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「シュラが早く結婚しろってうるさいです…」

たすけてくださいゆきおくん。言葉とほぼ同時にガンッ!という鈍い音が部屋に響いた。彼女は軽く頭を下げたつもりだったんだろうけど実際は勢いよく下げられた頭がテーブルに直撃。

「痛い…」
「大丈夫ですか」
「うむ…」
「赤くなってますね」
「痛いもんね、赤くもなるよね…はあ」

シュラのせいだ…手でお酒の瓶のふたをいじりながらぼそぼそとつぶやくナマエさんのその様子がとても可愛くみえた。結婚してくれる相手を探せばたくさんいそうだ、まあ、その人のことをナマエさんが好きになれるかが問題なんだけど。

「おとこ、きらい」

唇を尖らせたままナマエさんは言った。そう、まず結婚云々より前にナマエさんのこの深刻な男嫌いをどうにかしなくてはいけないのだ。

「…僕も男ですよ」
「ゆきおくんはちがうの」
「違う?」
「うん、だって雪男くんのことは信用…してるから」

あはは、こういうのを口にするのってんか照れちゃうねぇ、と彼女は頬をピンク色にして照れくさそうにはにかんだ。頬がピンク色なのはきっと、酔いのせいなんだろうけど。…けど、

「……っ…」

つまりは僕を男としてみてくれてない、と。そういう解釈も間違いじゃない。

「ゆき、」
「ごめんなさい」

ナマエさんの言葉が発せられるのと同じタイミングでその細い腕をつかんだ。僕はあなたが思っているような信用できる人間ではないし、我慢強い男でもないんです。あなたに信用されて男として見てもらえない僕より、他の男が羨ましいと思った。

「ナマエさん」
「う、うん?」
「僕は……!…あ、」

まっすぐその瞳を見つめて勢いに任せて胸に秘めた気持ちを伝えてしまう一歩手前だった。僕のつかんだ彼女の手が、震えているのに気付いたのは。

「ゆ、きおくん?」

腕をつかんだ時だろうか、どうやら酔いが醒めてしまったらしい。僕は忘れていた。あるいは彼女の信用している、という言葉に知らずのうちに自惚れていたのかもしれない。

「あ、の、雪男くん…?」

彼女の男嫌いは、本来おなじ空間にいることさえ嫌うほど重度のものだ。そんな中で、まだ普通に言葉を交わしたりすることが可能なのが僕。ただ、それだけなのだ。触れられることなんて、慣れていないだろうし彼女はそうされることが嫌いだろう。

「それなのに僕は…」
「雪男くん…!」
「え、?」

彼女は自ら僕に触れた。僕が彼女の腕をつかむその手を包むようにして、触れたのだ。はっとして彼女の表情を見れば僕以上に驚いているようだった。

「さ、われた…」
「…!」
「…震えもないし怖くもない、し、嫌じゃない…!」

たしかに、今はその手が震えている様子もない。彼女は本当に嬉しそうに、笑った。その笑顔を見てさっき思ったことをすぐに訂正させてもらおうと思った。僕はバカだ。信用されてるからこそ、こんなに可愛い彼女の笑顔を見れるんじゃないか。他の男が羨ましい?そんな風に思ってしまうなんて。

「雪男くんとなら、わたし結婚できるね…!」
「なっ…!」

いきなりぶっ飛んだ発言をしたナマエさんに僕はぎょっとした。けっこん、って、結婚って、え……?

「シュラが言ってたの、一緒にいて自分を飾らずにいれる相手と結婚しなさいって」
「そ、うですか」
「雪男くんだとぴったりだなあって」
「!」

ナマエさんが深く考えずに言っていることだと分かっているのにドキドキしてしまう。ああ、無自覚って恐ろしい。彼女の酔いも頬のピンクも消えたけど、どうやらそれは僕にうつってしまったらしい。あなたの言葉に、僕が酔ったふりをして平静を装えたらどれだけ楽だろう。



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