「あったあった。これだよ、これ!懐かしいパッケージ!ツイスターやろうぜ、ツイスター!」
「ねえ、だから、ツイスターって何?」
「なんやセンセ、ツイスターも知らんのか。」
「僕も知らないから是非教えてほしいな。」
「ほら、カヲル君も知らないんだから全然ポピュラーじゃないじゃないか。」
ただいま三バカトリオが四バカカルテットになって相田ケンスケの家に集合。夏休みに暇を持て余した気怠い中学生たちは、陽射しの照りつける海だのアスファルトが炎上中の街だのまっぴらごめんとインドアに落ち着いた。グラスに麦茶、手にはコンビニスナック、ガンガンに回された空調にまどろみながら、漫画やテレビゲームにも飽きてきていた。氷が溶けて麦茶が薄い琥珀色に変わる頃、トウジが思春期真っ最中のエロトークを始めたあたりから、この話題。女子とツイスターを今やったら最高だ、というひと言からトウジとケンスケは盛り上がって、押し入れを掻き分けて埃を被った例のブツを発見すると、宝を見つけた海賊のようにはしゃぎ出す。
シンジとカヲルは内容がわからずにただ黙って行く末を追っていた。正直カヲルはシンジの前でいやらしい話をされると全力でそのシンジの可愛らしい耳を塞ぎたくなったが、実物があるなら話は別だ。俄然興味が湧いてくる。何故ならカヲルはずっと前から想いを寄せるシンジとそんないやらしいゲームがしたかった。思わぬところでチャンス到来だ。
「ポピュラーだよ。ただドイツと碇んちは統計外だったみたいだな。」
「失礼だなあ。」
ケンスケがバサッと色の並んだビニールシートを広げると、トウジは既にカラフルなルーレットの針をくるくる指で弄っていた。
「ルールは簡単!順番にそのルーレットが指した場所に手足を付くだけだよ。右手の赤とか左足の黄色って具合に。倒れた方の負けさ。」
「そん時に対戦相手と無理な姿勢で密着したりすんのや。前屈みになったり、股を潜ったり。女子とやってみ。エロいやろ?」
カヲルはシンジのお尻を見つめて人知れずごくりと唾を飲み込んだ。
「まあ、俺たちがレクチャーするよ。見りゃわかるから。」
そう言ってケンスケ対トウジのゆるいバトルが始まった。なかなかそれは盛り上がって、もう少しの所で左手が届かずにトウジは無残にもくねくねに絡まった姿勢でシートの上に崩れ落ちた。ケンスケはそのトウジの背中を踏みしめてナポレオンのように勝利のポーズを決めている。
「面白そうだね!僕たちもやろうよ、カヲル君!」
「え?」
カヲルは変な声を出した。たった今カヲルの頭の中の妄想と現実がデジャヴしたのだ。シンジと体を密着し合う絶好の口実が目の前に。こんなゲーム、誰が考えたんだ!
「負けた方はアイス奢れよな。」
「ええ!?じゃあトウジも奢れよ!」
「…しゃあない。男が戦に負けたんや。ワリカンしたる。」
トウジはやけに男のなんたらに拘る奴だった。それを聞くと中性的なシンジにも男の闘志が燃え上がる。なんてったって相手はカヲルだ。唯一無二の親友でもあり憧れでもある。何においても負けてる感が半端ない日頃を考えると、こんな簡単なゲームくらいは勝ちたいと思ってしまう。
「カヲル君、手加減なしだよ。負けないからね。」
「ふふ、望むところさ。」
不敵な笑みを浮かべるカヲルも負けられなかった。負けたらゲームが終わってしまう。
ジャンケンでシンジが勝って先攻を選ぶと、トウジが試合開始のゴングに見立て、麦茶入りのグラスをペン先で叩いた。
「スタート!最初は…右足の緑!」
さくさくとゲームは進む。シンジとカヲルは向かい合ったりしゃがんだり、簡単な動作が続く。
「あ!今突ついたね、カヲル君!このっ!」
くすくすと笑うカヲルにお返しと突き返すシンジ。ふたりはいつも以上にじゃれ合って背面にお花畑が広がっている。
トウジは思った。脳内でカヲルとシンジを自分と委員長に変換しよう。じゃなきゃ、なんだこの男同士のいちゃコラは。
そしてツイスターの醍醐味をルーレットはついに指す。こんなところ届かないよ、な無茶ぶりを。
「カヲル君、押さないでね。ズルはなしだよ。」
そう言うとシンジはカヲルの股を潜る。少しだけ頭が擦れる。
「今のは、ズルかな?」
「違うよ、ごめん。」
おかしそうにシンジが笑う背中の後ろでカヲルの頬は少し色づく。ふたりは四つ足姿勢で体を重ねていた。シンジが思いきり手を伸ばしているのでお尻がつんと上を向いている。眺め良好だ。
「ハイ、渚、左手青〜。」
「シンジ君、じっとしててね。」
カヲルはぐっと左手を前に伸ばした。その指先の第一関節がピタリと青い丸に触れる。ふたりの体は隙間なくくっつき、覆い被さるカヲルの下腹部はシンジのお尻をぐっと圧している。
「カヲル君、重い…」
「もう降参かい?シンジ君。」
カヲルがニヤリと意地悪く笑ってぐっぐっとシンジの体を押した。シンジはよろけそうになり、あっと小さく叫んで踏み止まる。
「カヲル君!やったな!」
負けじとシンジがお尻をきゅっきゅっと高く上げて応戦すると、ちょうどカヲルが夜な夜なそのお尻の持ち主の名前を呟きながら扱くそれが気持ち良く擦れてしまう。う、とカヲルは小さく呻く。夢のようないちゃつきゲームは一瞬にして悪夢の拷問と化す。今秘めた万年の想いをこんな形で知られたら大変だ。カヲルは全身全霊で考えた。たまごかけごはん、たまごかけごはん…僕の嫌いなたまごかけごはん…
「次碇〜。お、ヤバイな、右手の青。」
「げ、最悪だ。カヲル君、絶対押さないでね!」
カヲルの左手がちょうど邪魔をしていて、シンジが右手を付く為にはかなり無理な姿勢となる。ぐぐっと体を折って捻って目的の場所へ指先をピンと伸ばすけれど、ぷるぷると力を込めてもなかなかそれは届かない。
「ついに降参だね、シンジ君。そこは流石に届かないよ。僕の勝ちさ。」
「うるさいよ、カヲル君!勝負はまだこれからだよ!」
シンジはありったけのストレッチ力で体を曲げてお尻を上へと突き上げた。もう少しで届くのに、耳を真っ赤にして息を詰めて、あと二センチ。一方カヲルはその頃にはもう黄色の不快なねばねばの効果も虚しく、想い人の柔い尻肉を感じてどくんどくんと下半身が熱く脈を打ち始めていた。これは、本当に、マズイ。
「わっ!」
シンジがようやく目的地に指先を着地させたと同時にカヲルはシンジの上へとぐしゃりとなだれ込んだ。ごく自然に、態勢を崩して。
シンジは目をぱちくり見開く。
「あ!今カヲル君だよ!カヲル君が倒れたんだよ!トウジ見てたでしょ?ねえ?」
無言のトウジとケンスケに、シンジは無実の被告人のように声を高らかと上げた。
「僕じゃないよ!カヲル君が倒れたんだ!僕指届いてたし…って、あれ?カヲル君?」
バタンとドアが閉まる音。カヲルは部屋を出て行った。向かう先はきっと…
「どうしたのさ、カヲル君…」
「碇の勝ちだよ。渚が奢りだ。」
「だよね!やった〜!カヲル君に勝った〜!」
完全無欠の友達に勝負で勝ったことを、瞳を輝かせてガッツポーズを全身で体現してシンジは喜んだ。その無邪気な笑顔とは裏腹に目の前にいる友人ふたりは妙に表情を固めていた。ボソッとひとりが相方の耳元に囁く。
「なあ、見たかいな…」
「ああ…」
「アイツ、マジもんか…?」
「ああ…俺らのジョークが現実になった…」
ふたりは見てしまった。まるでおとぎ話の王子様のような容姿の友人が、ズボンにテントを張っていたのを。
密かにふたりは賭けをしていた。やけにひとりの友人にくっつく彼は天然の変人か、片想い真っ盛りか。軍配はオッズを積み上げた後者に上がった。ケンスケは不覚にも新しいフィギュア代を手に入れたのだった。
その頃カヲルは悩ましい顔でトイレにいた。この夏休み中に意中の彼に想いを告げるか、どうするか。きっとこの想いが伝わってしまうのは、時間の問題だろう。
半ば心を決めてズボンのチャックを上げてから、ふと気づく。
「…財布忘れた。」
いじわるツイスター
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