プラリネ・ソノリティ


「シンジ君…」

「ああ!」

シンジは思わず声を上げた。それは返事とは違う。反応、だった。

「も、もう…耳元で名前を呼ばないでって言ってるじゃないか…」

そうしてシンジは耳まで真っ赤になりながら、声のした方向へと手を突いてカヲルとの間合いを取った。

シンジの友達、カヲルはそれはそれは凄い声をしていた。その声は色っぽい、いやらしい、性的、エロス、なんてとんでもない言葉を並べられてしまう程だった。女子生徒たちはこぞって言うのだ。あんな声で耳元で囁かれたら妊娠してしまう、と。

そんなまるで局所みたいに言われてしまうカヲルの声を毎日のようにシンジは耳元で受け止めている。女子たちの言葉を借りれば、シンジは公然で何度もカヲルに孕まされていることになる。これはいけない。公然わいせつ罪なんかじゃない。強姦罪で実刑だ。

シンジは今日もその余韻と戦うためにトイレに向かった。カヲルの声が耳から全身に駆け巡り電撃を走らせて、敏感になってしまった体を落ち着かせるために、今日もトイレの個室に直行。少し膨らみかけた自分のソレに思わず眉を下げてしまう。

「シンジ君、大丈夫かい?」

「…来ないでよ!」

「何故だい?僕は君の事がーー」

「あいあいあいあいあいあいあい…」

「…僕は、君のーー」

「うえうえうえうえうえうえうえ…」

「僕は君がすーー」

「おえおえおえおえおえおえおえ…」

「君がすーー」

「ういういういういういういうい…」

「ーー…」

「……。」

暫しの沈黙の後、カヲルは最後まで言葉を紡げずにしょんぼりと立ち去った。その足音はとても寂しそうでシンジの胸はキュンとしてしまうのだった。

ーだって、カヲル君の声で好きなんて言われたら、大変な事になるんだ。

シンジはまだ萎えないその熱を見下ろして溜息を吐いた。


シンジは前にカヲルに耳元で「好きだよ、シンジ君。」と言われてしまった事がある。それはもう、通常でさえ挿入レベルと評される声なのに、それをとびきり甘くオプションされてしまっては、シンジはもういきなり白目をむく絶頂の快感の与えられてしまったかのよう。だから慌てて学校のトイレで自慰するハメになったのだ。シンジはあまりの恥ずかしさに次の授業をすっぽかし、個室でしくしく泣いて過ごした。

シンジはもう既に気づいていた。確かにカヲルの声は凄まじい破壊力だが、それだけじゃない。シンジはカヲルが好きなのだ。でもそれは、シンジにとって絶対に内緒の秘密なのだった。


落ち着きを取り戻し、安全地帯をようやく抜け出せたシンジは教室に戻り驚くことになる。カヲルの鞄がない。聞くところでは、彼はさっき熱で早退したらしい。

シンジは急に胸が苦しくなる。カヲルの好きの意味はわからない。友達としてなのか、恋としてなのか。でもどちらであれ好意を寄せてくれているのだ。それをあんな失礼なやり方で遮ってしまった。僕は、最低だ。

シンジは散々悩んだ挙げ句に放課後カヲルの家に行くことにした。ワンルームマンションだ。彼に両親は居ない。

「カヲル君、シンジ、です。」

インターホンを押すとすぐに応答があった。やはりカヲルは病気ではなさそうだ。

「シンジ君…」

カヲルはシンジの訪問に驚きつつも嬉しそうに照れ笑いをした。そしてカヲルはシンジを家に招き入れ、アイスティをグラスに注ぐ。氷がカランと音を立てた。

「さっきはごめん。僕、君にひどいことしちゃったね。」

「謝る必要は無いよ。けれど…どうしてなんだい?どうして君は僕が君への愛を囁くのを嫌がるんだい?」

「嫌じゃないよ…」

「では何故さっき、僕の言葉を遮ったんだい?僕は君の事がすーー」

「あばばばばばば…」

「ーー…」

「…ごめん。」

カヲルがとても哀しい顔をしていたので、シンジは堪らずに手のひらを握りしめて、深呼吸した。今までカヲルが気にすると思って言わなかったことをついに言うために。

「…ねえ、カヲル君は、君の声を女子たちが何て言ってるか知ってる?」

「さあね。何て言ってるのかな。」

「…耳元で囁かれたら妊娠するって言ってるんだ。」

「まさか。囁いただけで妊娠するはずがないだろう。」

「それくらい色っぽい声ってことだよ。」

「…そうかな?」

「そうだよ。」

「君もそう思うのかい?」

シンジはカヲルの無自覚に呆れた。これはいけない。自分はカヲルに日常的に犯されているにもかかわらず、カヲルは自分を犯してることにすら気づいていないなんて。

「そう思うも何も、君が僕の耳元で囁いたら実際その度に僕は勃っちゃうんだよ!もう!僕だって女の子だったら妊娠しちゃってたよ!僕が男で良かったね!僕が女の子だったら君は耳元で囁いただけで責任取らなきゃいけない事態になってたんだよ!」

「それは…本当かい?」

「本当だよ!」

「君は僕の声を感じたら、それだけで勃起してしまうんだね…?」

カヲルの声でそんな事を言われてしまっては、シンジはまた体の中心が疼いて重くなってきてしまう。

「あ…だから、駄目だって…」

正直カヲルは今の今までシンジに自分の好意を拒絶されていると感じて絶望的に落ち込んでいた。しかしシンジの説明によると、そうではないらしい。むしろ、そうではないと云うよりは、つまりーー

カヲルは急に押し黙った。そしておもむろにシンジの座っていたベッドの隣に腰掛ける。シンジはそれを奇妙に思ってはいたが、もうそれどころではない。勃ち上がりかけている自分のソレに全神経を集中させていた。もじもじと身を捩り、前屈みになる。今トイレに駆け込んだらカヲルに知られてしまうのだ。ついさっきその現象を自ら告白してしまったのだから。

カヲルはシンジを眺めた。自分が好意を寄せている彼は、耳まで真っ赤にしながら自分の声に感じ入って、耐えるような顔をしている。力を込めて服を掴む指先に、息を詰めて噛み締めた唇に、涙を溜めて潤んだ瞳。その黒曜石の瞳はやはり、熱を帯びている。


「…わっ!」

カヲルは何も言わずに突然シンジを背後から抱き締めた。そして慌てるシンジをしっかり抱えてふたりでベッドに寝転がる。驚いたシンジが暴れ出したので、抑え込むようにカヲルは自身の体を彼の上に乗せて回した腕をきつく締めた。

「な、何してるの!?カヲル君!」

「…好きだよ、シンジ君。」

「ああ!」

カヲルはこれでもかといやらしい声をシンジの耳の中に出して彼を犯した。シンジの体はたちまち熱くなり、細かく震える。

「可愛いね、シンジ君…」

「あん!だ、駄目!だって…」

「おや、もう膨らんでしまったのかい?」

「ああん…!はあ、はあ……あ、…」

「ふふ。我慢しなくていいんだよ。」

「ああ…!あ!ん…い、や…」

「僕が欲しいのかい?」

「あああ!…やっ…やだ…ん、あ、あ、あ、」

「僕が責任を取ってあげるよ…シンジ君。」

「あっーー!ああ…ん、はあ、はっ…はあ……ん、」

たちまちシンジのスラックスが熱く湿った事に気づいてカヲルは自身の腕を緩めた。くたりとしたシンジを仰向けにさせると、そこにはもうメルトしてしまった愛しい恋の相手が居る。口をぱくぱくさせて激しく胸を上下させて、頬を真っ赤に目尻を濡らすその姿は、何だか既に抱いてしまったかのようだった。

カヲルはついに知ってしまった。自分には最強の武器が備わっていることを。そして彼はその武器を使わない慎み深さなんて持ち合わせてはいなかったのだ。これは、凄い。あっと言う間にとろける口溶け並の早さでとろとろにとろけたシンジの完成だ。もうとろけたシンジにはカヲルを好きだと云う気持ちを隠す余裕も理性も無くなっていた。

「カヲル、くん…すき…だ、よ……」

喘ぎ喘ぎそう告げるシンジに、余裕も理性も無くなったとろとろにとろけたカヲルが今度は暴れる番だった。とろけたふたりがマーブル模様にシェイクされる。カヲルの感じて喘ぐ声はそれはそれは凄まじいを超えた破壊力でお初のシンジをわけわからないくらいにめちゃくちゃにしてしまったのだった。


ふたりはその日に恋人になった。そしてカヲルはそれから人前でシンジへの愛を囁く事は無くなった。恋人のシンジを思いやり、その分ふたりの時間に存分に愛を囁くことにしたのだ。その声は毎日媚薬のようにシンジを気持ち良くさせたから、もうシンジは二度とカヲルからは逃れられなかった。勿論、媚薬が無くなろうともシンジには更々その気は無かった。だってシンジはーー

「カヲル君。」

「何だい?」

「今から声を出しちゃ駄目だよ。」

「何故?」

「証明してあげるよ。僕はカヲル君の声も大好きだけど、カヲルの全部が好きなんだってことを。」

ーーその声の出てくる先、カヲル自身が大好きなのだから。

カヲルのその魅力的な声で囁かれなくとも、シンジはシェイクされながらとても気持ち良くとろけてしまうのだった。カヲルはのちに知ることになる。カヲルが微笑むだけでとろけるシンジは口溶けよりも早く完成するのだと云うことを。


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