淡い永遠に、願い事を
満開の桜が春の風に吹かれて色のついた柔らかな雨を降らす。その中に居ると僕の感覚の全てが開いて、永遠を見つけられそうな気がするんだ。
「君は桜が好きだね。」
「カヲル君は好きじゃないの?」
「美しいけれど、君を攫われてしまいそうで、胸騒ぎがするのさ。」
「ふふ。詩人だね。…あ!」
僕が一面淡い桜色に染まった宙で掌を握りしめたら、ひとひらの桜の花弁が僕に掴まった。
「ねえ、カヲル君、知ってる?」
「ん?」
「こうやって、桜の花弁が地面に着く前に掴まえられたら願い事をするんだよ。そうしたら願いが叶うと言われているんだ。」
そうして僕は瞳を閉じた。
ーーーーー…
それは去年の春の始まりの事だった。
僕達はまだ出逢ったばかりで、手を繋いだ事もなかった。でも、僕はその白くてすらっと伸びた指先の温度を知りたかった。僕は君をひと目見たその瞬間から君の全てが知りたかった。
「桜って綺麗だね、カヲル君。」
「そうだね。でも僕は切ない気持ちの方が強いかな。」
「どうして?」
「桜は散る時、最後に何を見るのだろう、何を想うのだろうってね。」
「桜の気持ち?」
「そう、散る瞬間の気持ちさ…けれどね、シンジ君。」
君は小さく深呼吸してから、言葉を続けた。
「散ると知ってても咲いてしまう、そのどうしようもない熱なら僕にも分かるんだ。」
「どうしてわかるの?」
「君の事が好きだからさ。」
君はさらりとそう言った。春風のような勢いで。紡いだ後に君は瞬きを増やして急に焦ったような顔をする。
「…僕は散ってしまうのかい?」
君の瞳は春の木漏れ日の中できらきらと揺れていた。桜よりも綺麗だと、僕は思った。
「…カヲル君は散らないよ。僕も、君の事が好きだから。」
花弁が淡く開く時のような、君のとろけた笑顔。桜色だ。
「なら、僕達はずっと咲いたままの恋人になろう、シンジ君。」
「…はい。カヲル君。」
そうして君の指先は僕の頬に触れた。予想よりもずっとそれはあたたかだった。
ーーーーー…
一年経って、僕らはまだ手しか繋いだ事がない。だから僕はずっと願ってる。君のその春陽のように僕を優しく包み込む愛情が、いつかじりじりと焦がすような夏の陽射しに変わるのを。季節の移ろいが、欲しいんだ。
そして願いを込めてから瞳を開けば、不意打ちに君が僕の唇を攫った。
ふたりの周りに桜の雨が降り注ぐ。
夢現の曖昧なくらい一瞬の、熱。
「君は僕の恋人だよ。桜なんかに攫われないで。」
焦ったそうに瞳を潤ませている君。
「…願いが叶っちゃった。」
『カヲル君とキスが出来ますように』
← top →