ーなぎさくん、頑張って!

ミサト先生はさっきから折り紙に集中が出来ない。おねだりされた鶴は角がよれて不細工だから、ついでにガニ股にしてしまった。案外受けが良くて、女の子はその卑猥な足をした折り鶴を手に持ちぬいぐるみたちのお茶会に相席させてやるみたいだ。

ーああん、焦れったいわねえ!

ミサト先生は折り紙をくしゃりと握り潰した。

この幼稚園の先生たちの間で名物になりつつある園児ふたり、なぎさくんとシンジくん。ふたりは当人たち曰く恋人同士らしいが、ややなぎさくんの方がおませなのだ。

「おとなのきす?」

「そう、おとなのキスさ。」

「きすってなあに?」

「チュウのことだよ。」

「わあ!…ネズミさん?」

なぎさくんはさっきからずっとシンジくんを口説いているけれど、話が噛み合わない。この三十分、ずっとキスの話をしている。しかも大人のキスの話を。なぎさくんはもう手をつなぐだけじゃ我慢ならないらしい。

シンジくんは至って普通の反応だ。恋人とわけもわからず認めてしまったけれど、同性のお友達に、キスしよう、おとなのキスだよ、気持ちいいよ、なんて突然言われても頭がこんがらがるなんて大人になっても当たり前だ。シンジくんがキスが何かをわかっているのかさえ疑問だが。

「ほら、これをくちでするんだよ。」

ちゅっ

なぎさくんはシンジくんのまあるいほっぺたに軽いキスをした。

「ふふ。くすぐったいよお、カヲルくん。」

りんご色に頬を染めてとろけたようにシンジくんは笑っている。

ー面白いことになってきたわね…

ミサト先生は、ある意味なぎさくんを尊敬していた。最初は小さな子供同士のじゃれ合い程度にしか見ていなかった。けれどなぎさくんとシンジくんの関係はそれとはまた違うのだ。何というか、エロいのだ。手を握る仕草や耳元で愛を囁く首の角度や、君だけしか見えないと言うような優しい瞳。それは大人のミニチュア版のようで、いやらしい。だからミサト先生は今日も夢中で観察するのだ。まるで昼メロにテレビの前で食い入るように、鼻息も荒くなる。

ーそこはほっぺたじゃなくて口で実演しなさいよ〜!

なぎさくんが説明している。今の頬にしたものがキスで、それを口と口でするのが好きのキスで、舌と舌だと大人のキスになるという。

ー舌と舌…!

つまりなぎさくんはシンジくんと舌と舌でキスをしたいらしい。まだ五歳じゃないか。シンジくんはペロリと舌を出してみせた。そして可笑しそうにクスクス笑う。

ミサト先生は舌でキスをしたいというスーパー五歳児なぎさくんに感心した。そして最近ご無沙汰な自分の最後の履歴を辿る。あの無精髭は元気なのだろうか…

ーとか言って、舌と舌をつつき合わすとかじゃないでしょうね〜。

「せんせい、がにまたづるぼくにもおって!」

「ちょっち今忙しいから後でね〜。」

「ええ!?」

昼メロはクライマックスへ向かっているのだ。なぎさくんがシンジくんの両肩に手のひらを乗せている。

「ぼくはきみのことをあいしているよ、こころから。」

「ぼくもきみのことをあいして〜るよ?てへぺろ!」

ーヤバイわ!シンジくんの集中力が切れてる…!

シンジくんは遊びスイッチがオンになってしまったらしい。なぎさくんは判断を誤った。説明の時間を削っていい雰囲気のうちにぶちかませば良かったものの、愛が崇高で優しい手順を踏んでしまった。詰めが甘いのは彼の公式設定なのか。

「シンジくん…あいしてるということばはね…」

「ねえ、がにまたづるがかめさんのおしりにのってるよ!ふふ。」

「もう!シンジくん…!」

なぎさくんは向かい合って座っているシンジくんを抱き締めてキスをした。首の角度をつけて波のように唇を合わせて、頭を気遣いながら優しくシンジくんを寝かす。その間も唇は深く吸い付くように動き、教室には小さな水音が園児たちの騒ぎ遊ぶ日常の生活音の中で一際異彩を放っていた。なぎさくんはシンジくんの体をピタリと密着させるように力強く抱いている。なぎさくんのその行為を全身で受け止めて、頬を染め上げて熱っぽく瞳を潤ませているシンジくん。

「…さあ、みんな!お昼寝の時間よ!お片づけしましょうね!」

現実世界でモザイクは掛からない。R指定も付けられないのだ。明らかになぎさくんとシンジくんとのそれは発禁モノだった。ミサト先生は一応これでも教育者だ。自主規制は心得ている。

ーこの子達、将来が楽しみだわ…


ーーーーー…

「ねえ、カヲル君、大人のキスしようよ。」

「君はいけない子だね。幼稚園の真ん中で先生が大人のキスだなんて。」

「まだ先生じゃないじゃないか。四月からだよ。それに今日は休園だし、ここは校庭だからギリギリセーフ!」

「ふふ。君からおねだりだなんて、珍しいね。」

「だってここは僕らの初、大人のキスの場所だから、聖地巡礼みたいじゃない。」

「君はあの時やんちゃでなかなか僕にキスさせてくれなかったね。」

「それはまだ、大人のキスの味を知らなかったからだよ。」

「君はあのキスで僕を好きになったのかな?」

「まさか。僕らはあの時既に恋人同士だったじゃないか。僕はあのキスで…」

シンジがカヲルに顔を二センチの隙間を残して近づけた。

「君の虜になっただけだよ、カヲル君…」

桜の吹雪く運動場で、青年ふたりのシルエットがピタリと瞬時に重なった。

「…前より随分巧くなってやがるわ…」

そんな卒園生たちを、園舎の窓辺で見守っているミサト園長先生なのであった。


おとなのキス?

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