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片恋サンクチュアリ 続篇



ひとりとひとりよりもふたりのほうがずっといい。
大好きな人と結ばれる。それは僕にとって手の届かない奇跡でしかなかった。

「君が了承してくれるまで、僕は側を離れないよ。」

けれどそれは一週間前までのこと。
僕はカヲル君にキスされて、片想いは僕だけじゃないと知った。でもそれは彼だって同じなわけで。僕らの距離はキスの前とはもう違う。

「もう、ダメったらダメだよ。」

僕がトイレに行こうとすると、ついてゆくよ、なんて言う。なかなか手強い。

「それが嫌ならいい返事をくれればいいのさ。」

どうかしてるよ、と言うと何の確信があるんだろう、カヲル君は全てわかりきったような顔で微笑んでくる。腰に巻きついた腕が少しだけ緩んだ。僕の膀胱を気遣ってくれたらしい。

もう一週間、僕らは同じやり取りを繰り返している。カヲル君は前に彼が口にしていた『僕が働いて、君が家事をして、ふたりで協力して暮らすんだよ。』を本当に実行しようと言うのだ。

「…もう、本当に、どうかしてる。」

ひとりトイレでごちってみる。それは僕だって妄想してしまったこと。でも、そんなの普通じゃない。きっと誰も理解しない。

初めてキスした日、初めてふたりで一緒に同じベッドで寝た。その時の僕はもうカヲル君から離れたくなくて、彼も同じ気持ちなのが嬉しかった。そして朝が来て、明るい部屋でもう恋心を隠さないふたりの距離がとても不思議で、僕はこの上なく照れた。幸せで顔がへんてこに歪んでしまう。なんてことだ。

「おはよう。」

同性でも眩しいくらいに綺麗なカヲル君が僕を愛おしそうに呼ぶ。シンジ君、と。僕をぎゅっと抱き寄せる。彼の腕の中、その温もりに僕は今更驚いた。カヲル君はもっと体温の低い人だと思っていたのに、ピントがぼやけるくらいの近さで見る彼は、そうじゃない。今までが嘘のように熱っぽく、好きを伝える。

「いつまでもこうしていたいよ。」

いや、今までは僕が曖昧に濁していたのだ。素直に受け止めれば昔からカヲル君はこんな感じだった。けれど、

「僕、もう行くね。」

日常は続くのだ。僕には崖っぷちの就職活動だって待っている。だからそんな朝から抜け出そうと必死になって身支度をした。カヲル君が邪魔するから。なのに、

「あ、カヲル君、」

僕は玄関の前でカヲル君の甘い罠にハマったのだ。最後の手段に出たカヲル君が僕を頑なに抱き締めて唇を塞ぐ。そんな我が侭な彼を見たのは初めてだった。カヲル君は僕が望むなら決して邪魔しない人。だからこれは、よっぽどのこと。
僕がその熱意に負けたその時から、このふんわりと甘やかな軟禁は、今に至る。

もうどれくらい経つのだろう。とろけそうな笑顔のカヲル君が僕だけを見つめて、僕にじゃれて、僕にキスをして、僕に触れる。ずっと我慢していたからと、ずっとそうしてる。僕はカヲル君が甘えん坊だと知った。

「君がやりたいことを見つけたらその時は応援するよ。けれど心が決まらないなら、僕の側にいてほしいんだ。」

今日はカヲル君のベッドでふたりで議論していた。好きな人にそんなことを言われてほとんど答えは決まっているのに、僕は何を迷っているのだろう。あと一歩が、踏み込めない。

「そりゃ、カヲル君はいいよ。何にも失うものがないし。」

大切そうに僕を撫でてゆく彼の手は滑らかなクリームみたいな感触で。僕は頭がふやけてきてつい駄々っ子のような声を出す。もう僕は諦めモードでされるがまま。でも変に身体が反応しないように必死で耐えていた。僕が目を逸らしてそう呟くと、カヲル君がキスしそうな距離で聞き返す。だから僕は額から頬へと流れる指からしばし逃れるのだ。今から僕は現実を告げなければならない。

「…もし、僕らが別れたら、僕だけが路頭に迷うんだ。カヲル君は痛くも痒くもないのに。そんなのってズルいや。」

男同士だから公式な結婚もできない。別れた後、キャリアも無くてそこから再スタートだなんて無謀だ。何も言わないカヲル君。ちらっと見ると、泣きそうな顔をしていてギョッとした。

「もしも僕らが別れることがあるなら、それは君の心変わりでしかありえない。けれどその時は僕を殺しておくれ。耐えられないから。」

カヲル君はたまに僕が思いもよらないことを口にする。しかも本気で。

「なんて物騒なことを言うの。」

「けれど、真実だ。」

え、ちょっと待って、なんて言う隙もなく、雰囲気の一変したカヲル君が僕に覆い被さってくる。付き合う時に別れ話を考える僕も悪いけれど。急に興奮したカヲル君の身体がねっとりと僕に絡まる。途切れなく、段々と、切羽詰まった動きになる。

「わ、わかったよ、」

そこで僕はついに白旗を揚げるのだ。

「僕が専業主夫になればいいんでしょ。」

カヲル君が上体を起こして僕を見た。さっきまでが演技だったのかと疑うくらいの素早さで。でも、頬がピンクで目が潤んでいる。

「永久就職だよ。シンジ君。」

愛おしそうに僕の瞳を見つめて頬を撫でるカヲル君。永久就職ってなに、とつい聞きそびれてしまう。そしてその四つん這いの先、僕のお腹の上にあるものをひっそり見たらすごく大きく張り詰めていて、僕は思わず驚いてしまう。草食的で寡黙なカヲル君が包み隠していたものを想像すると、僕はこんがらがりそうだ。僕が息を詰めたら、それに気づかれてしまったみたいで、

「…大丈夫だよ、襲わないから。」

なんて返ってきた。ちょっと困った照れ顔で慎重に腰を浮かすカヲル君。僕は同性だからそれがどんな状態かがわかる。
僕はそれまでカヲル君が僕をどんな風に好きなのかがよくわからなかった。けれど。カヲル君は僕に性的に興奮してくれている。身体が反応してしまうのは僕だけじゃないってことが僕はたまらなく、嬉しかった。僕らはまた、キスをする。

僕ははっきり言って急展開の永久就職についてはなんだか実感はなかったけれど、その時からものすごく一週間後を意識したのだ。それは、クリスマス。僕らはいつも一緒に過ごし、料理をして、プレゼントを交換する。今年はきっとその後で…僕は期待せずにはいられなかった。だって僕らはもう、恋人なんだから。


「ふたりのことを公表したいな。」

僕がまた大学に行き始めた頃、カヲル君はそう言った。

「誰に?」

「皆にさ。」

「どうして?」

けれど、理由は告げなかった。だからその程度の話題だと、僕は思った。

「僕たちがわかっていればいいじゃない。」

夜、ふたりでソファに座って語り合う。昔からそうしているけど、今の僕らは隙間なく肩を並べて寄り添っていた。

「…シンジ君は魅力的だから誰かに言い寄られてしまうかもしれないね。」

男同士の恋愛は不安なことも多かった。僕はカヲル君が異性だけじゃなくて同性と接することにも警戒してしまう。けれどそれだと疲れてしまうから、外では彼を見ないようにしていた。仕方のないことだから。

「お互いさまだよ…」

するとカヲル君は小さく、そうだね、と呟いてから、膝の上にある僕の手を握り締めた。それからおそるおそる僕の腿に手を置いた。内側まで入った指先。撫で上げられるとビロードのような甘い痺れが僕に襲いかかる。戸惑う僕にすり寄り、唇を塞ぐカヲル君。ゆっくりと僕はソファに押し倒された。頭をぶつけないよう気遣い、僕を腕掛けの方へと寝かせて覆い被さってくる。その身体の重さに実感がこもる。僕は一瞬で、クリスマスだと決め込んでいたことを、覚悟した。

舌が離れると腰が浮くくらい強く僕を抱き締めるカヲル君。そのまま首筋にチュクッと吸いつかれて僕は思わずカヲル君の部屋着を小さく握り締めた。声が出ないように唇を噛みながら。

「…ゆっくり、進んでいこう。」

けれど、気がつくとカヲル君は僕を見下ろして微笑んでいたのだ。僕は情けないくらいにガクガクと手足が震えて、緊張のあまりぎこちない表情で固まってしまう。そんな僕の頬をツンとやさしく指で突つくカヲル君。急に糸が切れたように僕がポロッと涙をこぼすと、カヲル君は申し訳なさそうな顔をして、ごめん、と言った。

僕は、男同士の重圧でパンクしそうだった。この流れだと僕が下でカヲル君が上で、それはいいけれど、僕は女の子じゃないから、うまくいかなかったり幻滅されてしまうのかもしれない。僕にとってカヲル君は一番の親友でもあって、家族みたいな気持ちもある。だから、僕は彼を失うのがとても怖かった。失うかもしれないならずっと今のままでもいいように感じるくらいだった。変わることもはじめてのことを、僕にはひたすら怖かったのだ。

けれどその後、寝る前に歯磨きをしている時だった。鏡の前で僕はある異変に気づく。首筋にひとつ赤い斑点がある。キスマークだ。確かにそこはさっきカヲル君が顔を埋めた箇所。カヲル君はこのために僕を押し倒したのかもしれない。僕はそのアザに“所有”という言葉を思い浮かべた。それまでの会話の流れを思い出す。

カヲル君は、きっとあの時、とても我慢してたんだ…

赤を指でなぞる。カヲル君の心に触れた気がした。
けれどこの時はまだ、もっと大きなことに僕は気づいていなかったのだ。


12月23日。僕たちはまだイチャイチャするくらいの関係だった。僕は相変わらず外では親友の顔でいたし、誰にもカミングアウトしなかった。カヲル君はたまにキャンパス内でも僕を抱き締めたり手を繋いだりしたけれど、元々僕を溺愛していると有名だったから、騒がれたりはしなかった。度が過ぎる、とだけアスカに指摘されたけれど。僕が。

「おーい、センセ!」

大学の階段を歩いていたら友達のトウジから声を掛けられた。

「卒論どうや。終わりそうか。」

「うん。メドはついたよ。」

「ホンマか…」

トウジは中学の同級生の子と今年やっと付き合い始めたから、それで忙しかったらしい。僕にはその気持ちがよくわかった。だって、僕もカヲル君と両想いじゃなかったら、きっともっとひどかったはず。だから僕はトウジの頼みを聞いてやることにしたのだ。

「おお!流石センセ!恩に着る!」

踊り場で大袈裟に抱きついてくるトウジ。ふざけて脇をくすぐられて笑いながら逃げようとすると羽交い締めにされた。その時だった。

「シンジ君!」

声の方へと振り返るとカヲル君が階段から駆け下りてきた。笑顔だった。

「これから買い物に行くだろうと思って探してたんだ。」

食材の買い出しは今まで僕がひとりでしていたから、びっくりした。けれど、明日の用意で今日は荷物が重くなると思ったのかもしれない。僕がそう気づいて返事をしようとする間もなく、カヲル君は僕の腰に手を回した。同性同士でするものよりも淫らな手つきだったから僕は意識してカヲル君を遠ざける。僕の頬が真っ赤になる頃には気を利かせてくれたトウジがさらっと何処かへ姿を消してくれた。

僕はカヲル君を見上げた。するとカヲル君は見たこともない表情で僕を見つめていた。その瞳は怒っているようにも哀しんでいるようにも見えた。僕はその力強い眼差しに吸い込まれそうになる。カヲル君は何も言わない。けれど、壁際に追いつめられた僕は彼を威圧的に感じた。僕の腕を容赦なく掴んで、グッと僕の顎を持ち上げて、強引に顔を寄せるカヲル君。僕は反射的にめいっぱい顔を逸らして彼から逃げた。一瞬の沈黙に、僕はカヲル君を傷つけてしまったと思った。けれど、

「…行こうか。」

目の前のカヲル君はいつもと変わらない調子で笑っていたのだ。僕はまるで夢から覚めたみたいにポカンとしてしまう。けれど、だからといって問い質すのも気が引けて、僕はそのまま調子を合わせてカヲル君と明日の準備をしに出掛けたのだ。それからのカヲル君はいつもに増して口数が少なかった。それは気分の問題だろうと僕は気にせず明日の準備に頭を膨らませた。だって、クリスマスはきっと、僕たちの記念日になるだろうから。


夜が来ると一周廻って僕のクリスマスへの期待や緊張は消えていった。前日はもっとふたりでぎこちなくなるだろうと思っていたが、そうでもない。僕らは日常を過ごしていた。夕ご飯の時はカヲル君が僕の料理を褒めてくれて、食後は一緒にソファでテレビを見ながら順番にお風呂に入って、僕が出てくる頃にはカヲル君は読書をしていた。真剣に読み耽るうなじが真っ白で寒そうで、それから僕はカヲル君にお茶を淹れた。彼の肌は白くて僕には冷たそうに感じるのだ。

ありがとう、と僕の顔を見ずに告げるカヲル君。今日はいつもより密着しないふたりの肩。昨日は何度もキスをして、ソファに座っていたら足まで絡ませてきたのに。

カヲル君はあのキスマークから毎晩、僕を舐めたり痕を残したりしていた。首に並んだ赤い斑点が首輪みたいで、僕はカヲル君のものになった気さえした。カヲル君はそういう行為をすると常に勃起していた。それを隠すこともなかった。だから僕があからさまに反応してしまったら事に及ぶのかもしれないとドキドキしていたけれど、カヲル君は決してそれ以上はしなかった。

昨日、カヲル君が夜中に僕のベッドに潜り込んできた時も彼の体温で興奮しているとわかった。うつらうつらした僕を抱き締めて匂いを嗅ぐように鼻をすり寄せるカヲル君は、まるで動物みたいだった。けれど、それだけ。カヲル君は硬く勃起したまま、僕の隣で添い寝していた。それが僕には大事にされている実感となっていたのだ。

だけど、今日はキスもしない。それがたまらなく寂しい。

「何読んでるの?」

「ん…なんだろう。」

何それ。答えになってない。僕は昼間のことを思い出した。カヲル君は僕がキスを避けたことを怒っているのかもしれない。
だから僕はカヲル君にキスをした。ごめんね、と、かまってよ、を込めて。

僕がカヲル君へと身をよじって唇をくっつけると、カヲル君はとても驚いて全身を強張らせた。けれどすぐに本を床に捨てて僕の腰を抱き寄せた。乗り気じゃないと思っていたのに。僕が軽く触れるくらいでそれを終わらせようとしたら頭をグッと支えられる。舌が熱く絡まるのに気をとられていたら、いつの間にか僕はまたカヲル君にソファに横にされて、カヲル君はいつかのように僕に深く身体を沈めた。その重さはカヲル君の熱量をずっしりと僕の下腹部に知らせて、僕はちょっと驚いてしまう。さっきまで、あんなにつれなかったのに。

息継ぎをするとまた追いかけてくるカヲル君。いつもふたりが危なっかしくなったら行為をやめてくれるから、僕はそのまま彼に身を任せた。熱い。全部がとろけてくる。カヲル君に、もっと、もっと、と言われているみたい。そう考えると身体が敏感になって、熱が溜まり始めて、僕は少したじろいだ。カヲル君にそれとなく伝える。身をよじるとソファが軋んだ。このソファは僕らがシェアハウスをする記念に買った物だ。僕とカヲル君はここで友情を深めた。恋心を秘めながら、彼の端正な横顔を僕はずっと眺めていた。それなのに。僕は今、カヲル君といやらしいことをしている。深く愛し合っている。

「ね、ねえ…」

僕は半勃ちになって我慢出来ずに声を出した。力の入らない腕でカヲル君を押し返す。これ以上されると、おかしくなる。カヲル君だって下が痛いくらいに僕に当たっているんだから、これ以上はきっと、よくない。

カヲル君は顔を上げて僕を見つめた。耳も頬も赤いピンクになっていた。泣きそうな顔をしていた。僕はカヲル君が何故そんな顔をしているのかがわからない。わからないから、どうしたの、と小さな声で聞いてみる。あんまりにも静かな部屋に囁き声がくっきりと浮かび上がる。すると、カヲル君は答えるかわりに僕のスウェットに手を入れた。脇腹を撫で上げて布地をめくると僕のヘソを舌で突つく。舐め上げる。毎晩した仕草のように。けれど、敏感になった僕には刺激が強すぎて、僕は身体を縮こめた。思わずソファのヘリを掴む。その舌は何度も何度も僕の上を這い、肌が粟立つ。まるで動物の毛繕いのように舐め上げては、お腹から鳩尾へと丹念に、脇から胸へと僕を制覇するように、執拗に這ってゆく。僕にカヲル君の成分が染み込んでゆく気がした。息が上がる。

「ぁ…」

舌はまたヘソへと戻り、下へ下へ。ズボンをずらされて、頼りない箇所でそれを止める僕の膨らみ。そんな近くで見られたら、湿っていることに気づかれてしまう。思わず漏れてしまった声に、僕は逃げ出そうとした。けれど、腰が抜けたように身動きがとれない。カヲル君はそんな僕を見つめている。曖昧に微笑んで、ちょっぴり切なそうで、何かを乞うよう。何か。僕は何かがわかっていた。でも、クリスマスじゃないし、電気はつけっぱなしだし、ここはソファだし。僕は混乱する。カヲル君のことだから、もっとムードを持って大事そうに初めてをすると思っていた。僕はカヲル君が自室のベッドで何かを用意していることも知っていた。それなのに。

切羽詰まった表情でカヲル君は自分の服を膝まで脱いだ。もう限界なくらいに張り詰めたものがそそり勃ち、露がこぼれている。初めて見たカヲル君のそれは、本当に彼についているのか疑ってしまうくらい、男らしかった。そして僕のずり落ちそうなズボンの中に手を入れて、パンツの内側から僕のお尻をねっとりと揉みしだくカヲル君。ねだるように奥を探して彷徨う指先。僕が銀髪に指先を埋めて小さく喘ぐと、カヲル君は感じ入った溜め息を吐き、興奮に震えた。ポロリと露が滴る。それを見て、僕は心を決めたのだ。彼の身体に足を絡ませしっかりと抱きついた。本能が僕を突き動かす。カヲル君を受け入れたいと願う。僕が耳許で、いいよ、とかすれた声で囁くと、カヲル君は崩れるように僕にまたのしかかり、僕の服を脱がし始めた。

靴下まで脱がす余裕もなく僕の身体を夢中でまさぐり、指先ひとつひとつまで使命のように舐め上げて、一方では僕がカヲル君を受け入れるための準備をなし崩しで進めてゆく。後ろの初めての感覚に僕が眉を寄せると、カヲル君は心配そうに僕にキスのあられを降らせた。しゃにむに僕を求める彼の姿を、何も言わないこの部屋が一層に引き立てる。
僕らの初めてのセックスはとても静かだった。狭くてなかなかうまくいかない駆け引きも、その後の涙が出るくらい痛い繋がりも、密かなシーソーのようなふたりの小さな喘ぎも、何もかもが仮初めを煮詰めたような質感で、淡いブルーに湿った部屋、混乱と至福で僕は痺れてしまっていた。けれど、

「愛してる…」

僕の中で射精して、余韻に打ち震えていたカヲル君が、そう呟く。カヲル君の胸はいつまでもトクントクンと鼓動が早かった。ずっと聞いていたいやさしい音色だった。


日付が変わる頃、悩ましげなカヲル君が僕に小包をくれた。可愛くラッピングされた、一日早いクリスマスプレゼント。ぐったりしてしまった僕はカヲル君のベッドで寝かされていた。包装紙を取って小箱の蓋を開ける。すると中にはシンプルな指輪。それをカヲル君は丁寧な所作で僕の左手の薬指にはめた。そういう意味の指輪だった。

「本当はこれを贈ってから…しようと思っていたんだ。」

申し訳なさそうにうなだれるカヲル君。彼は僕を寝かしつけるように額を撫でながら、事の次第を話してくれた。
カヲル君は僕が誰かと仲良くするのが気が変になりそうなくらい辛かった。けれどそれを伝えると僕の負担になるだろうからとずっと長く我慢していた。我慢していたけれど、今日はもう耐えられなくて爆発した。恋人になっても僕を独り占めできないことがその気持ちに拍車をかけた、らしい。カヲル君は本当はすごくヤキモチやきだったのだ。辛い気持ちは発作のように止められない。カヲル君はこのことをずっと悩んでいた。

そういえばカヲル君は僕が誰かと出掛ける度に機嫌が悪かった。最初の頃は僕について来て、まるで人見知りのように僕とばかり話していた。僕が誰かと盛り上がるとたまに帰り際に喧嘩をした。そうして月日が流れるにつれてカヲル君は僕についてくることもそれを話題にすることもなくなったから、きっと僕の友好関係を見ないようにしていたんだ。けれど、必ず起きて僕を待っていてくれたし、帰りが遅い時は雨が降っていなくてもいつも迎えに来てくれた。そして、僕がそれまで会っていた誰かの話をする時、カヲル君はまっすぐ前を向いていた。カヲル君は僕を見られなかったのだ。気持ちに気づかれてしまうから。

「カヲル君が僕に殺してなんて言う日は来ないから、大丈夫だよ。」

そんなことで悩んでいたなんて。早く言ってくれればいいのに。僕はそんなカヲル君の気持ちを聞いて、嬉しくてどうにかなりそうなくらいなんだから。けれどそれを口にしない僕は、ちょっとズルいかもしれない。

「これからもずっと、僕の寝癖を直してくれるかい?」

もちろん。それが僕の夢だから。

「今なら家事する僕もついてくるよ。」

ハッピーセット、なんて僕が冗談を言ったらカヲル君が幸せそうに笑った。そんな彼に今の僕を残したくて、僕はカヲル君と同じことをしようと目の前の首筋に、顔を埋めたのだった。


翌朝、僕はシャワーを浴びながら鏡に映った自分の身体を眺めていた。おびただしいキスマーク。胸についた無数のヤキモチの赤。
そっか。カヲル君が僕を舐めたり痕をつけたりするのはマーキングと一緒なんだ。『シンジ君は僕のもの。』と言いたいんだ。ひとつひとつを指でなぞる。なんだか、かわいい。

「シンジ君。」

「あ、カ、カヲル君!」

すると突然、カヲル君が浴室に入って来た。今まで一緒に入ったことなんてないのに。僕はまだ恋人のカヲル君に慣れていない。友達だった三年間の感覚がよぎって咄嗟に身体を隠す。

「僕、入ってるよ!」

「いいじゃないか。ふたりで入ろう。」

朝の白い光が赤裸々に僕らを包む。カヲル君の真っ白で艶やかな肌が、僕の熟したフルーツのように色づいた赤い斑点混じりの肌を抱く。水の滴る君がかっこいい、なんて本音は言えない。熱いシャワーで滑りの良いふたりの感触に、昨夜の名残が疼き出す。

「カヲル君のせいで大学に行けないよ。」

それを隠そうと、怒ったフリをして首筋にまでびっしり撒かれた赤を擦ると。

「いいじゃないか。イヴなんだから。」

「あ、」

僕はひとつの犯行の真相に行き当たる。

ーわかったよ。じゃ、明日の午前中に手伝えばいいんだろ。

ーおお!流石センセ!恩に着る!

「…トウジとの会話、聞いてたんでしょ。」

確信犯が悪びれもなくニコリと笑う。その笑顔の横、白い首筋に僕のつけた赤い花が咲いている。

「シンジ君は誰にも譲らないよ。」

そしてまたペロペロとマーキング行為を繰り返すカヲル君。気持ちよくて白い肩にしなだれる僕。ちょっとずつ大胆に自分を曝け出すふたり。ふたりなら、変わることもはじめてのことも、バスタブのお湯が肌になじむように温かく、僕の身体に染み込んでゆくのだろうか。

僕は友達に謝る言葉を考えながら、ずっと好きで好きでたまらなかった親友でこれからもきっと好きで好きでたまらない恋人と、同じバスタブに浸かることにした。

「タイとピン、どうもありがとう。大切にするよ。」

“君に首ったけ”、それに、“君は僕のもの”。

チャポンとお湯を突つく爪先はやっぱり熱くて、ちょっぴり痛い。



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