スロウ
第十五話から第十八話七篇の間のふたりの物語
「もっと、カヲルくん…」
「こ、こうかい?」
「あん!もっときて!カヲル、くん…あ!」
「シンジ君!」
「ああ!かをるくん…!もっと!おねがい…」
「シンジ君!…う!…シンジ、君!」
「あああ!き、もちい、い…あん!もっと、ちょうだい!かをるくん!」
「んん…!いくよ!シンジ、くん…!」
「ああああ…!」
ーねえ、カヲル君ってば。
「もっと!…あ!もっとこうして!…ああん!」
ーカヲル君、起きて、お願い。
「ん…駄目だよ、シンジ君…!」
「カヲル君!もういい加減にしてよ!何時だと思ってるの!」
「な…!」
あれ?シンジ君が服を着ている…
「カヲル君の…バカ!」
そう。これが僕の生理現象の始まりで、恋人のシンジ君から大変な顰蹙を買っている事態。
夢精
語感としては夏の夜の夢の妖精の様で愛らしいが、中身は好きな相手を己の欲望のままに夢の中で都合良く捻じ曲げてはいやらしい事をして射精してしまうという全く以ってグロテスクなものだ。
僕の夢の中のシンジ君はそれはそれは積極的でいやらしい事に夢中で、僕の服を無理やり脱がしてあんな事やこんな事を始めてしまう困った子。現実のシンジ君とは性格が似ても似つかない。けれど、これが僕の理想の状態なんだろう。決して理想のシンジ君と云うわけではない。ただ、思ってしまうのだ。僕を誘って一緒にいやらしい事をしてほしい、と。僕らはまだ身体を繋げた事が無い。僕は何時だって準備万端だが、シンジ君の方がまだなんだ。彼はガラスの様に繊細な心と奥ゆかしい性格の持ち主だから。僕はそんな彼だからこそ、好きなんだけれど、そろそろ身体の方が限界なのかもしれない。僕の夢精の間隔は少しずつ早まって、流石にシンジ君に申し訳なくなってきている。
ーーーーー…
だから専門外ではあるけれど、使徒である僕の生体検査を定期的にしている赤木博士に相談してみることにした。
「赤木博士、お伺いしたい事があります。」
「あら、かしこまっちゃって、どうしたの?」
「実は、性についてなんですが…」
「…続けて。」
「僕には恋人がいます。まあ、諜報部からの報告で存じているとは思いますが。」
「まあ、彼との事なら一応ね。碇司令から愚痴を聞く程度にはね。」
僕の婚活は難儀を極めそうである。
「…それで、どうやら僕の方が激しいみたいなんです、性欲が。ヒトと比べて性に目覚めた使徒の方が遥かに性衝動が盛んということはありますか?」
「…貴方ねえ、私が貴方以外の使徒、それも使徒の生殖についてのデータを持っていると思って?私はこれでも科学者ですから、データの無いものに憶測で判断なんて出来なくてよ。」
「そうですよね。すみません。」
「あら面白そうじゃない。」
敷居のカーテンがザッと音を立ててスライドしたと思ったら、赤木ナオコ博士が饅頭片手に起き上がって診察室の方へとやってきた。
「母さん!起きてたの?」
「…赤木博士…守秘義務は?」
「あら、ごめんなさい。すっかり寝ていると思ってたのよ。三徹したと言ってたから。」
「三徹くらい、常習よ。それよりも、渚君。」
饅頭を丸々口に放り込んで、ざっくばらんな大人の余裕で僕の顔を覗き込む。
「聞きたいわあ、その話。これは恋愛相談よ。生殖反応の相談ではなくってよ。」
「…そうかもしれませんね。」
「おばさんこう見えてもね、恋愛経験は物凄く豊富なの。相談して御覧なさい。」
「もう、母さん!」
いつも余裕綽々の赤木博士が困った様に眉を下げている。これはなかなか見ものだった。
「実は、恋人との性衝動の違いについて悩んでいるんです。」
「ふふ。どう違うのかしら?」
「僕は今すぐにでも性交をしたいのですが、彼の方はまだ準備が出来ていなくて。一人暮しの時は自慰を繰り返して諌めていましたが、もうすでに同棲をしているので、そんな大っぴらに自慰は出来ません。出張の際にするくらいになりました。そうしたら最近は困った事態になりまして。」
「何々、何に困っているの?」
赤木ナオコ博士は目をキラキラ輝かせてとても愉しんでいる様子だった。
「夢精をしてしまうんです。最近だと五日も空かずに繰り返してしまっていて。」
「あら!渚君は見かけに依らず元気いっぱいなのね!」
「母さん!やめてよ!」
愉快そうなナオコ博士とは対照的にリツコ博士はそんな自分の母親を見ながら耳を赤くしていた。
「まあ、諸説はあるけれど、君の場合は欲求不満なのね、きっと。一番の解決策は彼をその気にさせてあげることよ。」
「待つのではなく、その気にすると?」
「そう、その気にさせて、早くセックスなさいよ。意外と彼も溜まっているかもしれないじゃない。同じ思春期でしょ。それに臆病で真面目な子程、解放されてからは凄くなるのよ。もうそれはそれは大胆になるんだから。私みたいに。」
「もう、母さん!子供相手に何言ってるのよ!」
僕は解き放たれて大胆になったシンジ君を想像して喉を鳴らした。そして下の方が元気になり始まったので、その後はそそくさと退場する事にした。
ーーーーー…
「……ごめん。」
まだほんのり薄暗い朝焼けの中、快感後の不快な生温さに目覚めると、僕の異変に気づいて同じベッドで眠っていた君まで起きてしまった。君が僕の方へ寝返りを打ち、汗だくの僕を見つめてほんのり頬を染めている。
「…ねえ、君の夢の中の僕はそんなにエッチなの?」
「…うん。凄いんだ。色んな事をしてくれて、とてもいやらしい子なんだ…」
「……へえ…例えば?」
君は寝起きのあどけない顔で少し眉毛を上げている。呆れた様な怒った様な表情だ。
「た、例えば?」
「さっきまでの僕がどんな事を君にしてたか教えてよ。」
「…ごめんよ、シンジ君。」
「はぐらかさないで、教えて。」
「……君が、その、最初は…フェラチオをしてくれてね…それで…服を脱ぎ捨てて、僕の上に乗っかって、自分からお尻をーー」
「もうカヲル君なんて知らない。」
君は案の定怒ってぷいっとそっぽを向いて寝返りを打ってしまった。
「き、君が教えてと言ったんだろう?」
「…僕よりもそいつと遊んでいればいいじゃないか。」
「そいつって、シンジ君のことじゃないか!」
「僕はそんな変態じゃない。そんなの僕じゃない。」
「変態なんかじゃないよ、シンジ君。たくさんの恋人達がしている事なんだよ。」
僕は思わず後ろからシンジ君を抱き締めた。まだ僕の身体は熱く湿っていて、興奮の余韻で君の感触に僕の肉感が刺激されてしまう。
「君が好きだからなんだよ。君以外の人とそんな事をしたいなんて微塵も思わないんだ。ただ、最近は身体が疼いて仕方が無くて、赤木博士にも相談してみたんだ。」
「リツコさんに?どうしてリツコさんなの?」
「彼女は僕の生体データを持っているんだ。それに科学者だから、論理的にアドバイスしてもらえると思ってね。」
「何て言ってた?」
「君をその気にさせて早く性交してしまえ、と曰ってたよ。」
「それ、科学者の言葉なの?」
「ああ、この結論は赤木ナオコ博士から頂いたんだ。」
「ダブル赤木博士が何やってるのさ…それに…」
君が僕の腕の中でまた寝返りを打って僕に向き直った。
「そんな相談はまず、僕にしてよ。僕は君の恋人なんだから。」
「君はそんな話、嫌だろう?」
「でも…僕だって、いつかはちゃんと君とひとつになりたいんだから、色々考えてるんだ。」
そう言うとシンジ君は横向きのまま、上の腕を僕の腰へと巻いて、甘えるように僕に抱き付いた。その柔らかい頬を僕の胸に摺り寄せて、下の腕は僕の指先を探してそれらを見つけると弄ぶようにして絡ませた。僕も自分の身体に火が点かないようにしながらおずおずと、可愛らしい仕草の恋人を抱き締め返した。
「ねえ…夢の僕とエッチなことするなら、僕としてよ。体を触ったりするなら僕にして。」
僕は一瞬聞き間違えかと思って、目をぱちくりさせていたが、シンジ君を見下ろしたら恥ずかしそうに頬を染めて懇願するように僕を見上げていたから、僕は耐えきれずに君を添えている指を下へ下へと連れていって、その魅惑的な大腿部から臀部にかけて感触を確かめるようにして揉み上げる。
「ん…カヲル、君……」
「はあ…シンジ君……嫌かい?」
「…もっと…ちゃんと触って…」
そんな可愛らしい事を言われてしまい、僕の残熱を帯びたものはまたすぐに元気になってしまう。僕は誘惑に負けてシンジ君の部屋着を下着ごと膝まで下ろして、そのきめ細やかな素肌を指先で愛した。腿の付け根や太腿の裏、そして双丘の谷間まで優しく摩ると君のそれも素直に膨らんでゆく。
「んん…!あ…!カヲル君…!」
「シンジ君……いいかい?」
「ん…もっと、して…僕を、愛して…」
眉を寄せて切なそうに紅潮した幼顔でそんな事を囁かれたら、もう僕は我慢出来ない。既に固く立ち上がってしまった自身をシンジ君の身体に押し当てながら二人分の衣服を全て剥ぎ取って、身体を重ねた。シンジ君は嬉しそうにふにゃりと時折笑ってくれて、それが堪らず僕を煽り、もっともっと君を気持ち良くさせてあげたいのに、僕は事を抑制出来なかった。僕が甘い焦りのままに君の中に入っても、君はとても喜んで僕に微笑みかけてくれた。気持ち良さに涙をぽろぽろと零しながら僕を見つめてくれる君が愛おしくて、僕は繋がったままに君を抱き寄せると、僕等は汗と涙と精液に塗れてびしょ濡れだった。僕は快感と歓喜で感じるままに律動を早めると、君が僕の首に腕を回して、そうしてふたりは共に更なる高みへと昇ってゆく。
僕等は同時に絶頂へ達した。
初めての性愛行為だった。
初めての愛の交歓だった。
……だと思っていた。
ーーーーー…
「カヲル君!」
「…またしても僕は……ごめん…」
僕は三日ぶりの夢精をした。夢の二重の罠に嵌るとは。下着はどろどろに濡れている。今日は量が多いから部屋着どころかシーツまで洗濯が必要そうだ。このままだといずれは毎日する羽目になるのだろうか。シンジ君を夢で抱くわけだから最高に気持ちはいいが、目覚めた後の徒労感と罪悪感で君の顔をまともに見られない。いい加減シンジ君に愛想を尽かされそうだ。
「ごめん…自分で処理するから…君は先に朝食を食べていて…」
この瞬間は本当に消えてしまいたくなる。僕は疲れ切った身体を起こしながら深い溜息を吐いた。
「僕が洗ってあげるから、シャワー浴びておいでよ。」
そう言うと君は起き上がった僕の身体に抱き付いたので、力無い僕はその勢いのままよろけて、ふたりしてベッドに倒れてしまう。
「…シンジ君……」
「僕、夢精について調べたんだ。」
「…そうなのかい?」
「まだメカニズムはわからないらしいけど、疲れとかストレスとかも原因になるんだって。それと…」
シンジ君は僕の上で寝そべりながら少しだけ上体を起こして僕の顔を見つめた。
「…精子が溜まってても、ダメみたい、なんだ。カヲル君、すごく我慢してくれてるからね。だから、僕のせいだよ。今までごめんね。」
そうして首にしがみつく様に君は僕を抱き締めたから、僕は濡れたパンツも手伝ってたじたじになってしまう。
「し、シンジ君!」
「今日の夜は、君がこの前言ってた前戯をしよう。一緒に…気持ち良くなろうよ。」
僕は頭が混乱してきた。
「も、もしかしてこれも、夢かい?」
「…君は夢の中でもこんな事をしているの?」
「いや、もっといやらしい事だけれど…」
「なら、夢じゃないってわかるように、君にキスしようと思ったけれど、してあげない。」
「ええ!?いや、あんまりに僕に都合の良い展開だから驚いたのさ。シンジ君、ごめんよ、だからーー」
僕の言葉を攫う様に君は僕の唇を塞いだ。君らしい、慎ましくて可愛らしい、キス。ふわりと解ける様に唇が離れれば、真っ赤になった君がとても照れている。
「…本当の君だ……」
「当たり前でしょ…寝ぼけないでよ。ほら、早くシャワー浴びて。洗濯だって大変なんだよ。」
「君のエプロンも洗わなきゃね。」
「一番洗わなきゃなのはカヲル君でしょ。汗だくだよ。」
僕は部屋着のTシャツの色が変わるくらいに汗に濡れていた。それなのに、朝の忙しい時だとしても君は僕を抱き締めてくれるんだ。
僕は…愛されている。
それから僕は今日の夜の事を考えると堪らなく嬉しくて、つい頬を緩める度に君に嗜まれるのだった。
「カヲル君!何いやらしい顔してるのさ。ここ学校だよ?」
「…妖精パックは本当に居るのかもしれないね。」
「……はあ?」
僕はこの急展開に媚薬入りの目薬が使われているんじゃないかと思ってしまう。夏の世の夢、初めて見た人に恋してしまう媚薬の目薬。恋は盲目で性急なんだ。
「…そんなわけわかんないこと言ってるなら、これも夢の中だって言っちゃうよ。」
「いや、それだけは勘弁してくれ!」
けれど僕の心配は外れて、僕達はその日の夜にとても幸せな甘い時間を過ごすのだった。
そして僕の夢精は終わる。やっぱり現実に君を抱き締めた方が幸せだから。それを僕の身体も理解したらしい。
やっぱり媚薬を振りまいているのは君なのかもしれない。
君の正体は妖精なのかい?碇シンジ君。
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