XXXT. イデアの天秤 






得ること
失うこと
それはコインの表と裏

人生は
無数のコインを並べた
神経衰弱

ひとつのコインの表を選べば
裏を返すひとつのコイン

組み合わせはわからない
不条理な等価交換




ファウストーーー
それは悪魔メフィストフェレスと契約して死後の魂の服従を代わりに人生の旨味を味わおうとした寂しい人間、ファウスト博士の生涯の戯曲。昔から人々は悪魔と魂を賭けて契約する人間の欲深い性を哀しく謳っていた。けれども、どうしても欲しいものを手に入れたいと願うヒトの性は、はたして善悪の天秤に掛ければ悪に傾いてしまうのだろうか。





『君は月で生まれし者だと聞いたが、本当かね?』

「ええ、月で目醒めました。」

『云うに、月面に在る棺に納められておったと聞くが…』

「そうですね。確かにそのような物から目醒めましたよ。」

『おお!本当にこんな奇跡が起こるとは。これが神の御業か!』

『葛城調査隊を月に行かせた甲斐があったのう。』

『しかし、何故我々の言葉を司っているのか…』

『其方、名は有るのか?』

「渚カヲル、です。」

『…どうやら日本名だぞ。やはり、黒き月の所在と因果が有ると云う事か。』

『偶然にしては出来過ぎておる。しかも、日本人には見えぬぞ。』

『ネルフが我々に秘密裏に動いているのではないか?』

『いやはや、大気圏を超えた活動を我々に黙って遂行する財力はないよ。』

『ゲヒルン時代も然り。』

『…其方はどのようにして育ったのか?』

「目醒めてから既にこの身体です。僕は貴方達の云う処の使徒ですので、肉体的成長や子孫繁栄に伴う生殖行動とは無縁の存在です。」

『おお!其方はやはり白き月から生まれし生命の実を持つ者か!』

『ではやはり、彼が死海文書新書に記されておる黒き月の子と共に世界を導く…』

『慎め!まだ早い。』

「死海文書新書…?」

『其方は語学の他に、もしや人類の営みに準じた素養を持ち合わせておられるか?見た処知能指数に問題は無さそうだが…』

「ええ、問題無いと思いますよ。」

『実に不可思議だが、よろしい。其方の身柄はゼーレの管轄下に移そう。後日、正式にゼーレの新基軸としての新たな役職で迎え入れる。』

『まだ信用に足るエビデンスが揃っておらぬぞ。』

『左様。新書の精査もマギが結論を出すのにはまだ後一年は掛かる。』

『それを待ち、他の輩に横取りされるよりは善かろう。ほとんど我々の中では結論が出ている事だ。』

『完遂の為の切り札は常に手中に収めておかねば。』

『我々の崇高な第一義の為に。』

『…渚カヲルよ、それで宜しいか?』

「ええ、僕もそのつもりで此処までついて来ましたから。」

『話が解って宜しい。では、行くとしよう。』





ーーーーー…

「エッチ!こっち来ないで!エロシンジ!」


僕はネルフで新しいプラグスーツの試作品の試着に来ていた。エントリープラグ内での幾つかの実験を終えて、後はついでに一時間着たままで過ごして新素材の耐久性のチェックをするらしい。着たままシャワーを浴びられる程の通気性に優れた薄い素材だけあって、LCLを流した後も速乾だ。

偶然に試着の終わったアスカに遭遇したら、突然に変な事を言い放たれて逃げ出された。プラグスーツを着た僕はエレベーターの中でひとり思案する。

ーなんだ今の…

エレベーターがチンと鳴って、扉が開く。

「やあ、シンジ君。久しぶりじゃないか。」

目の前には無精髭を蓄えた、しみったれた大人のいやらしい笑みを浮かべた加持さんがいた。

「加持さん!お久しぶりです!」

僕は新婚ほやほやでもまだそれが続いているらしい加持さんに感心して、つい大きな声を出してしまった。

「熱烈な歓迎をありがとう、シンジ君。」

ひょいっとエレベーターの中に入ったら加持さんが階のボタンを押そうとしてやめた。同じ階に用があるらしい。

「全く…いやらしい服を来させられているねえ、君は。」

にたりと笑って加持さんがじろじろと僕の体に目を走らせている。確かに新しいプラグスーツの試作品はいつもよりずっと薄い素材で、何も着てないみたいに動きやすいけれど、何も着てないみたいにあちこち頼りなく透けていた。

「もう、何言ってるんですか、加持さん!相変わらずですね!」

意識すると急に恥ずかしくなって体を捩って少し隠した。

「ほら、そうやると誘っているみたいにいやらしいよ。」

そのだらしない顔ににやにやと笑みを深めて僕ににじり寄ってくる。

「ちょ、ちょっと何やってるんですか!」

加持さんは壁に張り付いた僕を両手で挟むように突いて見下ろしてきた。あまりの体格差に僕が悪ふざけとわかっても体を小さく竦めていると、またエレベーターがチンと鳴って止まった。咄嗟に開いた扉を横目で見るとそこには、偶然にも最悪な役者が揃ってしまった。

「…!!何をやっているんだ!」

エレベーターのあちこちで何かがバチバチ弾けたように鳴って、勢いよくカヲル君が入って来て僕と加持さんを引き離す。

「大丈夫かい?シンジく…!」

カヲル君が振り向きざまにそう言うと、またバチバチ火花が弾ける音が四方から響いたから、もう流石にエレベーターが落ちるんじゃないかと冷や冷やした。カヲル君は目を見開いて僕の体を舐め回すみたいに目を走らせて、みるみるのぼせたみたいに耳まで濃い桜色になった。加持さんのそれとは全く違って余裕がない、本当にいやらしさに参った表情だった。

僕はというと、初めて見るゼーレの制服を身に纏ったカヲル君の凛々しく大人びた姿に頭がくらくらして、頼りないプラグスーツが僕の鼓動や熱を筒抜けにしているんじゃないかとひどく緊張していた。体が、特に下の方が反応しないように必死で頭を真っ白にする。ふたりの距離が危なっかしいことを互いに理解し合ったみたいに視線を交わした。

カヲル君が少しも見えないように僕を隠して加持さんに対峙すると、加持さんはそれを見守るようにして眉を下げて笑った。

「渚君は随分と変わったねえ。甘酸っぱいなあ。恋は盲目という言葉がぴったりだ。懐かしさに胸がときめくよ。」

「貴方のソレとは違いますので、お気遣いなく。」

「いやはや、参ったな。」

鋭いカヲル君のオーラをかわしてくしゃりと大人の余裕で笑う加持さんは流石だった。でも、カヲル君を子供と見越してのことだった。詰めが甘い。カヲル君は使徒だ。さっきの火花の理由を考えると、背筋が凍る。

「君はゼーレの秘蔵っ子なのに、ネルフでパイロットもやっているとは多忙だね。君のゼーレでの立場は現場に出るものではないと聞いているよ。もしかして、そこの恋人に会いたかったのかい?」

「…そういう処です。僕のポストをご存知でしたら、もうそのような諜報は止めといた方がいい。貴方の立場が危うくなる。」

「おいおい、シンジ君。こんなおっかない彼氏をつくったら、後々大変だぞ。だから俺にしとけと言ったのに…」

またバチバチと火花が散って今度はひどく危ない感じでエレベーターが蠢いた。

「もう、加持さん!僕たちをからかわないでくださいよ!」

チンという間の抜けた機械音が、この戦慄の密室に終焉を告げた。扉がゆっくりと開き、隙間から希望の光が差し込む。

「あら、いらっしゃい。役者が揃ったみたいね。」

ミサトさんがにこりと微笑んで出迎えてくれた。

カヲル君はエレベーターを出る前にぱちぱちと制服の厳かなジャケットの釦を外して脱ぐと、すぐに僕の肩に掛けた。少し大きめのそれに包まれたらまるで君に抱かれてあるみたいで僕はどきどきしてしまう。襟に鼻を埋めると微かにカヲル君の匂いがする。その匂いにうっとりしながら君を見上げると、熱っぽく僕を見下ろした君が物欲しそうに喉を鳴らしてから、耳元で囁いた。

「こんな裸みたいな服は僕以外の人に決して見せてはいけないよ…」

火照った君の真面目な顔に、もう僕は爆発してしまいそうだった。

「あら、渚君。今日はゼーレとして来たのね。では、渚長官と呼ばせていただくわ。」

ミサトさんの顔が引き締まると、カヲル君は小さく頷いた。

「シンジ君、久しぶり。渚君から上着借りちゃうなんて、随分仲良くなったのね。」

そして、僕らはミサトさん達に歩み寄ると、終始無言の不機嫌なカヲル君が一歩引いたところに移り、壁にもたれて腕組みしながら俯いた。

「お久しぶりです。ご結婚おめでとうございます。ふたりとも。」

「ありがとう。まだ続いてるって驚いたでしょ?私が一番驚いてるのよ。」

「おいおい、いい加減俺を信じてくれよ。」

「な〜に言ってるのよ。信じろって言うヤツ程怪しいのよ。ね?シンジ君。あ、その新作、どうかしら?いい感じでしょ?」

「ミサトさん!この新しいプラグスーツ、薄すぎますよ!」

「ん〜。そうねえ、利便性は向上したんだけどね…軽くて伸縮性もあるし、相互伝達にも優れてるのよ。」

「素敵なビザールファッションだよ、シンジ君。」

「はい?」

「…けれど、視覚上の問題によるパイロットへの精神的負担を憂慮して、ゼーレとしても、正式にプラグスーツの新調の件は賛成し兼ねます。」

カヲル君がひどく怖い声で呟いたから、ミサトさんが目をぱちくりさせた。

「ありゃ、それはもう公式却下ね。技術部が泣くわ…まあ、アスカからも移動に困ると苦情が来てたから、やむなしか。」

「まあ、ミサト。本題に入ろう。」

加持さんが笑みを絶やさなかったけれど、真剣な響きをちらつかせて促した。

「そうね…ふたりとも、ついてきて。」

そう言うとミサトさんの個室へと連れていかれてがちゃりと重そうなロックが掛けられた。後ろで加持さんが、いい加減掃除しろよ、とぼやいた通り、ゴミ溜めのように資料が散乱していて、心の中で僕も同意した。けれど、ミサトさんはそれにはお構いなしで真剣な表情をしていた。

「…シンジ君。」

「はい。」

「この前のことなんだけれど…」

それは流れとして、前回僕が初号機を動かしてしまった件だった。

「ネルフと国連としては、エヴァの実務的運用の安全性の観点から、早急に精査する必要があると判断して、主要機関のゼーレに賛同を求めたのよ。サード・チルドレンの精査を。けれど、ゼーレは否決したわ。」

「え…?」

僕はカヲル君を見た。横に立つカヲル君は優しい表情で僕を見ていたから、僕はきっとカヲル君が守ってくれたんだと確信して胸が温かく満たされた。それに、カヲル君は僕に一度もそんな話をしなかった。僕が気にしないように思いやってくれたんだ。僕の見えない所でも。

「残酷な物言いでごめんなさいね、シンジ君。これが私の仕事なのよ。」

「わかってますよ、ミサトさん。続けてください。」

「…そうね。前回の起動ではダミーエキスパンダーシステムが作動していなかったから、初号機の起動の原因は理論上では三つの仮説が立てられるの。一つ目は、パイロットが擬似シン化をすでにしていること。二つ目は、パイロットがそれに酷似した使徒であること。三つ目は…パイロットによってエヴァのS2機関とのハウリング現象が起こされたこと。」

「な、なんですか、それ…」

「エヴァはアダムとリリスという生命の源から遺伝子レベルで融合された、所謂それらのサラブレッドなの。だからS2機関というものがエヴァには備わっている。前者ふたつの極めて可能性の低い仮説を破棄したら、残る可能性はひとつ。パイロットが何らかの方法でS2機関と干渉して共鳴し、自らに内包、または伸張したとマギは仮説したの。そして…」

ミサトさんが言いづらそうに顔を少し僕から背けた。

「シンジ君、身体検査の結果、あなたの身体の成長は約五ヶ月前から止まったわ。」

ーあ、そっか。これで僕はカヲル君とずっと一緒だ。

そう思ってカヲル君を見たらカヲル君は険しい顔で前を見ていた。視線の先には加持さんが居て僕の反応を疑っていたから僕は慌てて視線を足元へ向けた。

「…驚かないのね。」

ミサトさんが探るように僕を見据える。

「そんな…!驚いて何も考えられなかったんですよ!」

慌てた僕は却って墓穴を掘った気がした。

「…あなた五ヶ月前は何をしていた?」

「え…?」

ー僕は何してたっけ?

「あなたたちふたりのスケジュールを照らし合わせたら、ひとつ交わる点があるの…旧東京よ。」

ー…僕らが再会した場所だ。

「そう、きっとあなたたちふたりが出会ったのね。そして…」

ミサトさんが鋭い眼つきでカヲル君を見据える。

「渚長官。あなたはゼーレの中枢、死海文書新書を軸とした、新体制の要ね。」

カヲル君の眉がぴくりと動いた。

「死海文書の新書は噂によると救世主が現れる記述があるそうだ。」

加持さんが話を受け取り、続けた。

「ふたりの救世主が手を取り合い、人類を新しい進化へと導く。それを仲睦まじいふたりの少年と仮定しよう。」

「ゼーレの秘蔵っ子が月に生まれし白き月の子で、ネルフの秘蔵っ子が星に生まれし黒き月の子だとしたら…」

「三つ全ての仮説が通るわ。美しくシンプルな方程式のようにね。」


『S2機関を備えた使徒と擬似シン化前の蛹状態だったリリンが魂の交感をする。そしてそのリリンは同じ位相に因る魂の干渉からS2機関を形成し、擬似シン化を遂げて、更に使徒とのS2機関の共鳴を果たした事で、魂の一部を使徒化させた。そのリリンがパイロットとなり、エヴァとのシンクロに因ってふたつのS2機関が共振。ハウリング現象は引き起こされた。』


ミサトさんが僕を厳しい目で見据えた。僕は心がひどくざわついた。

「…それは美しい、仮説、ですね。」

カヲル君は冷たく嘲笑した。

「だから確かめるのよ、あなたたちに。仮説の是非を。」

「葛城三佐、それは書面にして直接ゼーレに提出してください。僕達はこれにて失礼する事にします。」

僕の背中を抱いてカヲル君が退出を促した。

「待ちなさい!まだ話は終わってないわ!」

「これは長官命令です、葛城三佐。貴方の為にも大人しく従うべきだ。」

もうやめとけよ、と加持さんが言うとミサトさんが長い溜め息をついた。僕が振り返りミサトさんを見ると、腕を組みながら僕らを厳しい目で見定めるようにただ見据えていた。まるで、敵みたいに。

僕らが部屋を出るとカヲル君が僕の背中を優しく摩って、励ましてくれた。僕は胸が痛くて痛くて堪らなかった。ミサトさんの瞳の冷たさが脳裏に焼き付いて、生きた心地がしなかった。

「…ミサトさん、僕がまるで悪魔と契約した化け物とでもいうように、僕を見てた…」

「実際彼女はそう考えている。リリンは自らの預かり知らない物に対し、一方では畏敬の念抱き崇拝の対象にし、もう一方では保身の為に排斥したがる傾向がある。云えば前者はゼーレで、後者はネルフであり、彼女だ。シンジ君は気にしなくていいよ。」

「でも、気になっちゃうよ。あんなに態度が急変したら…」

「それが彼女の弱ささ。君の気に病む価値もないよ。」

カヲル君はそう言うとふと立ち止まって僕に向き合った。

「君は僕が使徒だと知っても、その全てを受け入れて僕を好きでいてくれてるね。僕はそんな君をとても尊敬しているし、感謝もしている。愛しくて堪らないんだよ。」

僕の頬に白い指先が触れて、君の赤の瞳がきらきらと揺れて優しく綻んだ。

「そんな…君もこんな僕を受け入れてくれてるんだし、お互いさまだよ。それに君は僕が知っているヒトの中で一番優しくて、一番かっこよくて、全部、一番なんだ。だからそんな君に想ってもらえる僕はラッキーなんだ。」

僕は自分で言ってて恥ずかしくなってもごもごしてしまう。

「それにしても、そのプラグスーツは僕の精神衛生上、良くないね。」

「へ?」

「誰に見られるかと思うとひやひやするし、僕は君を見る度に勃起を我慢しなくちゃいけない。」

「ぼ…!何言ってるの!カヲル君のエッチ!」

僕がその強烈な言葉に卒倒して思わず君目掛けて肩にかかった重々しい君のジャケットを放り投げてからさっさと先に歩き出すと、間を置いてから急に後ろから君に抱きすくめられた。

「…!!ここはネルフだよ…!カヲル君!」

「いや…その…」

様子のおかしいカヲル君に不審に思って振り向くと、君の腕はするりと解けて、君は耳まで桜色に染まって神妙な顔つきをしている。

「…どうしたの?」

「…ちょっとトイレに行かないかい?」

「…え?トイレなら行ってきなよ、向かって右だよ。」

「そうじゃなくて…」

君が珍しく狼狽しているから、僕は不思議に思い動向を伺っていると、君がひっそり小声で囁く。

「君のお尻が透け透けで、あんまり可愛いもんだから、完全に勃起したよ。一緒にトイレで手伝ってくれ。」

「ちょ…!バカ!カヲル君の変態…!」


その後ネルフのトイレのある一室が変な物音を立てた後に、少年ふたりはシャワー室にまで足を運ぶ羽目になった。そして新しいプラグスーツの速乾性に少年達は改めて感心したと云う。



ーーーーー…

『君はエヴァンゲリオン初号機パイロット、サード・チルドレン、碇シンジ、だね。』

「はい…」

『先日の初号機の起動の件、聞いたよ。』

「……」

『単刀直入に聞こう。君は死海文書の新書と云うものを知っているかね?』

「……」

『はいかいいえでお答え願うぞ。』

「…はい。」

『では、その中身についても御存知かな?』

「……」

『ここでは嘘は吐かない方が良い。君が非常に親しくしていると聞く渚カヲルは、此処の庇護の下で安全かつ快適な生活を営んでおる。』

『我らの擁護無しでは、使徒と云う特異性故に半永久的に隔離を余儀無くされる身。』

「…でも、あなたたちは知っているんでしょう?人類が束になっても彼には敵わないことを。」

『それは君が居なければの話だよ、少年。彼は君の幸せを選び、自ら進んで半永久の檻に入る。そういう男さ。』

『愚かにも神から承りし全能の力を自ずと封じて、我らと同等に成り下がろうとする。』

「…彼は愚かじゃない。あなたたちにはわからないだけだ。」

『やっと話す気なったか、宜しい。ではもう一度聞く。其方は死海文書新書の中身を御存知か?』

「……知ってるよ、そりゃあ。だってそれ、僕が書いたんだから。」

『おお…なんと!』

『碇の推測は当たったか…!』

『では、其方は、神の子でおられるのか?』

「…なんていうか…あなたたちが毎回僕を選ぶから、そうなっちゃったんだ。」

『我等が神の子を選ぶとは、はて。事を返せばそうかもしれぬ。実に神妙だ。』

『だがしかし、毎回とはどういう意味合いかね?』

「言葉の通りです。この世界は繰り返されてきました。」

『おお、これは…!我等は幾度となく神に試されていたのか…!』

「僕もそう思いました。いつも失敗するから繰り返すって。だから新書を書いたんです。僕が世界を創る時に。もうやり直さなくても済むように。」

『なんと…!救世主が予言通りに復活なされた!』

『約束の時は既に来ていたとは…!』

『おお、福音が世界を導く。我等を正しい進化へと導く…!』

「…僕、もう帰っていいですか…宿題があるので。」

『御神の子、我等の救世主よ。』

「い、碇シンジで、いいです…」

『では、碇シンジ殿。今其方に問う。其方は世界をどう導く?』

「それは……」



ーーーーー…

「それで、君は何て言ったんだい?」

ふたりで買ってみた色違いのお揃いのパジャマを着て、ベッドの上で横たわる。僕は寝そべり君を見上げて、君は頬杖を突き頭を支えて僕を見下ろす。その瞳がとても優しくて、僕はいつまでもこうして見つめ合っていたいといつも思ってしまう。

「…いきなり言われてもうまく言葉に出来なくて。だから、僕らが過去からの記憶を受け継いでいるから、もう失敗しないようにするから、皆さんは信仰は慎ましめにして長生きしてくださいって…」

そこまで云うと、カヲル君は堪えきれずに彼には珍しく腹を抱えて笑った。

「だって、本当にいきなりだったから仕方ないじゃないか…!」

僕が思わず真っ赤になって抗議の声を上げると、君が僕に甘えるように胸に顔を埋めてぎゅっと抱き締めた。

「…ごめん。彼等とは長い付き合いでね。さぞ神妙な面持ちで君の素直な言葉の謎解きを今頃しているんじゃないかと思うと、可笑しくって。」

「なんで謎解きをするの?」

「彼等は頭が凝り固まっていて、何でも難しく考えて信仰に結びつけるのさ。それはもう痛々しいくらいに。」

カヲル君はまたくすりと笑った。

「変な人たち。モノリスみたいだし。」

「全くだよ。今日も君は冴えてるね。」

そういうとカヲル君は姿勢を変えて、僕に覆い被さるように体を起こして、僕の鼻に軽いキスを落とした。

「ありがとう。積年の胸焼けがすっとしたよ。」

君が穏やかに微笑んだ。その紅い瞳は熱っぽく潤んでいた。その瞳が大きくなって視界がぼやけると僕の唇に君の熱いそれが落ちてきて、戯れるように僕の上唇を咥えたり、下唇を舐めたりする。僕が甘い溜め息を吐いて君の背中にするすると指先を這わせて抱き寄せると、僕らはもっともっとと互いに求め合う深いキスをしていた。

ぱちりぱちりと僕の釦を外す君の指先はそのままに、息継ぎの合間に君に問う。

「ねえ、トイレでもしたし…」

「…バスルームでも、したよ…」

息苦しくなって、水面から這い上がったみたいな荒い息継ぎをしたら、君が答えた。

「足りない…足りないよ。君に触れれば触れる程、堪らずにもっと触れたくなる。だから、君のせいなのさ。」

釦は一つ残らず外されて、素肌の胸の上に君が愛おしそうに頬ずりをした。睫毛が細かく震える君の顔を見つめて、僕は君に告げる。

「今日はありがとう。僕は、どんなに他人から傷つけられたとしても、君がいれば幸せだから大丈夫だって思えたよ。」

君が僕の胸元に顔を置きながら、僕を見上げてゆっくりと綺麗に微笑んだ。

「ふふ。そんな事、随分前から僕は思っていたよ。」

そうは言っても君の潤んだ瞳は嬉しそうに揺らめいた。

「それにしても、あのプラグスーツは優秀だったね。たまに家であれを使おうよ。」

「…もう!カヲル君!」


ー世界中がどんなに敵に回っても、君だけは味方でいてくれる。


そう想う程、僕の体は敏感に君を感じて、君を求めた。そんな僕に君は深く溺れて、僕らは夜の闇の中、終わらない海を泳いでゆく。その海にはきっと、まだ僕らも知らない神秘の数々が、密かに息を潜めているんだ。



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