桜の木の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないかーーー

なんて、小説があった。彼にとって煌びやかで美しかったろう桜は、私にとっては数ある花の一つにすぎなかったようで。日本から遠路遥々ここイギリスに着いてからも記憶の片隅から1ミリも浮かび上がってくることはなく、同じ日系英国人の友人が春になると桜並木を懐かしがっては感慨にひたるのも、私には到底出来ることではなかったのです。

「ふうん、桜の花ねえ」
「リドルくんこの小説知ってるの?」
「知らない、けど桜の花は見たことあるよ。綺麗だけど抜きん出て美しいわけじゃないよね、周りの花と同じさ」
「そうだよねえ、なんで日本人はこうも桜に御執心なのかわからないな。この前なんか友達から桜の花を咲かせる日本の呪文まで教えられたよ」





「リドルくん?これ、は、」

薬草学の授業中、珍しく教科書を忘れたというリドルくんにわたしのものを貸した。返ってきた教科書に挟まれていたのは羊皮紙の切れ端。『夕食の時間に城の裏に来て』その言葉の通りに向かうと柱の陰には既に伝言の主がいた。だが、呑気にやってきたわたしに反して、どこか緊張をはらんだ不穏な空気が漂う。その空気の源はやはり、リドルくんの足元に転がるそれだろう。

ー死体。白く淀んだ目が大きく開かれ、確かに死んでいる。どこかで見たような気もする顔の変わり果てた姿。初めて見る物騒な光景に息を飲む。リドルくんが、やった、のか。


「やあなまえ、来てくれたんだね」

興奮を内面に感じるが、場にそぐわない自然な口調で話しかけられる。その口ぶりに今ここが現実ではないような心地さえおぼえた。わたしの返事を待たずにリドルくんは話し続ける。


なまえが教えてくれた話、なんだっけ。ああそうだ、ねえ、今ならさぞかし美しい花が咲くんだろうね。・・・なに間抜け面してるんだい。桜だよ、桜。僕はあれから少しばかり考えてみたがね、もしかして僕らの見てきた桜というのは死体を餌にしてこなかったんじゃないかな。鼻で笑って一蹴したものの、やっぱり気になってしまったんだよ。


さ、
リドルくんはわたしの肩を抱いて、死体の前まで引き寄せる。

「なまえ、やってくれるね?」

yesの代わりにこくんと頷き、杖を構える。一生使うことはないと思っていた呪文を記憶の底から掻き出し、遺体に向けて呟いた。幹が腹の上に育ち、根は躯を抱え込むように巡る。そこからは細い触手のようなものが生え、身体に突き刺さり、何か水晶のようにきらきらと輝く透明な液を啜っている。吸い上げられたそれらの液が列をなして幹、それから枝先へと運ばれるのが分かる。次第に蕾が大きくなり、根が死体を一片も残さず喰らったところで、とうとう花が開いた。

爛漫と咲き誇る桜の花。人一人分の生命エネルギーを全て吸収した花は絢爛な輝きを放っていた。怪しいまでの美しさ。恐怖も忘れて見入ってしまう。

「どうやら僕らの見てきた桜の木の下には、屍体は埋まっていなかったようだね」

恍惚の表情を浮かべるリドルくん、わたしも同じような顔をしているんだろう。名残惜しいが、夜が深まる前に2人で寮へと戻る。ふわふわと夢見心地の頭で考えたのは、今こそあの文豪の気持ちも理解出来そうだ、ということだった。





翌日、1人の生徒が行方不明になったという事件がホグワーツ全体に流れた。生徒は不安がり、先生方はあの手この手で捜索しているようだが、彼が見つかることは決してないだろう。

(ごめんね先生)

何故なら既に彼は桜の腹の中だから。


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