あの時何故誰かに一言伝えて行かなかった?そこに手に負えない危険があったらどうする?自惚れか、慢心からか。恐らくその両方がわたしの目を曇らせた。





「ジーナス博士が消えた?また悪どいこと始めたんじゃないの」
「違うんだよ、博士は完全に打ちのめされてたからな」
「それはどうかね」
「頼むよ。博士がいないと商売が出来ないんだ」
「はいはい、哀れなゴリラと被害を被る街の為に引き受けてあげますよー」
「悪いな。今度たこ焼き奢るからよ」





何故銃を下ろした?見知った顔と、安心したか?その顔が思い上がりと傲慢に塗れているかもしれないのに。





「"B市郊外北の山奥の不審な洞窟"・・・ね。なるほど、上手く自然に溶け込ませたつもりかもしれないけど、機械の仕掛けが確認出来る」





そこに潜むは、確かな狂気で。安易に入り込んだわたしは恰好の餌だったのだ。





「・・・行くか」





何を言っても今更遅いのだろうけど。









「信じらんない!こんな狭い部屋に呼び出して、待遇も雑!私達S級なのよ!?」
「他のヒーローはいないの?」
「今日呼び出したのは、タツマキくん、童帝くん、ゾンビマンくん、君達3人だけだ」
「・・・シッチさん、そろそろ俺たちを呼び出した訳を話してくれないか」





「あー、これはヒーロー協会公式の件ではないことを先に断っておくよ。まず、近頃近隣の街で住民の失踪事件が流行っているのはご存知だろう、既に被害者は100人を越しているとも言われている。手がかりもなく警察も手を焼いているのだが、何故か協会は動こうとしない。私も幾度と特別対策チームを組むよう申し出ているが・・・全く取り合ってもらえないのだ」



「ふうん、それで、僕たちに調べろってこと?怪人のせいなの?」
「わからない。だが、私はこの件についてある心配を持っている」



「ここ1、2ヶ月程なまえくんと一切の連絡がつかなくなっている。そして例の失踪事件が始まったのもこの頃だ。ここからは私の憶測だが、なまえくんもこれに巻き込まれた可能性がある。とすると、これはかなり危険性の高い事例だということだ。彼女は実力者だからな。君たちを呼んだのは、協会として動けない中で調査を頼めそうな人物だからだ」



「危険性がありながら放置している協会はどこか信用ならない・・・君たちはなまえくんと交流があるだろう?どうか、この件に乗ってくれないだろうかーーー










『もしもし』
「お前!いったい何してーーー」
『何も言わないで。メールで居場所の詳細を送るから、1人で来て』



「今の、なまえさんだね?」
「っ、何で分かった・・・?」
「分かるわよ。アンタのその酷い顔を見ればね」
「どこにいるか分かったの?」
「ああ、B市の郊外だ。多分何かに巻き込まれてる。不穏な気配だった」





「お前らは入り口で待ってろ、まずは俺だけで行く」
「でも・・・!」
「呼ばれたのは俺1人だ。・・・何があるかわからないがどうせ俺は死なない、偵察にはもってこいだ」
「フン、好きにしなさいよ」
「ゾンビマンさん、この通信機器を持って行ってよ」










「死体?なんだこの部屋は・・・人体実験の跡か・・・?」
「ゾンビマン!助けてくれっ」
「ジーナス。お前、何故ここに・・・」





「助かった、すまない」
「おい、ここは何だ?なまえはいるのか?」
「説明してる暇はない、奴らの目的はお前だ、早くここから・・・っ」
「そうはさせないよ、ゾンビマンくん」



「会長、なまえ・・・?何をしているんだ」
「私は使えないヒーロー共がどうしたら戦力になるか、常々考えるのだよ。そこでジーナス博士をお呼びしたのだが、彼には優秀な作品がいるじゃないか。なあ、博士?」
「ああ、不死とも言える再生能力を持つ、サンプル66号。ーーーお前だ、ゾンビマン」
「ところがお前は偶然の産物だという!・・・話は分かるね?今度こそ我々は技術を確立し、新たな戦闘軍団を創る!」
「その為に何人殺した!」
「新しい物事に犠牲は付き物なのだよ。怪人なんざに我々人間が屈してなるものか!・・・お前には我々の研究材料になってもらおう」



「お前の野望の為に死ねって事か」
「そうだ。話が早くて助かるな、協力してくれるか」
「糞喰らえだ」
「ふん・・・予想はついていたが・・・。少々荒っぽい手段を取らせてもらおう。さあ行きたまえ、なまえくん」
「はい」

突きつけられた拳銃と、アイツの目は、恐ろしい程に冷え切っていた。





「っ、おいなまえ!お前どうしたんだよ!!」
「黙れ。死ね」
「なまえくんには少し細工させてもらったよ。今は最早私の命令しか聞かない人形だ」





「再生が追いつかなくなってきた!ゾンビマン早く逃げろ!それかなまえを・・・殺すしかないぞっ」
「俺、が・・・なまえを・・・殺せる、か、よ!」
「なまえ、動けなくなるまで殺しなさい。私が彼をサンプルケースに保存出来るようにね」





「何だ?建物が揺れている・・・っ」
「タ、ツマキ・・・か?」
『ゾンビマンさん!僕だよ、通信機。今タツマキさんが建物ごと壊す!彼女なら死なないように崩壊させられる』
「仲間を呼んでいたか。まあいい、最初からサンプルが手に入り次第ここを捨てて抜け出すつもりだった。さあなまえくん時間がない、早くやりなさい」





「なまえ・・・っ、本、当に俺のことも・・・分からないのか・・・っ?」
「うるさい」
「なあ、なまえっ、なまえ!!」
「ッ、・・・ぅ・・・!」





「ゾ・・・ンビ、マン?」
「なまえっ!良かった・・・戻った・・・の、か!」
「わたし・・・わたし何て事を!」





「街の人を攫ったのはわたしなの、そのせいで何人も死んだ!わたしのせいで!」
「大丈夫・・・だ、なまえ、・・・しっかりしろ」

錯乱するなまえを抱きしめる。肩は小さく震え、身体は冷えきっているが、ついさっき向けられたあの視線と違って、矛盾しているだろうが、温かい冷たさだった。



「なまえ、やりなさい」
「!」



「言っただろう。なまえくんは私の優秀な助手であると」
「身体が・・・勝手にっ」
「っ、おいジーナス!なまえを・・・なまえを戻せんだろ・・・っ!?」
「残念だが無理だ・・・どうしようもない」
「ふざけるなよ!」


身体のあちこちが吹き飛ぶのが分かる、そしてその原因も。それでも俺はなまえを抱きしめ続けている。一度離してしまったら、もう二度とコイツは帰ってこないんじゃないかと思えたからだ。


「彼女を止めたいなら、やはり殺すしかないぞ!」
「俺になまえは殺せねェ!」
「ははは!あと少しでサンプルが手に入る、私の計画はついに始められるのだ!」



「ゾンビマン」

酷く落ち着いた、冷静な声を聞いた。加えられ続けていた銃弾は止み、当てられていた銃口の感覚がなくなっていたのに気づいた。なまえが再び自我を取り戻していた。



「ゾンビマンが元の身体に戻れないように、わたしも戻れないんだよね・・・。わたしは、わたしはっ・・・ゾンビマンを勝手な研究なんかに使わせないから」



顔を上げると、なまえが穏やかな笑顔を湛えていた。ーーー銃を自分の頭に突きつけて。睫毛が濡れて、涙の跡が一筋見える。しっかりと銃を構え、トリガーに添えられた人差し指は、震えてさえいなかった。カチャリと鉄の高い音が響いて、俺のかなまえのか、ごくりと息を飲む音が続いた。見た事もない程のなまえの真っ直ぐな視線とかち合って、全身の血の気が引く。呼吸さえ忘れたように動けない俺の崩れた頬に、なまえは一度、キスをした。





「ばいばい、じゃあね」





辺りを揺らす銃声は、もはや聞こえなかった。ホワイトアウトする五感の中でただ一つ働いた視覚がしっかりと見たのは、崩れ落ちるなまえの唇が、最期に俺の名前を刻むところだった。














時の流れと空の色に何も望まないように、ちょっと横暴で散々困らせてくれたけど自分を犠牲にして戦う君が大好きだったから、何に代えても君を守り通したかっただけなの。わたしは君を守るその為なら少しくらいの苦労は厭わないんだよ。だから、ねえ、悲しそうな顔をしないでよ。またあそこに顔を出したんだね、わたしはちっとも気に留めてないっていうのに。そりゃあ思い出すと懐かしさに泣きそうになるけれど、やっぱり君の為に生きられないんじゃ、味気ないかな。もうさ、泣きながらわたしの為に祈らなくていいよ、君がここに生きているという真実だけでわたしは幸福なのだから。











B市郊外の森の奥、立ち入りが禁止されているのはそこが崩壊しているからだ。土と木と岩がごちゃ混ぜに崩れているそこには、一つ、簡単に墓標が建てられている。俺はそこで毎日祈りを捧げるのだ。なあ、聞こえてるだろ?あの時お前を殺したのは俺なんだと思う。いつもお前に思いを馳せてはそう悔やむんだ。でもお前はそんなこと止めろと怒るんだろうな。分かってないぜお前、俺がどれだけお前を大切に想っていたか。どれだけあの日々に幸せを感じていたか。だけど、お前に呆れられる前に、俺は今日でお前に祈るのは止めようと思う。想いを断ち切るのは簡単な事じゃないから、最期に手伝ってくれよ。





コートの中からアイツの頭を貫いた銃を取り出した。手にだってすっぽり収まるくらい小さいのに、それは持ち上げられなくなる程ずっしりと重く冷たい。鈍い銀の輝きは少しくすぶっている。弾を一つだけ込めて、こめかみに当てた。ーーーアイツと同じように。墓に刻まれた名前を見つめて、少し笑って、トリガーを引いた。






(アイツと共にあったあの時の俺はもう死んだ)



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