夜間飛行シルエット


「今日は…ごめん。」

ああ、この言葉から全てが始まったんだ。

僕とシンジ君は既に七日も事に及んでいない。つまりは、そう、恋人同士の愛の営みだ。何故かはわからない。予兆もなく、それは始まった。

一日目。突然のお断りにも、愛があるなら大丈夫。

「具合が悪いのかい?僕の事は気にしないで。ゆっくり休むといいよ。」

二日目。悪夢のデジャヴに表情筋がつりかける。

「謝らないで。気分が乗らない事もあるさ。」

三日目。少し拗ねてみる。

「僕は君とひとつになれなくて、寂しくて死んでしまいそうさ。」

四日目。これは愛の試練なんだと何故か燃えてくる。

「僕はどんな事だって君の為に耐えてみせるよ。」

五日目。元気が無くなる。

「…そう。僕も、目の前が暗くなって来たから、今日はもう休むよ…」

六日目。妙なテンションになる。

「ふふ。君は僕を虐めるのが得意だね。なんだか反って気持ちがいいよ。」

七日目。流石に少し心配になる。

「…何か訳があるのかな?僕は君に何か悪い事をしたかい?」

『まさか…ただ、何となく、ダメなんだ。』

特に理由はナシと来た。絶望よ、こんにちは。

僕は始めての事態に当惑している。求めればいつも受け入れてくれる。君はいつもそうしてくれたのに。下半身もそろそろ限界だ。溜まるものは溜まってしまう。吐き出す先は君の中にしかないと言うのに。僕の頭の中では天使と天使が緊急召集宜しく会議を始めだした。

「…これは、愛の翳りと云うものじゃないかい?」

「まさか、シンジ君と僕に限って、そんなことはあるはずないさ。」

「言い切れるかい?特に理由はないのに抱かれたくないなんて、非常に危険な香りがするよ。」

「…シンジ君は繊細なのさ。使徒である僕等には想像もつかない悩みを抱えているに違いない。」

「だとしたら、どう解決する?君、下の方がもう限界なんだろう?」

「正直、昨日はシンジ君が溜め息を吐くだけでも勃起したさ。」

「…それはなかなか重症だね。やはり解決を急がなければ。」

「正攻法で行こう。やはり話し合いが一番だ。」

「そんなことで解決してたら七日目の時点で解決だろう。」

「…やはりその気にさせてあげるのがいい。欲求を昂らせてあげれば、自然とそういう流れになるさ。」

「君は七日間で少しもその努力をしなかったのかい?」

「まさか!ありとあらゆる手段を使って色気を振りまいてきたさ。普通の女子なら既に気絶している。」

「…なら駄目じゃないか。」

「…媚薬を使おう。」

「唐突だな。」

「確実で効果的だ。間違いない。」

「いや、間違いどころか、バレたら百万年の恋もついに終わるぞ。」

「…睡眠薬ならバレにくい。寝ているうちに途中まで済ませておけば、後は流れるままにさ。」

「…それはただの犯罪だ。」

「シンジ君が恋しいんだ!」

「ああ。あの絶頂の時の愛らしくも儚い表情を一週間も見てないなんて、S2機関を備えていても死んでしまうな。」

「恋は盲目と言うだろう。シンジ君はきっと許してくれるはずだ。僕が死ぬより身を捧げるさ。」

「…我ながら随分身勝手な憶測だが、確かにそうかもしれない。シンジ君の母性は聖母級だから。」

「そうさ。睡眠薬と媚薬を上手く使ってベッドに縛りつけたとしても、彼ならきっと許してくれる…!」

「犯罪のレベルが上がったが…もう何も言うまい。頑張れ、僕。」

「…シンジ君、待っててくれ!今行くからね…!」

そうして僕は秘密道具を忍ばせて、八日目の今日、シンジ君の待つ我が家へと帰宅した。高鳴る予感に下半身が疼き出す。

「ただいま、シンジ君。」

「お帰りなさい。ふふ。どうしたの?顔が赤いよ。珍しい。」

「ち、ちょっとランニングしてきたのさ!熱い熱い。」

「変なカヲル君。シャワー浴びてきたら?汗だくだよ。」

「そ、そう、だね。そうするよ。うん。」

僕はこの上なく緊張した。これから起こることに既に罪悪感が芽生えだしたが、下半身はもう止められそうになかった。シャワーを浴びて、意を決してリビングへ向かうと、そこには何故かご馳走とリボンを首に巻いて恥ずかしそうにちょこんと座っているシンジ君。

「…し、シンジ君!?一体どうしたんだい…?」

「…お誕生日おめでとう、カヲル君。」

「ええ?…あ。」

カレンダーを見てみたら、今日は九月十三日だった。

「ありがとう。シンジ君。覚えていてくれてたんだね。僕はすっかり忘れていたよ。」

シンジ君に夢中すぎて。この言葉を飲み込んで、僕の罪悪感がポケットに忍ばせた粉薬を奥へ奥へと隠していた。

「…それでね、カヲル君に前聞いたでしょ?プレゼントのこと。」

僕は十日前のピロートークを脳内で再生した。

『ねえ、カヲル君。もうすぐ誕生日だよね。何か欲しいものある?僕考えてるんだけどカヲル君の好みって難しい。』

『ふふ。簡単だよ。僕は君が欲しい。君しか要らないのさ。誕生日はね、ずっとふたりでこうしていたいよ。』

『あ…!それじゃいつもと変わらないじゃないか…あん!』

こうして僕等は二回戦目に突入した。過去の自分が羨ましい。

「そうだね。僕は君が欲しいと言ったね。今でもその気持ちは変わらないよ。」

変わらないどころか、高まる一方なのさ…

「うん、それでね…加持さんに相談したんだ。」

「加持リョウジに?」

「恋愛相談出来るの加持さんしかいないから。それで、ね…」

シンジ君が真っ赤になって俯いた。

「お預けがいい、って言われて。空腹は最高のスパイスだって。」

僕は頭が真っ白になった。この展開は…

「だから、誕生日まで、我慢してもらったの。その方が、きっと…特別になるって加持さんが言ったから…」

「…愛の翳りじゃなかったのかい?」

「愛のカゲリ?…まさか!僕だって必死で我慢してたんだよ。カヲル君がすごい誘ってくるから、何度も誘惑に負けそうになったんだ。」

そう言うとシンジ君は熱っぽい瞳で僕を見つめた。

「だから…早くこのリボンを取って、カヲル君。僕も我慢の限界だよ。早く誕生日プレゼントを受け取って。」

僕はもうそれからは野獣のように暴れ狂ってシンジ君を貪った。空腹がスパイスになったのはシンジ君も同じだったらしい。僕がどんな事をしても甘く甲高い嬌声が部屋いっぱいに広がるのだ。僕等は何回戦にも及んで、最後は絶頂に至っても何も出るものがないままにシンジ君は気絶したのだった。

九日目の昼下がり。洗濯をしているシンジ君と後片付けをしている僕。

「カヲル君、ズボンのポケットに何か入ってたよ。これなあに?」

「いや…!何でもないよ!はは。ゴミさ、ゴミ!捨ててもらって構わないよ!」

僕は昨日の自分の犯罪心理にこれでもかと殴ってやりたい。けれどもしも過去に何かを伝えられるなら、これだけは言ってやりたい。

空腹は最高のスパイスだ。
気持ちが良すぎる。


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