あまい吐息を盗む | ナノ

ぱたぱた。うちわで扇ぐだけでは限界なんてすぐにきてしまう。頬を伝い流れてきた滴、という名の汗をあああ!と叫びながら手で拭った。だめ!もう!限界だよ!家でダラダラしてるだけなんて無理です。そうだ電気代なんて気にせず扇風機を付けよう。クーラーはさすがに、今日は我慢。だって近いうちにもっと辛い日が来るもん。学生一人暮らしだと光熱費やらなんやらが気になってしまい好き勝手できないから不便だ。ああ、けどただ扇風機付けるのもなんだか勿体ない。……、コンビニに行こう!冷えるならとことん、だ!





「ありがとうございましたー!」

店員の声は、初対面なのに憎くなるほど明るいものでした。ちくしょう!ずっとコンビニにいてもいいって思えるほどの涼しさだったからしょうがない。そりゃあそうなるよね、うん。いいですよ。許しますよ店員さん。…わたしだって奮発してアイスみっつも買っちゃいましたもん!

「うみゃい…」

口に放りこんでキーンとした感覚に襲われる。扇風機に背を向けて風を受け、口の中にはアイスとアイス。ああ、もう、なんて幸せなんだろう。

「…さて、最後のひとつ」

アイスふたつをおいしく食べ終えたわたしは冷蔵庫の前に立っていた。ひとつでふたつのお得気分を味わえる素敵アイス。まあ、ふたりではんぶんこしたりするのがメジャーなんだろうけどわたしはひとりで全部食べることの方が多いかな。冷蔵庫から取り出したその袋を手に持って扇風機がある方向に見る。

「え」
「お邪魔してます、蜜子」
「アマ、くん…?」
「元気にしてましたか」
「アマくん…!」

夏です。真夏です。扇風機前も勝手に確保されてしまった夏真っ盛りです。それでも構わず、飛び込みました。

「…、なんですかいきなり」

ひょい、と華麗に避けられました。がばあっと勢いよく腕を伸ばして飛び込もうとしたわたしは見事に床とごっつんこ。痛いじゃないか!

「大丈夫ですか?」
「…アマくんが避けなかったらわたしは、」
「ボクも身の危険を感じたんです」
「み、身の危険なんて言い方ひどいよ!」

わたしは体勢を直しつつアマくんを睨んだ。効果はまったくない。この子はわたしの睨みくらいじゃ全然動じてくれないのだ。ふん!こうなりゃアイスのやけ食いだよ!ラスト一個とか、そんなの全然関係ないね。ビリリ、と音をたてて袋をあけた。扇風機はどっかの悪魔さまに占領されたため、わたしは暑さとアイスの冷たさを同時に頂くことにします。

「、蜜子」

刺さる視線に加えてわたしを呼ぶ声は不機嫌そのもの。相手をされないから、ではなくてわたしがアイスをひとり占めしているからであろう。なら扇風機占領するのやめようよ!ね?口には出さない、態度にも出さない、ただ視線と声に知らんぷりを決め込むだけ。開けたそれを口に含んでちゅうちゅうと吸う。冷たいチョココーヒーのアイスが口の中に広がってたまらなくなる。

「……仕方ない」
「む、!」

アイスを握っていたわたしの手をひっつかんで、そのままアマくんは自分の方へそれを持っていった。あまりの行動の早さにわたしはあっという間もなかった。

「…おいしいですね、これ」
「ひ、人が食べてる途中に、いきなり、食べ、間接き、…!」

ああああ!もう!何が言いたいのか、ぜんっぜん分からない。食べたいならちゃんと食べたいと口にしてちょうだい!視線と名前を呼ぶだけじゃあわたしだってあげられないよ。言ってくれたら、ちゃんと、もう半分をあげた、の、に。

「ボクにそれをくれない蜜子が悪いんです」
「あげるつもり、だった、よ」
「けどもう食べたから後は返します」
「な、っ」
「どうかしましたか?」

ぱ、と離された手とアマくんの放った言葉に脱力しそうになった。後は返します、ってこれさっきアマくんが口につけて食べたものじゃないか、間接き…す…どころじゃ、な、ないじゃないか…!あと、アマくんがすごく悪い顔して笑っているように見えるのは気のせいですか。…まさか確信犯じゃあないでしょうね?



110717/アイス
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