Water & Daylight


知覚過敏。その甘美な響きに今日もカヲルの笑顔は深まってゆく。ちかくかびん。ほら、かわいらしい。

常夏の蒸し風呂のような昼下がり、その言葉から全ては始まった。

カヲルはその高踏的な性格ゆえ、型や名を別段気にせず生きてきた。例えば碇シンジとの事。その関係を言葉でくくろうとはしなかった。

何故だろう、触れ合いたい。抱き締めて大切に胸にしまいたい。名前を呼びたい。その手を取って何処までも歩いていきたい。

その行為に親友という名が似合わないなら、僕はいらない。

運命、とは思った。愛方、という曖昧な定義は適している気もした。けれど、シンジから伝えられる、大切な友達、という言葉を気に入ってもいた。

総じて熟考し帰結すれば、名のない関係。それでいい。

それでいい、はずだった。


「知覚過敏なんだ、僕。」

この台詞をカヲルはずっと忘れないだろう。

「じゃあ、食べられないかな?」

「そんなことないよ。いつもこうして食べるんだ。それでだんだん柔らかく溶けてきたら、かじられるから。ありがとう、カヲル君。」

たまたま目にしたアイスキャンディ。露店に薄い水色の氷菓子を見つけたカヲルは、ふと思った。灼熱に焼かれて下校しているシンジは、それを食せば冷たさに笑顔になるだろう。カヲルの好きな幼くて可愛らしいあの笑顔に。

そして今、棒状の冷たい塊をシンジは丹念にしゃぶっていた。火照って頬を紅潮させた少年の体は、激しく冷気を求めている。

知覚過敏の人間の、アイスへの想いは深い。食べたいのに食べられないそれを唇を使い舐めとる。必死で舐めとり柔らかくする。そうして歯の少しの圧力でもパラリと砕ける程になれば、エクスタシーが待っている。口に広がる冷たさに顔を歪めながらもしゃりしゃり食べるその感触は、快感だ。焦らされただけはある。

初めてそうして食するシンジを見た時、カヲルは夢中で見入っていた。何だろう、この疼きは。陽炎を湛えたアスファルトでさえも涼しい顔して歩く彼の体感温度は急上昇する。生まれて初めて頬が火照る熱さを知った。

「カヲル君、何してるの?熱いなら早く食べなきゃ。」

木陰の中、すっかり舐めとった棒を片手にシンジは無邪気に笑っている。冷たさに赤くほんのりと腫れてつやつやに濡れた唇。カヲルの手から手つかずのアイスは虚しく形状崩壊し、ぐしゃりと地面に零れ落ちた。

分岐路でシンジと別れたカヲルはそれからすぐにアイスを買いに走った。色とりどりの棒状の凍ったキャンディ。カップタイプは買わない。知覚過敏に優しくない、なるべく固そうなものをレジカゴへと放り込む。

何故だろう。もう一度、あの姿を見たい。あの姿を、堪らなく、見たい。

次の日、シンジはカヲルの部屋でそれを食した。今度はグレープ味だった。

もう一度。

ピーチ味。

もう一度。

パイン味。

そしていつしかそれは日課になってしまっていた。

「毎日もらってたら、悪いよ。」

「いや、僕が食べて欲しいんだから、気にしなくていいんだよ。」

「でも最近は僕ばかり食べてるじゃないか。」

「僕はこれでいいんだ。」

手にはペットボトルのスパークリングウォーター。

「よくないよ。これじゃあ僕、食べに来てるみたいだし。お金払うよ。」

「そんな寂しい事言わないでおくれ。僕が君にそうしたいのに…いけないのかい?」

「いけないなんて、そんなこと、ないけど…ありがとう。いただきます。」

そうしてシンジは困惑しながらもメロン味の棒をちゅるちゅるしゃぶったのだった。

カヲルは言い知れぬ恍惚感とすんとしなる罪悪感に揺れていた。とくんとくんと心臓が暴れ出す。この状態についてカヲルは知ろうとしなかった。名を知ろうとしなかった。

何故だろう。肌に触れたい。唇に吸い付きたい。裸と裸で抱き合いたい。僕の性器も…しゃぶってほしい。

カヲルは知るべきだった。それはただの性欲だ。

「あ、」

カヲルは堪らずシンジを抱き寄せた。カランと湿った木の棒が床に落ちる。

シンジはカヲルの触れ合いには慣れきっていた。出逢った頃から手に触れ、頬に触れ、髪に触れ、自分に友情を伝える純真で大切な友達。けれども最近様子が少し変なのだ。自分を抱き締める体が熱い。ほんの一瞬唇が首筋を掠めたり、舌がこめかみに触れたりする。昨日のカヲルは息が熱くて荒かった。

「シンジ、君…嫌かい?」

「嫌、じゃ、ないけど…友達同士で、こんなこと…普通、しないよ…」

カヲルは今日も息が荒い。しかもピタリと体を密着させて、今日は小さく腰が前後運動まで始めている。

「か、かをるくん!何してるの?!」

「ん…君と僕は友達、なのかい?」

「え?」

シンジは目を見開いた。今まで何も考えずにそう思っていたけれど…

「…わからない、よ…カヲル君は、どうなの?」

カヲルはシンジの首に顔を埋めていた。前後に腰を動かす力は強くなり白い指先がシンジの尻に食い込んでいる。

「かをるくんっ!」

「シンジ、君…僕は……」

カヲルはそこでやっと考えた。僕にとって、シンジ君は、何なのだろうか。

「僕は…」

固く勃ち上がり始めている自身に、想う。もう大切な友達は、嫌だ。名のない関係、それも、嫌だ。

「僕は、シンジ君と…性交、したい。アイスみたいに僕の性器を、しゃぶってほしいんだ。それにはどんな名の間柄がいい、かな?」

カヲルは一歩進むべき所でホップステップジャンプをして大空へと高く飛び立った。大空の先には顔面蒼白で表情筋を引き攣らせたシンジがいる。

「……カヲル君、色々な段階を端折ってるよ…」

「え?」

カヲルは高踏的な性格ゆえに、その段階がわからない。いや、ただの馬鹿なのかもしれない。

「…まずね、君が好きだって、言って…」

「それは毎日言ってるじゃないか。」

「…僕と付き合ってください、って言うのが、いいと、思う…」

「君が好きだ。僕と付き合ってください。」

「ええ?!あ、あん!ちょっと、待って!ああん!かをるくん…!」

そうしてシンジはアイス代を高く支払うハメになったのだった。

今日も日本の夏は暑い。


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