その指先は僕のものだ…!

渚カヲルは心の中でそう叫ぶ。表情は至って穏やか。ぴたりと貼り付けた爽やかな笑顔。

その指先から触れられるのは希少。身体がぶつかりそうな時。物を手渡す距離を見誤った時。塵でも髪に付いている時。シンジの指先とはそういうものだ。

カヲルはあらゆる偶然を装いそうしてシンジに触れてもらう。その努力が報われ、その奥ゆかしい指先を感じた日には眠る前に呟くのだ。今日は幸運だった、と。

それなのに目の前の白いもふもふとした生物は、それはもう身体中を手のひらで撫でられて指先で擽られて、さっきから踏ん反り返った不細工な顔でカヲルに視線で語るのだ。

俺はなんの努力もなしに、触ってもらえるぜ。かわいいからな。

「猫って可愛いね、カヲル君。」

「…そうかな。」

シンジは膝の上のぷっくりとした長毛の白猫に夢中で気がつかない。側に居るカヲルが今まさに苦々しく歯軋りをしているのに。

「リョウちゃんかわいらしいでしょう?あの写真もなかなかだけど、実物はもっと素敵でしょう?」

ここは赤木リツコのマンション。名前を呼ばれたその猫は彼女の机上に写真として置かれていた。シンジは偶然それを見つけて、可愛いですね、とそうひと言。その展開を猫好きは待っているのだ。なんてったってうちの我が子は世界一!だから。

『今度うちにいらっしゃい。実物を見せてあげるわ。』

同志にはガードが緩む。猫好きに悪い人はいない。泣きぼくろがニコリと笑う。

そしてシンジはカヲルを誘って赤木リツコの部屋まで来た。その白猫に会うために。カヲルはどんな目的であれ、シンジと一緒なら嬉しかった。この光景を見るまでは。

「可愛いですね!毛が綿あめみたいにふわふわで!いつまでも触ってたいですね。」

「…あまり触っていると危ないよ、シンジ君。猫は肉食だからね。」

「あら、失礼ね。うちのリョウちゃんはお行儀がよろしくてよ。」

「カヲル君も触ってみなよ。ほら。」

シンジのキラキラ輝く瞳は裏切れない。カヲルは渋々その白い毛の塊に指先を伸ばす。

フーッ!

シンジに対してゴロゴロ鳴らしていた喉からは想像もつかない程の、威嚇。流石のカヲルも苦笑した。シンジと居る時、他人に対する己の姿は外野からはこうも滑稽に見えるのだろうか。

「あら。リョウちゃんは賢いから人を選ぶのね。おいで。」

シンジの膝にいた白猫はご主人に抱かれて元の鞘に収まった。

「大丈夫?カヲル君。」

その愛しい指先が自分の手を取り小さく撫でると、もうそれだけでカヲルの胸はとくんと高鳴るのだった。


ーーーーー…

「シンジ君…」

あれから少しだけお茶をご馳走になって、ふたりは帰ることにした。その道すがらでシンジはカヲルの家に行く。カヲルがその手を離さないから。

シンジはたまに考える。このふたりの関係は友達なのだろうかと。やたらスキンシップの多い親友に、最初は外国の習慣のためだと思っていた。けれどカヲルはシンジ以外には一切触れない。その指先はポケットにしまわれる。何故だろう。

そして部屋に着いた途端、猫なで声で自分を呼ぶのは、何故だろう。

「何?カヲル君。」

「僕は猫になりたい…」

「…はい!?」

シンジは仰天した。あの、自分の知る限り世界一かっこいい、あのカヲルから発せられたセリフのはずがない。そんなはずが。

「僕は猫になりたい。そうしたらシンジ君にたくさん触ってもらえるからね。」

シンジは更に仰天した。平常時でも摩訶不思議な目の前の親友はついに異星人へと進化を遂げたらしい。君が何を言っているのかわからないよ、カヲル君。

「…僕を猫だと思ってごらんよ、シンジ君。僕は今から君がいつまでも触っていたいふわふわの猫さ!」

「えええ!?ちょっと…」

カヲルが銀髪を猫の毛に見立てているのか、いきなりシンジに頭から擦り寄って抱きついてきたから、シンジは目をチカチカさせて硬直した。指先が宙でにぎにぎと動いてしまう。

「…にゃん、って言ったら撫でてくれるのかい?」

「いやいやいや…!」

思わず強く声が出た。切なく見上げる赤い瞳。にゃんにゃん言うカヲルを想像した途端、全身から嫌な汗が噴き出す。

「カ、カヲル君!な、何をしているの!」

「僕はシンジ君に触って欲しいんだよ。あの猫にはしてたじゃないか。」

カヲル君はどうかしてる。シンジはそう確信したが、相手は手強い。一歩も引く気がしない。シンジはしばらく長考する。

「…カヲル君は、あの子みたいにしてほしいの?」

「そう。」

「…うん、わかった。」

そういうとシンジは抱きつくカヲルをおもむろに引き剥がすと、ぺたりと床に正座した。

「おいで、カヲル君。」

上目がちに頬を染めたシンジにそう呟かれたら、カヲルはマタタビを見つけた猫のように節操なくそのお膝元に飛びつくのだった。


膝枕ーーそれは全男子の憧れの感触。

カヲルはうっとり目を細めて頬を染めていた。膝枕に頭を預けたら、その待ち焦がれた指先が自分の髪を愛おしそうに撫でている。気持ちいい。

シンジはまるで幽体離脱したかの如く、客観的視野で己の母性を確認した。そしてこの異様な光景を決して深くは考えないようにと自分に言い聞かせた。

あ、

しばらくそうしていたら突然、全ての答えに行き当たる。目の前の親友のスラックス、社会の窓が…わかりやすく膨らんでいた。

あ、

そうしてシンジは答えの先まで理解した。そんな親友を見ても、驚くよりも納得した自分がいる。ほっとした自分がいる。

ーー。

「…カヲル君。猫になりたい、じゃなくて、甘えたい、とか膝枕して、とか言ってもらえたら、僕…してあげられるよ。」

シンジの優しい声の真意に気がついて、カヲルは耳まで桜色にした。恥ずかしそうに身を捩り、前を隠す。けれどーー

君は嫌じゃないのかい?

はっとしてカヲルがシンジを見上げたら、頬を染めながら紺の瞳は優しく優しく微笑んでいた。

「…シンジ君……」




「……僕と交尾しよう。」

タガを外した親友もどきは発情期になったらしい。恍惚と輝きながら舌舐めずりをしている笑顔に、その指先は思わずくしゃりと銀髪に埋まる。


渚カヲル、それは全く節操のない猫だった。


おねだりねこは鳴けない

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