絶対体感温度
第三十一話の間のふたりの物語




料理は素材の味を生かす薄味が美味しかったりする。


「誰にもすれ違わなかったよね?」

歩く寿司のネタとシャリのよう二人三脚、ふたりで折り重なり遥々とトイレまでやってきた。誰もいない間にとそそくさと、個室に入ってシンジはカヲルを背中にピトリとくつけたまま、カギを掛ける。

「ねえ、僕、どうやって手伝うのさ。」

そして振り返ったらドキッとなる。熱を孕んだ視線とかち合う。顔が近い。

「他に誰に見られてしまったんだい?」

シンジがカヲルとトイレの壁に今度はサンドイッチの中身みたいに挟まりながら、今日を逆戻しする。加持さんとミサトさんの他には、検査を担当しているリツコさんに会って、それから…

「さっきアスカにも、すれ違ったよ。」

エッチ!なんて身に覚えのないことを言われたのに、さっきからの怒濤の展開ですっかり忘れていた。あ、そういう意味だったのか、とシンジは今頃になって彼女の言葉を理解する。耳許で熱い溜め息を聞いて、目の前の悩ましい顔から目を逸らす。

「…いけないよ。こんな無防備な姿を僕以外の誰かに見せるなんて。」

悔しそうな息混じりの声。カヲルは硬く勃起したまま舐めるようにシンジを眺めている。その視線を肌で感じてシンジは肩に掛けているジャケットの裾を引っ張って、身体を隠した。

「どうして恋人の僕には隠すんだい?」

もじもじと身をよじっているシンジを見るとむくむくと育ってゆく加虐心。そのちぐはぐな態度にそそられて、

「君が好きなのは僕、だよね?」

焦れったそうに両手をドアについてねっとりと囁いてみる。すると、

「だって…カヲル君はエッチな目で見てる、から…」

弱々しく、けれどそれは誘っているようにも見える。よく眺めてみれば、まるでシンジが自分の上着に後ろから囲われているようだ。自分じゃなくて、自分の上着。そのニアミスも今のカヲルには導火線の火花になる。そっと邪魔なそれを脱がして取り上げると、やっと新しい質感のシンジが現れた。

淡いブルーに染まり滑らかにラッピングされたシンジ。艶やかなのにほんのりとマットな素材感がいい隠し味になり、彼の幼気な魅力を存分に引き立てている。少なくともカヲルには、そう見えている。

少し緊張した伏し目がちな表情。困っているのか怯えているのか。試しに透けている乳頭を指先でツンと苛めてみると、それは小さく主張して、勃ち上がった。

「や、やめてよ…!」

カヲルからジャケットを奪い恥ずかしそうに両手で抱えて、その突っ張りを隠している。どうやら興奮しているのが、正解らしい。

「そ、そんなことしてると手伝わないよ!」

そう。試作品のプラグスーツとインターフェイスでシンジのバイタルはモニターされているのだ。別室で赤木リツコ博士がしっかりとリアルタイムで逐一様子をチェックしている。だからこれ以上ドキドキしてはいけないのだ。この時間のこの心拍数はどうしたの?と聞かれて、彼氏とトイレでエッチなことしてました、なんてシンジが言えるはずもない。

「やっぱり家まで待てないよ。このまま、」

「ダメだよ!」

「少しだけ…」

「何言ってるの!」

「はぁ…わかったよ。自分でするから、僕にもっと、君の姿を見せておくれ。」

それも渋りだすシンジに、なら僕はどうすればいいんだい?と今度はカヲルも語気を強める。カヲルもだいぶ余裕がないらしい。だからシンジは上着をドアに掛けて、そんな可哀想な恋人のためにそのハレンチなプラグスーツ姿を晒したのだ。

奥ゆかしいシンジには自分をよく見せるポージングなんてわからない。なるべく意識しないようにくるりとゆっくり回ってみせた。背中を向けている途中、ジジッとズボンのチャックを下ろす音が聞こえて来たから、そのまま振り返るのをやめた。沈黙に、形のいい小尻が緊張する。さっきまでこの特務機関で威風堂々と自分の身を守ってくれた長官が今、自分のお尻を見て屹立したらしいペニスを扱こうとしているのだ。シンジは胸の奥にそこはかとなく憐憫と興奮を感じた。なんだか、切ない。心音が、早くなる。

「君は…綺麗だ…」

明らかに欲を孕んだ声の響き。思ったよりも近い声にそっと警戒心が芽生える。振り返る前に伸びてくる手。思わず自分でも驚くような湿った声が漏れ出てしまう。

「あ、」

「いつもとは違う感触だね…」

腿の内側をじっくりと味わっている。シンジは慌ててそれを払った。

「だから!気づかれちゃうって!」

「いいじゃないか。時間の問題だよ。」

ちらっと声の先を盗み見ると、頬を染めて小さくはにかんだカヲルが片手で自分のものを擦っていた。そんな恥ずかしそうなんて、意外。シンジは初めて恋人の自慰を見て、胸がきゅっと締まってしまう。自分が彼を淫らにしている。腰が砕けそう。

その時、トイレのドアが勢いよく開く音が聞こえてきた。

「あー、もうやになっちまうよ。」

「青葉さんは熱いからなぁ。」

ネルフ職員の青葉シゲルと日向マコトが仲良く連れ立ってトイレへとやってきたのだ。

「そろそろその堅苦しい呼び方やめろよ。シゲルでいいよ、シゲルで。」

「じゃ、遠慮なく。元気出せよ、シゲル!」

「いきなりフレンドリーかよ!」

ふたりの笑い声の隙間にチョロチョロと水の流れる音がする。どうやら用を足しているらしい。

「でもよぉ、利便性とか言って純真無垢な少年少女にあんなの着せるって、ネルフもどうかしてるぜ。」

「まぁ、葛城さんは機能性重視だって言って採用したそうだったけどな。」

「現に目の当たりにするとなかなか可哀想だぜ?汚れた大人がどんな目で見ているかってな。」

息を潜めて身を硬くしているシンジにまた、そろそろとカヲルの手が這ってきて、核心を弄ぶ。声が喉まで出そうになり、口を手で塞いだ。

「今日はシンジ君とアスカちゃんだっけ?どっち見たんだよ。」

「ちょっと前にシンジ君とすれ違ったんだけどよ、」

シンジの名前が出て来たとたん、カヲルの動きがピタリと止まった。

「男子だからかすげーあからさまにスケスケにされちゃっててよ。こう、かえってデンジャラスなのよ。」

「なんだそれ。」

「強いて言えば、前貼りされてセロファンでパツンと包まれちまった感じ?もう、成長途中の少年はぷるんっぷるんなわけよ。あれじゃ冬月副司令のパンツの下で冬眠中のツチノコもデンジャラスになっちまうよ。」

「お前、その発言、副司令にバレたら殺されるぞ?」

マッチョな下ネタにふたりが爆笑している側で、カヲルの熱い身体がシンジにぐいっと密着する。強引に細腰を手繰り寄せて、チャックから出ている自身で尻肉の谷間を擦りはじめた。薄いスーツの膜は官能的な質感で、そのペニスの熱さも硬さもダイレクトに陰嚢に伝えてしまう。その刺激にシンジは思わずドアに額をぶつけてしまった。

おい、誰かいるぞ、副司令だったらどうするんだよ、なんて警戒した囁き声がシンジを焦らす。必死で足を踏ん張って引き攣りそうな腰をいさめているのに、カヲルの動きは止まらない。少しずつ早くなり強くなるピストン運動に膝下がぷるぷる震えてしまう。鼻息に喘ぎが染み出る。シンジにはカヲルが怒っているのがわかった。恋人をいらやしい目で見られた悔しさも、そんな姿を隠さなかった恋人の無邪気さも、その恋人へのお仕置きをしたくて堪らない。それでふたりの関係がバレたってかまわないのだ。いい牽制になるだろう。

青葉と日向が便器の水を流してから、すぐ近くで猥褻なホットドッグが待機しているとも知らず、ちんたらと手を洗っている。その間、シンジは自分の股間が濡れているのを感じた。それが自分のなのかカヲルのなのか、わからない。声が漏れないように眉を寄せ涙目で下を覗くと、自分自身も薄い膜越しに膨らんでいるのが見えた。確かに、卑猥な光景だ。他のどの部分よりも守られている箇所なのに、普段よりもカーヴの中に肉棒が浮き彫りになっている。変に興奮を我慢してたら、涙がこぼれた。

「まあ、でもさっき加持さんがあのプラスー不採用って言ってたからな…っと、わりーな。」

「もう気にしてないよ。彼女が幸せならそれでいいんだ…」

傷心の声を最後に青葉と日向は、熱のこもった個室を残して、トイレから姿を消した。

「ん…もう、ダメ、」

「シンジ君…」

「あ、自分で、ん、するって、言った、あぁ…!」

ますます動くが激しくなってシンジの奥からイケナイ衝動が噴き出す勢いで立ち昇ってゆく。カヲルはひどく興奮して思いきり腰を突いていた。その瑞々しい弾力に理性が吹き飛ぶ。もう頭の中がめちゃくちゃだ。直接触れられないのをもどかしそうに、シンジの破けそうなほどパンパンに膨らんでいる箇所を揉みしだくと、シンジは誤摩化せない大きさの嬌声で、高く泣いた。

「あぁあ…!」

そして背筋から爪先まで突っ張らせて、内腿でカヲルを挟んで痙攣すると、ふたりは勢いよく射精した。プラグスーツはシンジの体液をもしっかりと外へ排出してから、真珠のような粒状の輝きを、滴らせてゆく。


*****


「心拍数急上昇!呼吸も不安定です!」

モニター室では赤木博士と助手の伊吹マヤが慎重にバイタルのグラフを精査していた。

「GPS座標確認、ここは…トイレですね。シンジ君は体調不良でしょうか?」

「神経パルスのモニターに切り替えて。」

「はい!」

画面上にはサイケデリックな色合いのダイアグラムが広がっている。

「脳波、活性化しています。これは…新しいですね。伝達物質グラフです。えっと、ドーパミン、ノルアドレナリン…性腺刺激ホルモン放出ホルモン…?これは…」

マヤが一瞬不潔なものを想像して眉をひそめる。

「問題ないわ。引き続き経過を観察してゆきましょう。」


*****


「絶対、何してたか聞かれるよ…どうしよう…」

ひと通り汚した所を掃除して、身体の白濁を拭いて。呼吸が安定するまでシンジは、便座のフタの上で座っているカヲルに、膝の上から向かい合わせに抱き締められていた。正気に戻ったシンジがしくしくしはじめたので、カヲルは肩を貸してあやしている。

「大丈夫だよ。赤木博士はそんな野暮なことはしないさ。」

ふたりはひそひそとそんな会話をしながらも、こんな背徳的な状況で事に及んだ自分たちに驚きながら、興奮が全く冷めていなかった。密かにさっきまでのシチュエーションに思いを馳せて、ふたりの脳はじんじんと、震えている。

「ついちゃってる…あ!ここにも…!」

カヲルの制服のズボンには拭ききれなかった精液のシミが白い模様になっていた。けれど、そんなことよりも。プラグスーツの腰あたりにもっと大きなシミがカピカピに乾いていたのだ。爪でカリカリ掻いてみても、綺麗に取れない。

「ああ、どうしよう!もうすぐ返却しなくちゃなのに…」

今度は涙も引っ込むくらいに青ざめているシンジ。その百面相を愛おしく想いながら、カヲルはシンジにやさしい声で諭すように囁いた。

「シャワーを浴びて流そう。君が体調不良だから遅れると、僕から連絡を入れておくよ。」

「でも、それじゃ僕がカヲル君といるのがバレちゃうよ…」

「別に同じネルフ職員なのだからおかしくはないだろう?」

確かに、そうだ。カヲル君は賢い。シンジは頼もしい恋人に助けられて、急に顔色が明るくなった。そのころころ変わる表情を眺めながら、カヲルの奥底ではスケベ心がむくむくと膨らんでいったのだった。


ネルフのある第三新東京市は日本でも屈指の温泉街。その広い敷地内にも源泉は湧いている。だからネルフ職員は日頃から贅沢な入浴環境にあった。鉱泉の効用の記されたプレートが脱衣室の壁にでかでかと掲げてあり、彼らを労るが如く、血行を促進させ、筋肉疲労を回復させ、余分な老廃物を洗い流す。特殊任務とはストレスの多い環境下。せっかくの源泉を大浴場やシャワールームだけではもったいない。だからそのふたつに隣接して、ネルフにはしっかりと個室のバスルームも完備されている。プライベートを保つキーロック付きの、掛け流しのひのき風呂だ。その雰囲気はなんとなく、ベテラン職員や上級職じゃなきゃ足を浸かってはいけないという、暗黙の掟があった。

シンジはそそくさと左右を確認してから空いているシャワールームへと駆け出した。こんな格好では遠くからでも「碇シンジです!」と大手を振って歩いているようなもの。幸いこんな真っ昼間にシャワーを浴びる人もなく、脱衣室から誰にも会わなかった。

「ふう。よかった…」

トイレからここまでいくつもの長い廊下やエレベーターを渡って来たのだ。スパイのような忍び足で。だから、蛇口を捻って深呼吸して、ジンジはやっと胸を撫で下ろせたのだった。

試作のプラグスーツは普段のものよりも通気性に優れていて、まるで裸で湯を浴びているように熱を感じた。なのに表面はさらっとしていて、水滴をパラパラと弾く。このはじめての質感に集中すると不思議と気持ちがいい。シンジは鼻歌を唄いながら、瞼を閉じた。

「シ〜ンジくん!」

心地好い夢から覚ますような軽やかな声。おそるおそる振り返ると、やっぱり…!裸になった恋人が、仕切りを押して個室へと入って来た。満遍の笑みで。

「ち、ちょっと!何してるのさ…!」

「何ってシャワーを浴びに来たのさ。」

地声よりも半音高く唄うような抑揚で。これは…完全に悪ノリのモードだ。

「シャワーなら隣を使ってよ!」

「つれないね。僕の可愛いシンジ君。」

そう言うと後ろからギュッとシンジを抱き締めるカヲル。ふたりの頭上に熱いシャワーが弾けている。濡れた身体は簡単にハンバーグにとろけるチーズのように密着した。あの愛おしい体温だ。とろんとしてくる。

「ねえ、ついでに入ろうよ。」

「…入る?」

「バスルーム。」

それまで新人のシンジは意識したことすらない、あの豪勢な温泉のことらしい。油断しているとどさくさに紛れて尻肉を鷲掴みにされ揉みしだかれる。それが呼び水になり、トイレでの快感が沸き立ちかけて、ぐっと呑み込む。

「カ、ヲル君、入ったこと、あるの?」

「ここに来たらあそこを使うことにしているよ。ひのきの香りがいいだろう?」

さすが、ゼーレ特別戦略顧問兼、臨戦時特別参謀長官。舌を噛みそう。

「ねえ…入ろう?」

耳許ですごく含みのある甘え声で囁かれて。シンジはもう何も考えられなくなる。気がつくとシャワーは止んで、恋人と肩を寄せ合い手を組んで、キーロックの操作音を遠くにぼんやりと聞いていたのだ。シンジだって気持ちのいいことが好き。そして甘い誘惑にすんなり流されてしまうくらい、カヲルのことが何よりも、好き。


「わあ…!すごいや!」

解除のブザーと共に自動ドアがシュッと開く。すると森の香りがふたりを包んでもわっと広がった。

「ずっとシンジ君と来たいと思っていたんだよ。」

鼻孔をくすぐるその空気を吸い込めば、すうっと肺に気持ちのいい草いきれが満ちてくる。温泉の名所に住みながら一度も温泉に入ったことのないシンジは胸が躍った。

「おいで。一緒に浸かろう。」

手を引かれて湯船へと歩み寄る。木張りの床を踏み締めて、敷居から溢れ出る掛け流しの湯を足裏に感じれば、気分は小旅行だ。

バスルームは無機質なドアの外観とは裏腹にゆったりとリラックスできる空間だった。風呂椅子や桶までひのき製。そこにネルフの粘着なこだわりを感じて、シンジは何故だか自分の父親を思い出した。

「父さんもここに浸かったのかな?」

ふふっと笑って横を見る。するとそこには寂しい笑顔の恋人がいた。

「恋人の僕よりもお父さんなのかい?」

妬けるな、なんてほとんど息ばかりの声でこぼして、シンジの手を握るカヲル。

「僕は昔ふたりで浸かった大浴場のことを思い出していたよ。君も真っ先にそれを思い出してくれると、思っていたけれどね、」

棘のある言い回し。重なる手はあの頃のよう。傷つける気はなかったのに、と瞬きを深めるシンジ。こんな時はなんて言葉を伝えればいいんだろう。するとその時、音もなく、その戸惑う唇を震える唇が、塞いだ。

ずっとずっとカヲルの奥には嫉妬に溶けたヒューズが火花を散らしていた。こうしてふたりきりでいられるのは嬉しいのに、隣りでシンジばかりを見つめている自分と、周りと繋がりの糸を巡らすシンジとの温度差に、胸が苦しい。夢中でキスをするそのカヲルの舌先からそんな火傷が伝わって、シンジは不合理な申し訳なさで身体中が痺れてくる。酸欠かもしれない。

「…はあ。ねえ、これ着たままお風呂入ってよかったかな?」

息継ぎをして何でもないようにして、とぼけてみる。そんな困った顔で笑うシンジに、カヲルは切なさを必死で愛しさに変換する。

「逆上せる前に、出てみよう。」

そしてまた口を塞いで、シンジをやさしく抱き上げて床に寝かせた。触れ合う場所から漏れる水音がふたりを煽り、もう全身がふやけるくらいに熱かった。

溢れ出た湯が釜揚げされたシンジの背中を流れてゆく。そしてカヲルの、頭をぶつけないように手のひらを枕にする気遣いと、その横で愉しそうに不思議な質感の上を這う悪戯な指先と、熱い眼差し。

「ん、」

「敏感だね。」

胸の突起に熱い舌が着地する。

「あ、ダメっ…だよ、」

「どうして?」

「だって…」

止まらなくなっちゃう、そう弱々しく囁かれたら誘っているのと変わらない。カヲルはシンジの足を開いた。

「んゃ、ねえ、」

「…これは、長官命令だよ。」

シンジは制服姿の頼もしいカヲルを思い出す。さっきまで上司に弾劾されていた自分を守ってくれたあのカヲルを。今そんな彼は自分だけを見つめてうっとりと微笑んでくれている。するとすとんと足の力が抜けてしまったシンジ。抵抗をやめて召し上がれとばかりに、その身体を見せつけた。


*****


「あ〜ん。もう、疲れたぁ。」

頭をポリポリ掻きながらミサトがモニター室に登場。

「渚君にしてやられたわ。」

「仕事中よ、ミサト。」

馴染みの愚痴口調に辟易した応答をする。けれど画面に向かう顔は変わらない。そんな態度に助手のマヤは憧れるのだ。

「フン。ゼーレを振りかざされちゃあオシマイよ。」

「あの…シンジ君はどんな様子でした?」

勝手に机に置いてあるシトラス味のガムを拝借して、くちゃくちゃと噛み出すミサト。それ、私のです、なんて部下のマヤは言えるはずもなく。

「シンちゃんは長官の渚サマサマに絆されてイチャイチャどこかへ消えちゃったわよ。」

「イチャイチャ?」

しかめっ面が少しだけニタリと笑う。

「あれはデキてるわね。」

「…!」

マヤの指が固まった。そうとは知らずにミサトはもう一つ、新しいガムの包みを剥く。

「マヤ、しっかり経過をマークして。」

「はい…!」

横で博士は溜め息を吐きながら、手元の書類にペンを走らせてゆく。


*****


「痛いかい?」

「ううん、」

しばらくまな板の鯉を味わっていたけれど、そろそろメインディッシュをいただきたい。けれど。木の板でもやはり固い。激しい動きだと組み敷かれたシンジが痛めつけられてしまう。だからカヲルはシンジを起こして四つん這いにさせてみた。

「膝が痛いかな?」

「う…ん、」

やや思案して、シンジに四つん這いからお尻を突き出させるような姿勢にする。両手を枕に横顔で見上げるシンジの足首を掴み、ゆっくりと両足を座った自分の膝に乗せてみた。目の前には視界いっぱいのシンジの桃尻。まじまじと見つめるとそれは、期待に奥の方がひくついているのがわかる。

「そんなに見ないでよ…」

浴室は間接照明の柔らかな光で明るかった。腕に顔をつけながらもごもごと抗議するシンジ。ひくひくとした割れ目に入るよう舌で舐められ、今度はピクンと跳ねながらこもった喘ぎが室内に響いた。尻の下では屹立が押さえつけられて膜を破るかのような卑猥な形状に変化している。いやらしい光景だ。

「身体は正直だね、シンジ君…」

するとカヲルは肩幅に膝をついてしゃがみ、腿の上にシンジの腰を乗せた。しなる背骨。その腰を両手で支えればシンジの爪先が地面に触れてバランスが安定する。そうしてカヲルが腰を進めればそのはち切れそうなペニスが割れ目の上を滑り、シンジの腰を上下させればその卑猥な形状を擦ることだって出来る。

「んぅっ…!」

その感触を確かめているうちに地滑りのよう、段々とスピードが早くなる。角度をつけたり腰に添えた手を広げて尻肉をぎゅむっと挟んだりして存分に肉感を味わったら、もう、止まらない。虜になる質感なのだ。この、核心には決して触れられない、届かない感じがなんとも言えず、もっと先へと突き上げたくなり、ひどく躍起になってしまう。

「あ、むふ、ん、ふぁ、ふぇ、もう、あん…!」

もどかしい。シンジ君の中に入れないのが、もどかしい。カヲルは感じ入って眉間に深く皺を寄せた。

「い、入れたい、」

「へ?」

「シンジ君、に、入りたい…」

「む、無理だよ…!」

無我夢中で腰を動かしているカヲル。シンジが横目で見上げると、我慢できないとばかりに歪んだカヲルの顔が見えた。

「シンジ君…!」

カヲルはそう小さく叫ぶと切羽詰まったピストン運動のままで、思いきりシンジの尻の割れ目を広げた。そしてその中心へとプラグスーツの薄い膜ごと挿入しようともがきだす。使徒という個性ゆえか、普段から奇想天外なカヲルの着想に驚かされてきたシンジだが、この時ばかりはこれが現実かと疑うくらいに仰天した。

「な…!んぁ、あんっ、ちょっ…!」

激しいのに、先端が入り口を触れてくるだけ。伸縮性に優れた素材がゴムのようにカヲルを弾き返してしまう。その寸止めにシンジはこの上なく興奮する。ちゃんと挿れてよ、なんて思わず叫んでしまいそうで、喘ぎ声を抑えられない。すると、

「あぁあ…!!」

弾力性のある生地を目一杯引っ張って突き上げたカヲルのペニスが、弾けるようにその膜を打ち破って、シンジの中へと勢いよく、侵入して来たのだった。

「んんぁあっ…!」

いきなり、しかも一気に挿入してきた鋭い圧迫感にシンジは苦しげに悶絶した。

「…大丈夫、かい?」

我に返ってカヲルが心配そうな声を出す。馴らされなかった割りに、最近の堰を切ったような夜の営みが功を奏して、じんじんとした痛みがあっという間に快感の色に変わる。スーツは小さな穴をカヲルの直径分押し広げているだけで、それ以上裂けることはなく、点ほどのサイズのまま、伸縮した。その微妙な加減が変に興奮する。堪らない。

「ふぁあっ…!」

カヲルが蠢くほどに、その不思議な快感は増してくる。なんで全身をプラグスーツに守られているのにカヲルに最奥まで押し広げられているのだろう。その錯覚は、カヲルが腰を引き抜いてからまたもったいぶって挿入する度に、一段と強くなった。絶対入ってくるはずがない、ともどかしさを感じた途端にぬるっと硬い圧迫感に熱く貫かれてしまうのだ。身体が無意識に気を抜いて弛緩した瞬間に突如カヲルの質量を受け入れるのは、性感の満潮と干潮とを無理やりの速度で繰り返されているみたいだった。

「んぅ、あぁ…!」

涎が垂れ流しになるくらい気持ちがいい、その絶妙な不意打ちの錯覚。シンジは小刻みに痙攣していた。その絶頂の度に内壁がきゅうっと締まって快感は連鎖する。カヲルもそのシンジの恍惚とした反応に魅せられて何度も何度もそんなことをしてくるから、ふたりは試作品のプラグスーツがモニターされていることも忘れて、長い間その快楽に身を委ねてしまうのだった。


*****


ミサトがひと通り愚痴を言い終えて退場した後のこと。モニターを分析しながら次第に事の真相に迫っていたマヤは、頃合いを見て、言及してみる。

「PEA、オキシトシン…これって、もしかして、」

「俗に言う、恋愛ホルモンの類かもしれないわね。」

けれど博士の返答は思いのほか淡々としていた。

「全て快感で分泌される物資ですね。性的興奮で…でもこれらは愛着のホルモンで…つまり、その、ふたりは今…」

「現物は無事に戻ってくるのかしらね。」

ああ、やっぱり。

「不潔…」

「あら、そう?」

消え入りそうな呟きに、博士は尋ねる。

「…ふたりは未成年ですよ。」

「14、5なら許容範囲よ。」

「…バスルームですよ、」

「それは、人生の先輩としてしっかり叱咤しなきゃいけないわね。まあ、私もたまに羽目を外すけれど。」

しばしの沈黙。そして、

「同性、ですよ…?」

「性差別して愛し合うのは生物学上、実は人類くらいなのよ。」

さらりとかわされ、マヤは複雑な顔をする。それは同族嫌悪の一種なのかもしれないが、本人は至ってそれには気づかない。そんな後輩の横顔を見つけて、赤木博士はマヤの目の前の画面をそっと、指差した。

「ほら、ここ。貴方なら何かわかるわよね?」

そこには煌々と活性化して点滅する色がある。

「…A10神経です、先輩。」

それは小さく観念した響きだった。赤木博士の眼差しに慈愛が揺れる。

「愛は、不潔?」


*****


帰り道は夕暮れの茜がアスファルトまで燃やしていた。

「バレちゃったかな。」

歩くふたりの後ろ手に、長いふたつの影が傾斜して揺れている。ネルフ近郊は主要施設がひしめいていて、こんな半端な夕刻では人通りがほとんどない。

「まあ、赤木博士に不採用を知らせたから、もうデータには関心がないかもしれないよ。」

あれからまた正気に戻ったシンジが、プラグスーツのとんでもない箇所に穴が空いてしまった事実に卒倒することになる。あまりにも恥ずかしくて、痴態を晒すくらいならむしろ怒られたいと着替えを済ませてから博士の待つモニター室に戻ったのだ。共犯というより首謀者の、カヲルもそれについていった。

「でも随時チェックしてたし、」

「彼女は彼女の仕事範囲以外には、気を留めないよ。」

そうは言っても、プラグスーツの買い取りを提案した時も妙に物分かりが良かったから、博士はやはりとうにふたりの関係を知っているのだな、とカヲルは確信をしたのだった。けれど、それをシンジには伝えないでおくことにした。

「そうだよね。リツコさんは口が堅そうだしね。」

カヲルの顔に影が差す。そんなにふたりのことを、恋人の自分のことを、隠したいのだろうか。そう思うとまたあのもやがカヲルの胸に充満した。コインの表と裏のよう、対極の感情が彼を揺さぶり、苦しめる。

「…いつまでも隠し通せないさ。」

そんなに僕らの関係は口外するにはばかるようなものなのかい?そう言う代わりに、幾重にもオブラートに包み込んで、カヲルは曖昧な言葉を漏らす。それはとてもリリンらしい哀しい響きだった。

けれど…

「でも、発表するならちゃんと自分の口から言いたいよ。」

唇を控えめに尖らせて、シンジの瞳はいつか来るだろう明日をじっと見据えていた。その横顔は凛としている。もう覚悟は、ちゃんと決めているらしい。

カヲルはその時までそんなシンジを知らなかった。シンジは出来ればずっと自分との関係を内緒にしたいのだろう、とカヲルは心の何処かでずっとそう思っていた。だから、その不意打ちの衝撃に胸を打たれる。急に黙りこくったカヲルをふと見上げると、その頬はこの燃える茜のせいだろうか、いつもよりも紅く熱く色づいて見えた。

「カヲル君?」

夕陽の輝きを瞳に宿して放心したその面影。驚いたように自分をひたすら見つめている。その端正な輪郭をじっと見つめ返していると、それは刹那、流れるように自分の方へと傾いてきた。

そして、ふたりが斜陽に染まる街の真ん中で唇を重ねたとしても、もうシンジはただカヲルだけを想って静かに、瞳を閉じるだけだった。

もしもこの瞬間、彼らの脳の中を覗けるなら、あの噂の愛のための神経が花火のようにキラキラと、煌めいていることだろう。



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