感じた。このまま、うたたねしてしまおう。リーマスが髪をすくうのをやめ、こちらにもたれ掛かってくるのがわかる。息だけの音のような、微かで小さな声がありがとうと言ったのを聞いた。彼の手をぎゅうと握り、わたしも同じような声でつぶやく。

「大好きだよ、悪い狼さん」


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