シリーズ | ナノ

前方からやってくる人物は、わたしがこの祓魔塾ではじめて言葉を交わした人間。その人物はわたしに気づくとぱあっと明るい顔になりにっと笑って手をあげた。なんて爽やかなんだ。


「よ、名前!」
「おくむ…」
「オイ、もう忘れたのかよ」


爽やかスマイルはどこへやら、むっとした呆れた顔で眉を顰められた。そうでした、そうでした。すっかり忘れてましたよ。


「えっと、燐、…?」
「おう!上出来だぜ、名前!」


前に奥村く…、燐、と話したときのことだ。奥村先生こと奥村雪男との区別がつけられないため、名前で呼ぶことを強要されたのだ。
わたしは別に、燐の方は奥村くんで、奥村雪男の方は奥村先生と呼べば、なんの問題もないと…思ったのだけれど。燐はわたしのその考えがどうにも気に入らないらしく、俺のことは名前で呼べよ!なんて言ってきたのだ。

面倒だなあ、と最初は思ったんだけど…まあ、上出来だぜと言って嬉しそうに笑った燐をみたら、どうでもよく思えた。


「燐」
「んあ?」
「しえみが言ってたんだけど、料理が得意なんだって?」


ちなみに、燐で名前を呼ぶように言われたときに傍に杜山しえみも居て…「わ、わたしも!しえみでいいよ、その、私も…名字さんと仲良くなりたい、し…」と真っ赤な顔で言われ、断れなかった。いや、そもそも断る理由なんてなかった。
だってわたしは、しえみのそれが…素直に、うれしかった、のだ。魔法みたいにじわじわ胸に染みてくるしえみや、燐の言葉が。


「おう、まあまあだけどな」
「燐の作った料理、たべてみたい、な」
「別にいーけど、うちの寮来るか?」
「…、いいの?」
「名前がいいなら、俺はいいぞ」
「あー、なら、」
「あ、けど雪男がいちいちうるせーんだよなぁ」
「奥村先生が?」
「うん」


あ、けど。と言って燐は顎に手をあててポーズをとった。それも、すごく悪い顔をしながら。


「名前だったら素直にオッケーしそうだな、雪男のやつ」
「?」
「実はさ、雪男のやつ最近やたらと名前のこと聞いてくるんだよ」
「奥村先生、が…?」


どうしてだろう。わたし、何か問題行動でもしたっけ?なんとなく、とはいえ一応塾には通い続けたい。奥村先生にいい加減な気持ちで塾にいると思われてしまった、とか?たしかに、少し前まではそうだったんだけど。

しえみや燐と、もっと、なかよくしたい、なんて。わたしの使う魔法じゃなくて、言葉だけで人の心をやさしく、あたたかくすることのできる力がある二人と。なんだかんだで優しくて、強い志を持っている塾生のみんなと。


「俺としえみが名前と仲良くって嫉妬してるだけだろーけどな、アイツ!」


嫉妬?って、え…?思わず聞き返してしまいそうになった。
どうやらわたしが思っているようなことでは、なかったらしい。考えすぎ、だよね。まだ、わたしは祓魔塾に通っていられるんだ…なんて、バカみたいな勘違いをしてバカみたいにほっとした自分がいた。


「魔法がなんたらって寝言で言ってたけど…名前、雪男になんかしたのか?」


燐がふと思いだしたようにそんなことを言った。


「…、それは秘密」


魔法は燐が奥村先生みたいに悩んでるときや苦しいとき、必要になったらかけてあげるね。だからそれまで、この事は秘密。



:燐と想いと秘密
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