まわるボトルはきみを


キャンプをしよう、とケンスケは言った。彼はミリタリーの趣味から派生して、今やキャンプのエキスパートだ。シンジはそれを聞いて舞い上がった。そんな体験をしに父親に連れて行ってもらえた事なんて一度もなかったから。キャンプをすることはシンジの中で、死ぬまでにしたいことリストの上位だったのだ。そうしたらあっという間に人数が増えて、今の七人になってしまったのだった。


「絶対イヤ!死んでもイヤ!」

アスカはそう絶叫した。シンジは深く溜め息を吐く。

ケンスケから聞いていたのだ。この機会にトウジと委員長をくっつけようとする、ケンスケなりの友情から来る悪巧みを。

小さな火を囲んでケンスケ、シンジ、カヲル、トウジ、委員長、アスカ、綾波の順で輪になっている。パチパチと音を立てながら、橙の炎は子供達の顔をゆらゆらと照らしていた。

『ボトルゲームってのがあってな、碇。俺の目論見で、トウジと委員長をゴールインさせてやれるんだよ。あのふたり、焦れったいだろ?この機会にトウジにいい思いさせてやろうぜ。その時は碇も協力してくれるよな。』

うん、もちろん。ケンスケに耳打ちされて、シンジは何も疑う事なくそう告げた。ボトルゲームなんて知らないけれど、トウジには幸せになってもらいたい。そして皆でシンジと委員長が九割がた作り上げたカレーを食べて、片付けをして、輪になって、頃合いを見計らってケンスケがそのゲームをやろうとしたら、アスカ女王様の絶叫で、それは始まる前に終わってしまったのだ。

グビグビと緑色のボトルから炭酸を飲み干して、カヲルが助け舟を出す。無意識に。

「なんでそんなに嫌がるんだい?面白そうじゃないか。」

「アンタ、ゲームの内容を知ってるの?」

「いいや、知らない。」

「…呆れた。」

アスカは身振り手振りを添えて説明した。輪になって並んでから、鬼を決めて、円の中心でボトルを回して、ボトルの口が指した人へ鬼がキスする、十代の男女の欲丸出しのそのゲームを。

え、とシンジは内心思った。このゲームでどうケンスケはズルするつもりだったんだろう。一歩間違えればトウジや委員長が別の相手とキスをして、恋が終わる事もあるんじゃないか?

「面白そうじゃないか。一度くらいやってみてもいいんじゃないかい?」

「はあ?じゃあアンタ、シンジ以外とキス出来るわけ?シンジが他のヤツとキスしてもいいわけ?」

「まさか!そんな事良い訳がないだろう!」

「…アンタまさか…!ほらね!こういうズルしようってヤツがいるからダメだっつってんのよ!いやらしい!」

アスカは鼻息を荒くそう捲し立てた。カヲルは使徒だ。ボトルの遠隔操作くらい、赤子の手を捻る程に動作無い。自分が鬼になって、皆の前でシンジとキスをする予定だったのだ。

シンジは色々ツッコミたかったけれど、アスカとカヲルの喧嘩の間に入ると必ず怪我をするので悶々とふたりの応戦を聞いていた。ケンスケに頼まれたようにしたいけれど、どうしたらいいのやら。シンジの心配を他所に話はどんどん進んでいく。

「じゃあ、王様ゲームと混ぜようぜ。鬼を王様に変えてさ、ボトルが指した人に王様が命令するなんてどうよ?」

「だからこの人外がズルするって言ってんでしょ!ダメよ!ダメ!アンタのおともだちが貞操を失ってもいいってわけ?」

「な、何言ってるんだよ、アスカ…!」

さっきから自分ばかりが辱められている気がして、シンジはたじたじだ。

「じゃあこうしようか。シンジ君と僕が、キスをしよう。」

「どうしてアンタはそうなんのよ!」

「シンジ君と僕がキスをすれば、もう僕がズルする理由もなくなるし、僕がズルしなければ君が相田君の提案を否定する理由もなくなる。」

「あんたバカァ?第一に私がイヤだって言ってんのよ。そんなゲームはしたくないのよ!」

「じゃあ君抜きでやろうかな。僕とシンジ君で。」

「それじゃただアンタがシンジとキスするだけじゃない!もはやゲームでも何でもないわよ!」

「いや、キス以外のこともするさ。僕が王様になってシンジ君に色んな素敵なことをお願いするからね。」

「きゃ〜!変態!どスケベ!シンジから離れなさいよ!おまわりさ〜ん!」

カヲルがシンジに擦り寄っているのでアスカは慌てて立ち上がり、シンジを引っ張った。

「もうやめてよ、ふたりとも!」

シンジはもう羞恥心が気絶して、どうでも良くなってきていた。

あれ…?

「いない…」

「どうしたんだい?」「何よ。」

「トウジと委員長がいない…」

「ええ?!」

確かにふたりはいつの間にか消えていた。この先には綺麗な沢がある。月明かりと満天の星空できっと今頃いいムードだろう。

「…シンジ君、僕らもふたりきりで散歩に出掛けよう。とても素敵な場所を見つけたんだ…」

「アンタは下心丸見えなのよ!シンジは今日は私と過ごすのよ。」

「君には言ってないだろう?どうして君は僕の邪魔ばかりするんだ!」

ふたりがだんだん険悪な喧嘩を始めてきたので、シンジはそっと抜け出して綾波とケンスケの間に座った。

「ふたりとも、何か飲み物いる?レモネードがまだあるよ。」

「私、欲しい。」

「俺ももらうよ。」

そしてシンジがクーラーボックスへと歩いていく後ろ姿をケンスケは見ていた。

ー碇は桃尻だよな…

今日、沢にいる水着姿の彼を見て、初めてそう気がついた。よく見ると太腿も色っぽかった。そこでケンスケはシンジに近寄り耳打ちした。咄嗟にでっち上げた友情による悪巧みの話を。

キス出来るなら誰でもいい。好奇心からなんだ。そう思っていたけれど。レモネードを渡す友人のかわいい笑顔を見て、やはり自分は桃尻にやられたんじゃないかと、思ってしまった。

横にいる薄水色の髪の女の子、彼女も綺麗だけれども…ん?彼女がほんのり笑っている。桃尻の友人を見て、笑っている。

ー碇は魔性だなあ…

どう転んだって自分に勝ち目はないだろう。今度桃尻は盗撮して、家にでも飾るか。

そんな空恐ろしいことをケンスケが考えている目の先では、黒を挟んでオレンジと銀色がいつまでも、桃尻の彼の隣を取り合っていた。

「俺達の出る幕じゃないよな…」

「このレモネード、碇くんと私で作ったの。」

「…ええ?!」

レモネードは朝から既に仕込みが済んでクーラーボックスに入れてあったのだ。

銀色とオレンジに告ぐ。お前らの敵は他にもいるぞ。水色の策士がすぐ側に…!


ふう、溜め息を吐きながら、レモネードを片手にケンスケは転がっている緑のボトルを回した。それはいつだって何故だか桃尻の少年を指すのだった。


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