※レギュラス死後





レギュラス・ブラックが死んだ。
先生がおっしゃったのはたったそれだけだったが、生徒の間では噂が飛び交っていた。

ーブラックは闇の帝王に恐れをなして死んだ。深入りして既に後戻り出来る状態でなかったのだ。

在学中に死ぬなんて滅多にあるものでなければ、また彼自身たいそう有名人でもあったので、学校はこの話題で持ちきりだった。右も左も、聞こえるのは同じこと。彼には不名誉な噂、誹り蔑み侮辱。そんな空気に圧迫されて押しつぶされそうになる。息ができない。憔悴してしまいそうだ。というのもわたしにはどうも平生の彼を噂に流れる人物と一致させることが出来なかったのである。大きな違和感を抱えたまま友人と話し合うのはどうもエネルギーを要するようで。誰とも話す気になれなかったので校舎を飛び出してみた。人がいない所、声が届かない所、見つからない所。随分歩いて小さな池にたどり着いた、木や苔が繁茂して暗く、池は水面からだんだんと藍色に染まり底まで光を通さなかった。穏やかな放課後を過ごすには些か陰気だが、人目につくことはないだろう。池のほとりを歩いて、適当な場所に腰を下ろす。そこで一体なぜ自分はあの空間に混ざれなかったのかぼんやり考えてみた。

レギュラスが闇の帝王を恐れた。全くあり得る話じゃないか。彼は盲信的に帝王を信じ込んでいた。それはいつもあの人の活躍を嬉しそうに語る様子で知っている。(死喰い人として認められた日にはいつに無く高揚した内容のふくろうが送られてきたものだ。)幼いころから貯めているというあの人についての新聞記事の話も聞いたことがある。そんなレギュラスが作り上げた理想の帝王が、実はどんなえげつない人物であったろうか。レギュラスの許容の幅を軽々超えていく人物であったことを想像するに難くない。穏やかな生活を望んだレギュラスは帝王についていけないと感じ身を引き、殺された。良く出来た推察じゃないか。おかしいところがない。しかし、おかしい。釈然としない。この一見立派に整えられた真相推理をなぞると、胃の辺りがググと掴まれているような気分になるのだ。彼が本当に皆の言う臆病者なのだろうか。わたしが違和感を感じているのは、彼の死を悲しむわたしによって思い出に住む平生の彼が美化されたためであろうか。

答えが出せるはずもなく、ぶつける先のない苛立ちを抑えようとして、眼前に広がる池を覗きこんだ。池は澄んでいるくせに依然として光を通さないため、一体全体底がどこまで深いのかわからない、はたまた底なんてものはないんじゃないかとも思えてくる。朧げにでも見えてこないものか、と目を凝らしてみるが水底の石の影さえ認識できなかったので、本当に底無し池なんだと勝手に思っておくことにした。

なんやかんやと思考を凝らしていたうちに、少しほど苛立ちも落ち着いたようだ。顔を上げるとこれまた変わらず陰気な風景で、この景色よりはわたしの胸中の方がマシな気がする。もう一度水面に顔を突き出してみたが、なんだ、この池、またいくらか藍が濃くなってないか。そこでわかった。この池はわたしの心を飲んだ。苛立ちの靄を飲んだ。そうしてその靄が一段と水を濁らせたのだ。この池が澄みながらにして底を見せない理由もついたろう。どこから浮かんだか検討もつかない空想が、不思議と心を撲ち離れていかない。次に浮かんだ空想は、わたしの靄を全て取り払った。なるほど、レギュラスも飲まれたのではないか。どこかの同じような底無し水溜まりに。そして今さえも決して辿り着かない底に引かれ続けているのだ。

レギュラスが水に飲まれた。全くあり得ない話じゃないか。何の為に、どうして、おかしい。ふざけた妄想だ。けれど先の立派な推理よりかわたしの心にすっきり収まった。親愛なる友人は水の下にいる。これが真相だ。

「オーキデウス、花よ」

杖を出して呪文を唱える。杖先に現れた白い花束をそっと水面に浮かべた。今頃になってやっと弔いたくなったのだ。水はゆっくり花を飲み込むが、早く彼に届いてほしくて、痺れを切らしてもう一度呪文を唱えた。

「デプリモ、沈め」

白い花は水に混じり、薄れ、見えなくなり、藍は一層濃くなった。踵を返し元来た道を戻るわたしの心の靄は既に晴れていた。真実を誰かに言うつもりはさらさらないが、それを知ったわたしはもう違和感が蔓延る場所でも上手く息を出来るだろう。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -